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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第187話


 日に日に活発化する大会の動きを、グランドマスターは動画フィルムを再生しつつ振り返っていた。

 まずは、廃工場にて行われた、重信―永田連合軍VS角田一派による合同トレーニングの模様である。

 両連合の戦闘力格差を示す結果となった、この合同トレーニング。よもや、重信―永田連合が5戦スイープを決めるとは予想できなかった。後に行われた「あやめ橋交差点の戦い」において、闇サイトトリオをも失った角田一派の戦力減少は、より深刻となった。もっとも、不足しているというほどでもなく、今後の補強や、ライバルの動向いかんによって、逆転は十分あり得るだろう。

「合同トレーニングから数日後に行われたバドラ・宅間連合軍VS角田一派の大会戦では、闇サイトトリオの三名及び、バドラの造田博が命を落としました。神田司を宅間守、堀慶末を上部康明、川岸健治を金川真大が、造田博を永山則夫が殺害したと記録されています」

 自らと同じ名の付く戦場と行われた戦いの結果を、秘書のアヤメが淡々と報告する。

 自分の意向により、唯一例外的に過去の記憶を消した状態で大会に参加させた三人は、不可思議な絆で導かれ、出会いを果たし、行動を共にし、人生の最後までも共にした。この戦いにも参加していた川俣軍治の祖父の件同様、やはり人の世には、科学では説明できないなにかは存在しているのかもしれない。
 
 戦いの終盤では、永山則夫と造田博の、強豪同士の一騎打ちも行われた。白熱した勝負は、最後の最後、永山則夫が勝負をもぎ取る形となったが、もう一度やれば結果がどうなるかはわからない、高いレベルで実力差が拮抗した名勝負であった。

 これから参加者の人数が絞られるにつれ、こうした強豪同士の戦いが見られる機会は増えてくるであろう。格闘技の試合のように、お互いがすべてのお膳立てが整った状況で、体調万全で戦えるわけではなく、ときに期待を裏切る凡戦や、一対一の状況にさえならずに決まってしまう戦いも出てくるだろうが、それもまた殺し合いの醍醐味。宅間軍の三人や加藤智大、川俣軍治、永山則夫ら、現在生き残っている強豪参加者たちにはせめて、常に警戒を怠らず、いつ何時でも殺しのスイッチを入れられるよう心掛けてもらいたいものだ。

「麻宅同盟、麻原包囲網以外でも、人間関係に動きが生じてきているな。宮崎君のここ最近の不審な動きは、同居人に対する恋愛感情の現れと見ていいのだろうか。美醜の感覚は人ぞれぞれとはいえ、私には理解できない世界だよ」

「八木茂と徐々に深く結びつき始めるT・Nの動向からも目が離せません。今は老いた狼のような姿を装っている八木ですが、頭の中ではT・Nを使った巻き返しの策を練っているはずです」

 宮崎勤やT・N、直接には麻宅同盟や麻原包囲網に絡まず行動している参加者たちも、すでに様々な形で接触は済ませている。大会全体を動かす二大連合の争いに何らかの形で関わることは不可避であろう。すべての戦いはそこに帰結されるのだ。

「現在、生き残り参加者は63人か。残り期間はまだ半年以上あるが、そろそろ、殺傷能力の高い武器を解禁していかなければならないかもしれないな。まだ、検討段階に留めておいてもよさそうだが」

 さすがにまだ銃火器ははやいだろうが、空気銃やスタンガン、催涙スプレーなどはそろそろ認めていかねばいかないのかもしれない。勝ち残り人数は8名と決まっており、そこを目指して参加者たちは頑張ってくれるとは思うのだが、結果が思い通りになるとは限らない。もし、大会終了時の生き残り人数が8名を上回った場合は全員の射殺が確定しており、そうなれば8名に支払われる賞金の合計80億が浮くということにもなるが、それは自分の本意ではない。そんなはした金などはどうでもいいから、誰がもっとも強いのかを知りたいのだ。そのためにこちらで調整できることがあれば、手はすぐにでも打つ。

「あるいは、参加者殺害に消極的な者に、何らかのペナルティを設けるのもアイデアの一つかもしれません」

「ふむ・・・なるほど、な。ひたすらに戦闘を避け続け、最後まで逃げ切るというのも身の振り方の一つと考えてきたが、市橋くんらの姿勢は確かに目に余る。人減らしを考えたら、一般人にも咎の及ぶ可能性が高くなる強力武器の解禁よりも、そちらの方がローリスクで確実な方法かもしれんな」

 グランドマスターはさっそく、次回の会議での議案に、アヤメの意見を追加した。参加者たちには、行楽シーズンに浮かれる暇は一秒たりとも与えない。
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お知らせ

「凶悪犯罪者バトルロイヤル」についてのお知らせです。
第185話にコメントを頂けたので近日更新しようと思うのですが、186話に予定している内容が、閲覧数がガタ落ちし気分の落ち込んだ現在の精神状態では書きにくい状況にあります(それで内容を予想できてしまう方もいるかもしれませんが)
なので、一話飛ばして187話から再開させて頂きたいと思います。
186話は閲覧数がある程度回復したら執筆を開始します。
186話がお蔵入りということにならないよう私も祈ります。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第185話

「午後の現場の家族は、俺の親だった。俺を追い出したアイツらだけど、俺が頑張っている姿を見たら、家に迎え入れてくれるかもしれないと思っていた。だが、アイツらは俺を無視しやがった。確かに、散々暴れて迷惑をかけたのは事実だ。だが、そもそも俺が苦しむことになったのは、アイツらが俺をこの世に生み出し、まともに育てなかったせいだ。それなのに、自分たちには一切責任がないような態度をとりやがって・・・。もう許さねえ、ぶち殺す」

 反抗期は誰にも訪れるものだが、生活の中でストレスを抱えやすいADHDの子供は、特にその傾向が強い。物事へのこだわりが強い彼らに親の考えを押し付けようとするのは逆効果で、火に油を注いでしまう結果になりかねない。ADHDの子供を持つ親には、鉄の忍耐と適切な対策が求められるが、シゲユキくんの両親に、それはできなかったようだ。

「思っていることを、全部話してごらん。その後にやるというなら、僕は止めはしない」

 かつて、米国のコロンバイン高校で銃乱射事件が起こったとき、犯人の少年二人がファンだったという大物ミュージシャンは、「事件前日に戻れるとして、少年二人にかける言葉はあるか?」という、マスコミのおそらくは悪意のある質問に対し、次のように答えた。

――何もない。ただ黙って、彼らの話を聞く。誰一人としてそれをしなかった。

 頭ごなしに正論を押し付けるだけで、人が変わることはない。犯罪を犯そうとまで思いつめている人間にとっては、正論そのものが敵になってしまっている場合もあるのだから。

 まずはすべて吐き出させる。空っぽになった器にしか、新しいものは入らないのだ。

「どいつもこいつも、俺に我慢我慢と言いやがってよ。我慢して我慢して、じゃあ、俺の幸せはいつ来るんだよ。我慢するだけで一生が終わっちまったらどうすんだよ。俺さえ我慢してれば、みんなが幸せだってか?ふざけんなよ!」

 堪え性のないADHDには、「我慢」という言葉が降り注ぐ機会が実に多い。しかし、ADHDの人生は挫折、失敗の連続である。二つの要素が変な具合に混ざり合うと、こうした歪んだ解釈にもなりかねない。

「社会的に成功したいとかは、別に望まねえよ。それどころか、人並みに勉強や仕事ができるようになりたいとも望まねえ。だけど、友達や恋人くらいはできたっていいじゃねえか。それさえあれば、どれだけ仕事で罵倒されたって耐えられるんだ。でも俺にそれはできねえ。神は俺に、生きる糧すら与えないのかよ」

 彼の悩み自体はごくありふれた、人が満たされて当たり前の欲求である。しかし、「何事も努力の思し召しのままに」の努力教国家である日本では、そういう悩みを打ち明けても、「いいから勉強しろ」と一蹴してしまう人も多い。それはまだいい方で、凄いことに「友達や恋人を作ること」すら、努力の枠内に押し込めて語り、説教の口実にしようとする人さえいる。

 「悩む」ことは悪である。一歩でも躓いて、社会のレールから脱落したらもうアウト。二度と這い上がれない。こんな世の中では、若者は生きづらくなるだけだ。

「タダで死んでたまるか。このままじゃ犬死にだ。どうせなら、最後に自分の想いをぶちまけて、でかいことして死んでやる。宅間みたいにでかいことしてから、死んでやるんだ」

「・・・・・もうじき日の出だ。続きはうちで聞こう。駅までおいで。迎えに行くから」

 シゲユキくんが一しきり自分の思っていることを語り終えたとみて、僕は「生き続ける」側に水を向けた。シゲユキくんはしばし考えた後に了承し、始発を待って僕の家に来てくれた。

「あっ・・・・」

 玄関を開け、室内に招じ入れたときにはまだ血走っていたシゲユキくんの目が、急に穏やかとなる。クロと対面したのである。

「なんだよ、アパートで猫なんか飼っていいのかよ。はは・・・可愛いな」

 凶悪犯罪者の生い立ちを調べてみると、どこかで動物を虐待していたという実例が見つかるケースが多い。やがてエスカレートし、人間に危害を加えるようになるのである。裏を返せば、動物を愛することができるなら、その人は根っからの悪人ではない。少なくともその可能性は高い。

「僕はもう寝るから。シゲユキくんも、休むといい」

 大会の規則では、一般人と同棲することは禁じられているが、一晩くらいならば、委員会もうるさいことは言ってこないだろう。今回は非常時でもある。少なくとも、ただちに僕を失格処分するといった話にはならないだろうという確信はあった。

 床に就き、昼頃起きて見ると、シゲユキくんはまだクロと戯れていた。シゲユキくんの膝に乗ってじゃれつくクロ。さっきよりも格段に、親密度が深まったようである。

「こいつ、本当にかわいいなあ。名前はなんていうんだい?」
 
「クロだよ」

「そっかあ。クロかあ。おい、クロ。楽しいなあ」

 弾けるようなシゲユキくんの笑顔とクロの姿を見て、僕に一つの提案が浮かんだ。

「シゲユキくん、クロを飼ってみるかい?」
 

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第184話

 
 自由が丘の新しい現場で、午後の作業が始まった。午後イチは一日で最も暑い時間帯である。休み休み行きたいところだが、お客さん相手の商売ではそうは言っていられない。疲れた体に鞭を打って、働かなければならない。僕も音を上げそうだったが、ここで意外なことが起こる。

「おっ。兄ちゃん、気合入ってんじゃねえか」

「はい。ガンガンやりますよ」

 新しい現場に入った途端、シゲユキくんが、人が変わったように働き始めたのである。まさに、突然スイッチが入ったという感じだった。

「シゲユキくん、無理はするなよ」

「ヘーキ、ヘーキ。たっちゃん、これ一緒に運ぼうぜ」

 一体、どういう風の吹き回しなのだろうか。休憩時間中に放たれた、彼の心の叫びとも言うべき言葉とも矛盾する態度に、僕も戸惑いを隠せない。

 関係ない話だが、もう一つ・・。現場の家族の様子が、どこかソワソワしているというか、気まずそうな感じなのが気にかかる。勝手なイメージだが、引っ越しというと、新天地での生活に心躍り、むしろ気分は高揚するように思うのだが、ここの家族からはまったくそうした雰囲気が感じられないのである。

 人それぞれ、色々な事情がある。シゲユキくんにしろ、家族にしろ、余計な心配なのかもしれない。だが、逃亡生活を続ける身の上としては、些細なことが気になって仕方がない。

 周囲に神経を張り巡らせながら仕事を続けていたが、結局最後まで変わったことは起こらず、無事に勤務が終わった。シゲユキくんの頑張りのお蔭で、予定よりも少し早い解放である。

「俺らはこれから産廃の処理に行かないといけないから駅まで送ってやれないけど、大丈夫か?」

「ええ。どうにか歩いていきますから」

「そうか。じゃあ、今日頑張ってくれたから、これ。ジュースでも買ってけよ」

 そういって、社員はシゲユキくんに小銭を渡す。

「朝は厳しいこと言って悪かったな。あまり気にすんなよ。俺らも時間が押してたから偉そうにあんなこと言ったけど、本当はサボりたいんだ。なーに、イタリア人なんかから見りゃ、クソ暑い夏に働いてるだけで、日本人はおかしく見えてるんだから、世界全体で見たら兄ちゃんなんか働き者の方なんだよ。今度、余裕あるときに来てくれたら、休み休みやらしてあげるからよ。じゃあな」

 気持ちのいい笑顔を残して、社員はトラックで去って行った。 

 世の中、無茶を言ってくる人ばかりではない。頑張れば認めてくれるし、話のわかる人もいる。怠け者や無能者といわれる人でも、意外と何とかやれることもある。

 シゲユキくんも、こうした経験から少しづつ自信を取り戻してくれればいいのだが、それはやはり日雇いの派遣では難しいか。一般派遣なら、人材に定着してもらおうと、会社側も色々気を使ってくれる場合が多いが、日雇いの派遣は、条件で揉めようが過酷な仕事でぶっ倒れようが後腐れがない使い捨てのため、どうしてもスタッフの扱いはぞんざいになりがちである。

 シゲユキくんはせめて一般派遣に戻ったほうがいいが、彼はいくつもの派遣会社でお払い箱になった「派遣難民」である。待遇がマシな大手は軒並みアウトになってしまっているし、彼自身、派遣に不信感を持ってしまっている。もしかしたら、ブラックリストのようなものも出回っているかもしれない。現状は中々厳しい。

「あの・・・たっちゃん、昼休み、ごめんな。俺、ちょっとムキになりすぎたよ。どうか嫌いにならないでくれよ」

 シゲユキくんが、今にも泣きだしそうな顔で頭を下げる。これまでの人生において、何度もトラブルで人間関係が壊れることを経験してきた彼は、どん底の状態で新しく得た友人である僕を失うまいと必死である。

「気にしてないよ。さあ、駅へと行こう」

 携帯の地図を見ながら、僕とシゲユキくんは連れ立って歩き始める。

「お、たっちゃん、夏祭りがやってるぞ。ちょっと覗いていこうぜ」

 シゲユキくんに手を引かれ、僕は出店が立ち並ぶ公園に入っていった。

「お面屋があるぞ。あ、顔マンコ怪獣だ。コイツ、宇宙恐竜っていうけど、全然恐竜っぽくないよな」

 シゲユキくんに不名誉な名前で呼ばれるのは、「ウルトラマン」シリーズに登場する怪獣、ゼットンである。

 昨年、国民栄誉賞を受賞したプロ野球の伝説的人物を見るとわかるように、発達障害は人や物に独特の呼び名をつけることがある。発想が自由なのだ。

「夏祭りなんか久々だよ。たっちゃん、ナンパでもしてみようぜ。たっちゃんはイケメンだから、きっと一人くらい持ち帰れるよ」

 僕を立てるシゲユキくんだが、シゲユキくんの容姿だって、なかなかどうして、男前ではないか。彼は今まで女性には縁がなかったそうだが、そんなに焦らなくても、いつかきっと素敵な彼女ができるだろう。しかし、彼は自分の容姿を極端に醜いものと思い込み、激しいコンプレックスを抱いているようである。

 実際は卑下することは何もないのに、思い込みで損をしている人は多い。他人から見れば単なるバカバカしい思い込みでも、本人にとっては確かな実体験の上で作られた考えだから、それは信念に近いものになってしまっている場合が多い。単に言ってあげるだけで直るものではなく、何かしらの根拠が必要だ。僕はいるだけでいいなら、ナンパもいいかもしれない。

「なんだよ、全然だめじゃねーか。ま、いくらたっちゃんがイケメンでも、こんな汗臭くっちゃ無理か。今日のたっちゃん、俺よりくせーぞ。はははは」

 ナンパはことごとく失敗に終わったのに、シゲユキくんは大はしゃぎである。二十歳を越えた大人で、こんなに無邪気な笑顔を浮かべられる人はそうはいない。発達障害は良くも悪くも天真爛漫、感情表現が実に豊かである。

 こんな笑顔を浮かべられるヤツが、どうしてこんなに追い詰められてしまうのだろう。人と同じようにできないことが、そんなにダメなのか?人とちょっと違う考えなのが、そんなにダメなのか?ツイッターの炎上騒ぎなどに象徴されるように、今の社会は、「行儀のよさ」を過剰に求めすぎてはいないか。

「今日は楽しかったよ。じゃ、またな。たっちゃん」

 駅について、僕とシゲユキくんは別れた。人間生きてりゃ、楽しいことだってある。シゲユキくんがそう思ってくれたなら良かったと、安心して床に着いたのだが、真夜中にかかってきた一本の電話で、また不穏な気配が訪れる。

「今、自由が丘にいる。午後に行った現場の家族を、これから殺す」

 シゲユキくんの声は、夏祭りのときとは打って変わった、暗い湿気を帯びていた。
 

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第183話

 市橋達也は、今日の勤務の待ち合わせ場所である、ファストフード店前に立っていた。

「お。たっちゃん。今日も一緒か」

 集合時間を二分すぎて現れたのは、23歳のシゲユキくんである。日雇い派遣に登録してから二週間ほど、彼とはよく相勤になった。話す機会も増え、今ではお互いにタメ口で呼び合う仲となっている。

「場所がわかりづらくて参ったよ。スポットは毎回現場が違うから厄介だよね。俺なんかパソコンもスマホも持ってないし、いい地図が用意できないからさ」

 ぶつくさと文句を言う彼は、規則で決められたチノパンではなく、ジーパン姿である。

 規則を守らないのは、当然まずいことである。現場で怪我をしたとしても、それが規則を守らなかった結果であった場合、労災が支払われないことも多いのだ。

 取りあえず言われたことを守っておけばいい。こちらがそう考えておけば間違いはないわけだが、規則について満足な説明もしない会社側の姿勢もどうなのだろうか、とは少し思う。ガキではないのだから、一つ一つの規則にちゃんと意味があることがわかれば、誰だって面倒くさくても守るのに、ただ頭ごなしに言われるだけでは、一見意味のわからない規則はバカバカしくて守る気が起きなくなる人がいてもおかしくはない。スタッフを人間ではなく、家畜に近いものとして見ているから教育などはしないということであろうが、労災を死んでも払いたくないという姿勢なら、登録時に5分なり10分なり時間を設けて、一通りの説明くらいはしておくべきではないかと思う。

 やがて引っ越し屋の車がやってきて、僕たちを回収していく。昔は、沢山いる日雇い労働者をトラックの荷台に積んで輸送するといったことも行われていたらしいが、今はさすがにそんなことはない。それぞれ別の車の助手席に乗せられ、僕たちは現場へと向かった。

「水は持っているか。茶よりもスポーツドリンクがいいぞ。塩飴もあるから、いくつか持っていきな」

 連日、熱中症の話題が喧しいこともあり、社員はそれなりに気を使ってくれる。あれだけ騒ぐと、逆に思い込みで症状を悪化させてしまう人もいそうな気もするが、それで助かっている人の数の方が多いには違いないから、どんどん騒ぐべきであろう。確かに近年の暑さは凄まじい。自分の身を守れるのは、最終的には自分自身しかいない。各自、対策はしっかりとらねばならない。

 現場に到着し、仕事が始まった。マンションの四階に、重たい家具などを次々と運び込んでいく。昔は真夏だろうが引っ越し屋がエレベーターなどは使えなかったそうだが、いまどきはそんな残酷なことは言うオーナーもいないという。住人には嫌な顔をされることもあるが、こっちは日に何件も仕事を抱えており、体力を温存しておかなければいけないのだから、気にしてはいられない。

「おい、大丈夫か?しっかりしろ」

 社員に心配されているのは、シゲユキくんである。全身から滝のような汗を流し、足もとはふらつき、いかにも倒れそうに見える彼だが、僕は彼のそんな姿を、冷ややかな目で見ていた。

 荷物は小さい物しか運ばない。ふと見ると、陰に隠れて休憩をとっている。一番若い彼が一番仕事をしていないのに、どうして一番疲れているのだろう。確かに体力は人それぞれには違いないが、僕にはどうも、彼は全力を出し切っていないように思える。

 しかし、やがてシゲユキくんの行状に社員も気づきはじめ、注意を受けることになってしまう。

「君さあ、サボるんだったら帰るか?仕事しない奴には金やりたくねえよ」

 仕事のキツさに応じた金をもらっているとは言い難いし、頑張って仕事をしたところで貰える金は同じなのだから、できるだけサボろうとするのは当たり前なのだが、シゲユキくんの場合はちょっと目に余る。怒られるのは無理もない。

 それから、少し真面目に働くようになった彼だが、何か不満そうな顔をしながら仕事をしていた。社員に怒られたことを気にしているのかと思っていたが、それが違っていたことが、休憩時間に明かとなる。

「ゴキブリでも見るような目で見やがって・・。あの家の夫婦、絶対俺のこと見下してたよな・・・」

 お客の夫婦は、シゲユキくんより少し上くらいの年齢であった。いまどきそのくらいの若さで、家賃8万はするようなマンションに住めるのだから、いい会社に勤めているのだろう。シゲユキくんが僻むのは無理もないかもしれないが、見下していたとは、被害妄想が強すぎるのではないか。

「だからって、サボるのはよくないんじゃないか。あれは怒られるよ。仕事ができなくてもいいけど、せめて頑張ってる姿勢は見せないと」

 別に彼の今後を心配したとかではなく、単純に、話題を繋ぐために、僕はそう言った。

「だって、バカバカしいよ。やってられないよ。あんな仕事、真面目に頑張る方がバカだよ」

 シゲユキくんは、開き直ったように言う。初めて会ったときにはオドオドしていた彼だが、親しくなるにつれ、だんだん本当の顔を僕に見せるようになっていた。

「俺は確かに仕事ができない能無しさ。正式に診断を受けたわけじゃないけど、頭に障害があるんだと思う。だからって、なんで人より頑張らなきゃいけねえんだよ。逆だよ。能無しだから、逆にサボるんだよ。人の何倍も努力して、ようやく人並み。それでやる気が起きるか?人が手を抜いてもできていることを、なんで俺だけが死ぬ気になってやらなきゃいけねえんだよ。努力ってのはゴールに向かってするものなのに、なんで俺だけがスタートラインに立つために努力をしなきゃいけねえんだよ。そんなの不公平だろ」

 こっちもそこまでは言っていないし、おそらく他の誰かに言われたわけでもないだろうが、被害妄想に凝り固まったシゲユキくんには通用しない。僕は黙って彼の話を聞く。

「頭に障害があるけど、私は頑張ってます。健常者様に認められるために、いじましい努力をして、人ができて当たり前のことを自分だけは一生懸命にやっています。健常者どもを喜ばせるためだけに、なんで俺が、そんな偽善テレビ番組でやるようなストーリーを演じなきゃいけないんだ?バカにすんなよ。頑張れとか言いやがって、もし頑張った結果、貧乏まみれの人生から抜け出せず、結婚もできなかったら責任とれんのかよ。障害者だからそれでも我慢しろってか?ふざけんな」

 能力がない人間だからといって、プライドがないとは限らない。若いシゲユキくんのプライドは強烈だが、半端だ。その半端なプライドが、彼が持つ本来の可能性を狭めてしまっている。

 プライドさえ無くなれば少しはマシになるだろうが、それはおそらく無理だろう。彼は自分を卑下してはいるが、自分が好きなのだ。好きな自分を変える気が起こるはずもない。他人から説教などされたら、余計に依怙地になってしまうだけだ。
 
 ADHD。人に理解されない障害を抱えた者には、彼らにしかわからない世界がある。それは健常者が容易に立ち入るべきではない世界だ。健常者の世界についていけないシゲユキくんは、自らの歪んだ世界の中で哲学を作ってしまっている。それは健常者には到底受け入れ難い哲学である。

 犯罪者である僕には、シゲユキくんが犯罪をおかすのは、時間の問題に思えた。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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