凶悪犯罪者バトルロイヤル 第118・5話

 グランドマスターは、某ホテルにて政府要人との会合を終えた後、秘書のアヤメとともに、6月度の参加者たちの戦いを振り返っていた。

 大会開始からちょうど三分の一に当たる、4か月の期間が消化された。大物の参加者にも、脱落者が出ている。運だけではここまで生き残れず、また実力だけでもここまでは生き残れない。ここまで生き残った者たちは、強運と実力を兼ね備えた本物と評価してもいいだろう。

「今月の死亡者です。藤波和子・・殺害者は、宮崎勤及び山地由紀夫。本山茂久・・殺害者は、北村一家。朝倉幸治郎・・殺害者は、都井睦雄を中心とする旧八木軍。間中博巳・・殺害者は、宅間守。小林カウ・・殺害者は、重信軍。前上博・・殺害者は、都井睦雄。坂巻脩吉・・殺害者は、都井睦雄。都井睦雄・・殺害者は、重信軍。以上、7名です」

 前の月で5名に留まった死亡者が、淘汰が進んだ今月で7名。数字以上のペースアップといえるだろう。やはり、4名もの命が一度に失われた大規模戦「環七通りの戦い」の影響が大きかった。

 死亡者の中には、大物中の大物犯罪者、都井睦雄の名前も入っている。彼がこのタイミングで命を落とすとは思わなかったが、その強さは、まさに魔人の如く、であった。まさかあの加藤智大が、手も足も出ず敗れるとは。宅間守や金川真大、造田博などの強豪との戦いが見られなかったのは残念であるが、彼の戦いを間近で観戦できたのは、一生の思い出となろう。
 
 北村一家が殺害した本山茂久は、1960年、男子児童を、営利目的誘拐し殺害した罪で逮捕された死刑囚である。資産家の家に生まれ、本人もまた歯科医としてエリートコースを歩むが、中年になって若い愛人に入れあげ、資産のほとんどを貢いでしまう。そして借金に喘ぎ、犯行へと至った。この愛人は、罪滅ぼしのためか、本当に愛情があったのか、本妻から絶縁された本山に会いに、足しげく面会に通っていた。拘置所では、自分がひり出した糞を食らうなど、拘禁ノイローゼの症状を見せていたが、演技との説もある。昭和46年、死刑執行。

 八木軍に殺害された朝倉幸治郎は、1983年、物件立ち退きを巡るトラブルから、家族5名を殺害し、死刑判決を受けた。拘置所では、刑務官に敬語を使い、支援団体との交流も断ち切って、卑屈ともいえる態度を見せていたが、1990年には死刑が確定。2001年執行された。

 死刑囚の収監年数は、逮捕後で36年、確定後で45年が最長で、平均では確定後7年程度となっている。法務大臣がハンコを押す基準や理由などは明らかにされていないが、一説には、朝倉のような従順な模範囚ほど、ハンコは押されやすいといわれている。皮肉な話であるが、支援団体や精神鑑定、冤罪の問題など、厄介なしがらみがない者ほど殺しやすい、ということなのだろう。

 そして、宅間守が間中博巳を殺害した、「ガンダム像下の戦い」。宅間守が教えを授けた青年、アカギは、現在も国内の何処かで潜伏を続け、「ブラック企業幹部リスト」の皆殺しを予告している。彼の計画が、大会にいかなる影響を及ぼすのか。加藤智大、Nも、彼と関係がある。運営に差しさわりがあるようならばこちらで始末するが、今のところは泳がせておいてもいいだろう。リストの中に、自分がスポンサーを務める企業の名がなかったことは幸いであった。

 スクリーンに映し出される、参加者たちの活躍が収められたフィルム。グランドマスターは秘書のアヤメとともに、恍惚の眼差しでそれを眺めていたのだが、思わず顔を顰めた個所が一つ。宮崎勤が、藤波和子に性的暴行を加えた後、殺害したシーンである。

 宮崎勤の異常性癖が、いよいよ本格的開花を迎えた。精神医学の権威をも震え上がらせたあの男の狂気は、いかなる色艶を放って咲き誇るのか。悍ましいような、楽しみなような。

 そして、麻原彰晃率いるバドラである。あの連中には、殺人ゲームをしているという緊張感がないのか。あのまま最後まで行くことはないだろうが、なんだか本当に最後まで行ってしまいそうな気もするから困る。

「マスター。例の情報が届きました」

 秘書のアヤメがノートパソコンを取り出し、テキストファイルを開いて見せた。テキスト名は「ブラック・ナイトゲーム オッズ 」である。そう、欧州の秘密結社、ブラック・ナイトゲームのブックメーカーが算出した、対象の参加者が生き残った場合の、勝ち金額の倍率だ。

1 shoko asahara 1.14
2 hutosi matsunaga 1.65
3 tomohiro kato 1.98

 これがベスト3である。三人に共通するのは、巨大組織に属しているということ。信頼感が違うのだ。実際、ベスト10まではほぼ、バドラと重信軍の面々で埋め尽くされている。それほど有名ではない参加者も、である。

 では、有名な犯罪者はどうかといえば、こういう順位であった。
 
 15 mamoru takuma 3.45
 18 tsutomu miyazaki 3.59
 32 tatsuya ichihashi 5.98

これでも頑張った方であろう。宅間の上に角田軍の吉田純子がいたりするのを見れば、やはり多数の票を集めているのは、組織の後ろ盾がある者であるのがわかる。

 そして、最高の配当金が得られる、生き残り8人を全員当てるもので一番多い賭け方というのが、こうなっている。

 1 shoko asahara
2 mitsuhiko seki
3 kiyotaka katsuta
4 tetsuo odajima
5 hiroshi zouda
6 tadashi kikuchi
7 akira syoda
8 nobuo oda

なんと、全員がバドラ所属となっている。もう一人のメンバー、大道寺将司が誰かと入れ替わっているものも合わせれば、その総数は、全体の3割近くにも上ったらしい。いささか面白味には欠けるが、大金がかかっているだけ、皆必死ということだろう。

「ふうむ・・。なるほどな。会員が賭けているのは、一口最低でも、日本円換算で5000万円相当だから、これは大変な金が動くぞ。参加者の皆は、責任重大だな」

 冗談めかした口調で言ったが、実際、グランドマスターもまた、このオッズには関心を持ち、自分も一口賭けてみようかという気になっていた。といっても、公式主催者の自分が、外部の団体に利益を供与したと見られては問題だから、賭けの相手は、秘書のアヤメである。

「アヤメくん、一つ、我々も賭けをしないか。君が買ったら、大会勝利者への報奨金くらいのお金までなら、なんでも買ってあげよう」

 アヤメの頬が上気するのがわかる。しかし、自分がこれから提示する条件を聞いて、その顔を保っていられるかどうか。

「その代わり、私が勝ったら・・」

 宮崎勤の気持ちが、少しわかった気がした。
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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第118話


 再び見開かれた加藤智大の目に、鬼の形相で俺に迫ってくる都井と、その後ろから駆け付ける重信さんの姿が映る。

 命を諦めることはない――咄嗟に、そう思った。俺は日本刀の切っ先を、都井に向かって突き出した。

 恐るべき反射神経で、攻撃を躱す都井。しかし、心折れたと思われた相手からの、予想外の反撃は、確実に都井を動揺させたようだ。

 俺は日本刀を垂直に構え、振り下ろした。異常な集中力のおかげで、傷の痛みは感じない。しかし、断裂した筋繊維までが回復するわけではない。左手には力が入らない。剣速は鈍く、ナイフやサーベルにはない日本刀の持ち味、重みを生かしての破壊力も発揮できない。

 剣撃は、都井の匕首に簡単に阻まれた。俺の攻撃はすべて防がれ、逆に、都井の攻撃はことごとく受けてしまう―――。完敗である。ここまで、差があるとは思わなかった。

 だが、俺にトドメを刺そうとした都井は、急に弱気な表情を浮かべ、よろめいて離れてしまった。チラリと見えた背中には、重信さんがよく使う、中東製のナイフが突き立っていた。

 投げナイフ――ゴルフボールによる投擲攻撃は、分厚い筋肉で覆われた背中に当たればほとんど意味をなさないが、刃物なら別である。都井の背筋を深々と切り裂いたナイフは、都井の戦力、それ以上に戦意を、確実に奪った。

 勝負は決した――。遅れて「森」を出てきた川俣軍司、重信さん、松村くん、そして俺の四人に包囲された都井は、それでも重信さんを道連れにしようと切りかかるなど抵抗を見せたが、最後は、松村くんのナイフを首筋に食らって倒れた。都井は、俺には完勝したが、「重信軍」には敗れたのだ。

 大怪我を負った俺は、委員会指定の国立病院に一週間入院することとなった。DNAの情報は誤魔化しがきかないから、ごく一部ではあるが医療機関には、今大会のことは伝えられているのだ。

 一週間もあれば、傷は癒えるだろう。二週間後からは、トレーニングも再開できる。だが、できるだろうか。

 あれだけのトレーニングを積んでも、俺は都井には勝てなかった。手も足も出なかった。戦闘の技術よりも、戦いに臨む気構え、そこに大きな差があった。

 都井は生には執着していない。いつ死んだっていいと思っていた。しかし、勝ちたい、とは思っていた。怒りをぶちまけ、誰かを、世界を、滅茶苦茶にしてから死にたいと思っていた。それが、捨て身の、特攻の強さを生んでいた。

 対して、俺はどうか。生きることに絶望しているくせに、無駄に死を恐れ、生に縋っている。それでいながら、勝利を渇望していない。どうせ俺なんか・・と、最初から負けるつもりで勝負に挑んでいる。もう、大きなことをしようとも思っていない。暴れる気力もないのである。それでも今までは、埋めようのない戦闘力の差で勝ってきたが、本当の強敵相手には、なにもできなかった。弱いやつにはめっぽう強いが、強いやつには、とことん弱い。小悪党の鑑みたいだな、ははは。

 あの男――宅間守が、都井以下の強さということはないだろう。今の俺では勝てない。守りたい人を、守ることはできない。

 それでいいのか――?などと、今、誰かに聞かれても、そいつが期待する返事を返すことはできないだろう。昔から、叱咤激励の類が胸に響いたことなんて、一度もなかったんだ。落ち込んでるときは、優しくされたかった。誰も優しくしてくれなかった。いたのかもしれないが、忘れた。

 どうでもいい――。今はただ、ゆっくりと休みたい。眠っていたい。

☆   ☆    ☆    ☆    ☆   ☆

 松永太は、ビジネスホテル内のラウンジにて、一人簡素な祝杯をあげていた。一応、皆にも声はかけたのだが、仲間の前上博が亡くなったということで、辞退の返事が相次いだのである。得た嬉しさより失った悲しさを優先するのは、松永が理解できない日本人の考え方の一つだ。

 ちなみに、前上の穴は、八木軍が雇った傭兵、小川博が埋めてくれそうだった。金で雇われただけの小川博は、ロクに働きもしないまま、大将が逃亡したと知ると、あっさりと降伏してきたのである。まあ、傭兵にはよくあることだ。我が軍が雇った孫斗八も、都井の強さを目の当たりにし、いち早く逃げ出していた。川俣のように残っていれば、莫大な報奨金を受け取れたというのに、もったいないことである。

 ともあれ、八木軍との抗争に、一応、一区切りがついた。戦争後、松永はAにいち早く連絡をとり、池袋の「IKB48」に向かわせ、敗走した八木を待ち伏せさせたが、さすがに八木は現れなかった。軍資金を押さえさせたが、金庫には現金はほとんど入っていなかった。どうやら大部分は、あらかじめ戦の前に、何処かへ隠していたらしい。

 ゴキブリのようにしぶとい八木がこのまま終わるとは思えないが、まあ、以前ほどの力を取り戻すことはないだろう。武力もないのに金だけは持っている分、他勢力に目をつけられ、早晩、滅びの道を辿るに違いない。

 また、今回の戦で、味方のこともよくわかった。一つは、重信房子に、戦略的な眼力がまるでないこと。

 日本赤軍の女帝などとはいっても、所詮は、美貌を買われて担がれただけの神輿にすぎない。少しでも冷静に全体を見る目があれば、たとえ八木を討ち取っても、軍事面での扇の要たる加藤を失っては痛手の方が大きく、逆に加藤を助けて敵軍のエース都井睦雄を倒してしまえば、八木などは死んだも同然ということがわかるはずなのに、重信は、敵軍総大将を討ち取るという戦果に目が眩んで、そちらを目指してしまった。そして戦が終わってから、自分が加藤を助けろと言ったのを、「部下思い」などと勘違いして、勝手に反省してしまっているのだから、始末に負えない。

 あの女は、一介の武人としては優れていても、単独で人の上に立てる器ではない。あれなら、いずれ対立するときが来たとしても、赤子の手をひねるように潰せることだろう。

 心配なのは、加藤智大である。都井とあそこまで戦力差があるとは予想外であったが、その都井はもういなくなったのだから、素直に喜んでもいい場面なのだが、ネガティブな加藤にそう考えることができるとは思えない。トレーニングに精通した小川博の加入もあり、復帰すればこれまで以上の伸びしろが見込めるのだが、果たしてどうなることか。

 一週間後、永田軍から、再度の同盟申込みの電話が入った。北村ファミリーと、和睦が成立したのだという。両軍とも、我が軍が八木軍を打ち破った報を受け、逃げ延びる八木にトドメを刺し、漁夫の利を狙おうとの魂胆で手打ちをしたのであろう。わかっていたが、快く受けてやった。来るべきバドラとの全面抗争に備え、味方は一人でも多いほうがいい。

 大会開始から、四か月――。三分の一が消化された。この時点で、ともに大戦を勝ち残った2強――戦力のバドラ、資金力の重信軍の構図が、完全に確立された。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第117話

 加藤智大は、銃剣の切っ先を向け突撃してくる都井を迎え撃つべく、日本刀を構え、腰を落とした。

 都井の怖さ――捨て身の怖さ。奴は、自分の命への執着がまったくない。普通、人が感じる、死への恐怖がまったくない。戦中世代のメンタリティは想像を絶するものがあるが、徴兵検査に失格し、戦争に行けなかったことをコンプレックスにしている都井は、もしかしたら、戦地に赴いた兵士よりも、命を鑑みないことへの拘りが強いのかもしれない。

 銃剣が俺の身体に触れる瞬間に、サイドステップ。体勢が崩れた都井の脇腹か太ももに、刺突を浴びせる。そうイメージを持ったのだが、ここで予想外の――いや、予想しておくべきであったのに、気が動転してか、予想できなかった都井の攻撃を食らってしまった。

 顔面を襲う、BB弾の雨あられ。激痛を受け、俺は白兵戦で絶対にやってはならないこと、視界を覆うガードをしてしまった。

 もともと銃剣は、ナポレオン一世の時代、装弾数が少なく、また弾丸の装填に時間がかかるマスケット銃を装備した銃兵隊が、弾を補充している最中に白兵戦を仕掛けられた場合を想定して生み出された武器である。俺は重信さんからそのことを習っていたのだが、そのことばかりが頭にあったため、銃撃と剣撃を「同時に行う」という発想がなかった。都井の銃剣、いや「電動ガン剣」は、単なる飾りではなく、極めて合理的な考えに基づいて装備された武器だったのだ。

 気付いたときには、都井はもう目の前まで迫っていた。回避は間に合わない。俺は突き出される白刃を、左手で受け止めた。

 掌が焼けただれたような熱を発し、血が滴り落ちる。今、俺の目に映っているこれは、なんだろうと思う。手の甲から、鋭く尖った銀色の物体が「生えて」いるのだ。

「加藤くん!」

 後ろから、重信さんが援護に駆け付けてきた。都井がそちらに対応しようとするが、肉に深く食い込んだ剣は、容易には引き抜けない。仕方なく、都井は剣を、俺の手のひらに刺さったまま放置し、新たに匕首――ドスを抜いて、重信さんの方へと向かっていった。

「くっ・・・」

 早く重信さんを助けに行かなければいけない。しかし、銃剣は抜けてくれない。医学的には、深く刺さった刃物は、素人がすぐには抜かない方がいいらしいが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「うああああああああっ!」

 激痛。信じられない量の血が噴き出すと同時に、剣は手のひらから抜けてくれた。すぐに都井を追いかける。

 都井と重信さんの打ち合いが始まった。都井は女性に情けをかけるような男ではない。むしろ、夜這いを断られたことを犯行の動機とする都井は、女性に深い恨みを持っている。都井の激しい攻撃に、重信さんは防戦一方だった。

 しかし、背後に俺の気配を感じた都井は、重信さんから一時離れる。ここに、松村くんも合流し、重信、松村、俺と都井が、三対一で対峙した。人数的には絶対有利の態勢だが――。

「あっ、八木茂!」

 重信さんが指さした方向を見ると、八木茂が、配下の佐々木哲也に伴われて、戦場を離脱しようとしているのが見えた。ようやく錯覚状態から抜け出し、敵方の大半が「森」の中から消え去ったこの機に乗じて、戦場を離脱しようとしているらしい。

「加藤くん、松村くん!都井は任せましたよ!」

 敵軍総大将の姿を発見した重信さんは、そう命じて、八木を追っていった。その瞬間、都井が俺の方へ襲い掛かってくる。都井が匕首を振り下ろしてくるのを、日本刀の刃で受け止めた。

 が――。左手を負傷している俺は、都井の攻撃を受けきれない。大きく、体勢を崩してしまった。そして・・。

 肋骨の間を、滑るようにして、刃物が侵入してくる。防刃ベストの隙間を突いた都井の刺突を食らってしまった。

 腰が砕けた。失血で薄くなる視界に、松村くんのナイフが腕を掠ったのを気にも留めず反撃に移る都井の姿が映った。都井の匕首は松村くんの防刃ベストに阻まれたが、松村くんは膂力だけで吹っ飛ばされてしまった。

 そして都井は、俺の方へと振り返った。まずは俺の息の根を、完全に止めておこうというらしい。

 命が終わる時が来た。都井睦雄――なんて強さだ。国内最多記録の称号は、伊達ではなかった。俺は、ヤツには勝てない。

 人生、色々なことがあった。あの事件を起こす前―――。9割9分まではクソみたいな思い出ばかりだったが、いいことだって、ないわけじゃなかったんだ。褒めてくれた人だっていた。仲良くしてくれた人だっていた。評価されたことだってあった。ま、人に比べりゃ、ずっと少なかったんだろうが。

 それをうまいこと、自信に変えることができなかった。物事を、悪いほうに悪いほうにとしか、考えられなかった。チャンスを、自ら潰してきた。色々と勿体ない選択をしてきた。

 だけど、仕方なかったんだ。精神の問題とは、色々と複雑であることを理解できない単細胞にはわからないんだろうが、俺には、あれ以上の頑張りはできなかった。今まで辿ってきた以外の人生は考えられない。自己責任の問題ではない。なるべくしてなった人生なんだ。

 目を閉じた。全てを、諦めた。

「重信!なにをしているか!八木などはいいから、加藤を救わんか!」

 松永さんの、今まで聞いたこともないような大声が、耳に飛び込んできた。
 
 

 

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第116話

 もう1時間が経ったようにも感じるが、実際に経過したのは、5分程度だろうか。加藤智大は、装甲車の裏で息をひそめ、辺りの様子を窺っていた。

 約1メートルの間隔で、不規則に車が配置された戦場では、敵の姿も味方の姿も視認できない。出会い頭の勝負。遭遇戦である。

 八木軍は、まだ、逃げるという選択肢がない錯覚に囚われているのだろうか。まあ、仮に目が醒めていたとしても、この戦況では、容易には身動きがとれないだろうが。陣形は完全に崩れ、四方八方、どこから敵が襲ってくるかわからない。車の陰から飛び出した瞬間にお陀仏という可能性が、非常に高いのである。

 とにかく、八木を速やかに探し出すことだ。八木を討ち取ってしまえば、都井たちは戦意を失い、降伏してくるかもしれない。八木が味方から離れ、孤立しているこの状況は、最大のチャンスである。

 車の下を覗いてみようか。足を見れば、どの車の陰に人が隠れているか、わかるかもしれない。だが、敵か味方の判別まではできない。それに、動きにくい体勢をとっている間に、後ろから襲われたらアウトだ。
 
 ならば、上は?装甲車の屋根に登ってみれば、誰がどの車の陰に隠れているかがわかる。しかし、遠くまでは見えない。それに、付近に隠れているのが、全員敵だったら?車の上に身をさらせば、こちらの姿も丸見えとなってしまう。マインスイーパと違って、わかった時点でアウトなのだ。

 携帯は鳴らない。重信さんから、メールで作戦の指示が来るかもしれないと思っていたのだが。位置を把握されたら大変だから、声での指示がないのはわかるが、携帯メールを使うくらいはできるはずだが。まさか、もうやられてしまったのだろうか。

 前上さんが、都井睦雄に殺された――。人の死を頻繁に目の当りにするようになっても、身近な人間の死は、やはり特別に感じるものだ。正直、まだ、動揺している。この上、重信さんや松村くんまで、殺されるようなことがあったら――。

「・・・・!」

 天を切り裂き、降りかかる殺意――。都井睦雄が、装甲車の上から飛び降りてきた。銃剣――電動ガンの銃口に取り付けられたナイフの切っ先は、俺の心臓をしっかりと捉えている。

 アスファルトを横転して躱した。立ち上がると、別の装甲車の陰に身を隠した。都井が追ってくる気配はない。忍び足で、さらに隣のレンタカーの陰へと移った。

 神出鬼没。いったい奴は、どこから現れ――

「!!!」

 背後からの一撃。完全には躱せず、肩に傷を受けた。距離をとってから、振り返った。ナイフを構えているのは、「青春の殺人者」、佐々木哲也だった。

 日本刀を構え、反撃の体勢に移った――すぐに構えを解き、レンタカーのボンネットに飛び乗った。また、背後から、足音と、敵の気配を感じ取ったのである。

レンタカーの向こう側へと飛び降り、そこでようやく、佐々木と一緒に、俺を挟み撃ちにしようとした敵を確認した。

 敵ではなかった。味方の、坂巻脩吉だった。俺は、合流して二人で佐々木を殺す機会を、みすみす棒に振ってしまったということだ。

 しかし、今からでも遅くない。俺が坂巻の援護に駆けつけようとした、そのときだった。

 都井睦雄である。都井が坂巻の背後から、恐ろしいスピードで走ってきて、背中を一突きにした。

「ぐふっ・・・」

 吐血して膝を着く坂巻。しかし、今ならまだ間に合う。俺は、重信さんから、人体の構造についての授業を受けている。傷があの位置ならば、腎臓は逸れている。すぐに援護に駆けつければ、坂巻はまだ助かる。

 が――。足が竦んで、動けない。都井が怖い。しかも、今行けば、佐々木哲也を加えた二名を相手にしなければならない。俺には、荷が重すぎる。

 結局、佐々木と都井の二人に、坂巻は殺されてしまった。その間、俺に出来たのは、別の装甲車の陰に隠れ、少しでも都井から離れることだけである。

 ここで俺の脳裏に、不埒な考えが過ぎる。どうせ都井から逃げるのなら、いっそのこと、このまま戦場を離脱してしまおうか、という考えである。

 軍隊において、一兵卒または下級将校の敵前逃亡は重罪である。最低でも数年の懲役、場合によっては死刑もあり得る。俺は重信軍では、うぬぼれでもなくそれなりに期待されているとの自負があるが、それでも、何らかのペナルティが課せられるのは確実だろう。

 ならば、他の軍に亡命してしまえばいいじゃないか。例えば、正田くんのいる、バドラ麻原軍。あのチャラけた雰囲気に付いていけるかはわからないが、武力はうち以上だ。または、今まさに交戦中の、八木軍に寝返ってしまうという手だってある。それなら、あの化け物、都井睦雄と戦わなくて済む。

 重信さん、松永さんには、確かによくしてもらった。しかし、離合集散は乱世の習いだ。道義的には問題があっても、裏切りは間違った考えではない。俺だけが責められる筋合いじゃない。

 俺は車の「森」を脱出し、歩道まで走った。そこで頭を振った。

 なにをやっているんだ、俺は。自分が散々、人に見捨てられたと悩んでいたくせに、俺自身が、自分を評価してくれた人たちを見捨てるのか?

 どこまでも自分勝手なクズ野郎。永遠に、人と交われない男。嫌だ。そんなレッテルを張られて死ぬのは嫌だ。

 そうだ。元々、俺が生に執着するのが、おかしな話なのだ。人を裏切るなどしてオメオメと生き残るよりも、自分がクズじゃなかった証明をして、ここで死んだ方がいい。死ぬ瞬間くらい、男になりたい。

 いや――そんなカッコいいもんじゃない。俺が証明したいのは、俺を見捨てたヤツらがどれだけクズだったか、ただそれだけだ。俺が事件を起こしたのは、全部アイツらのせいだ。そういうことにしたい。そのためには、自分がアイツらと同じ人種じゃない、ということを証明しなければならない。ただそれだけのために、俺は男になろうとしているだけだ。

 ともあれ、俺はこの場に踏み止まる決意をした。そこに、同じく「森」を抜け出した重信さんが合流してきた。

「戦場全体を視界に入れつつ、開けた場所で打ち合おうというのですね。いい判断です。都井が反対側から出てくるかもしれませんから、私はそちらに回ります。都井が出てきたら、声をあげてください。すぐに援護に向かいます」

 重信さんが指示を飛ばし、反対側へと回っていった。一分一秒を惜しむ状況でも、さりげない褒め言葉を忘れない。あれが、俺を育てた「あの人」だったらば、「敵前逃亡する気か?」などと、人のやる気を挫く決めつけが始まっていたところだった。

 都井は、規制線の東側から出てきた。真っ直ぐにバリケードへと向かおうとしないのは、まだ、錯覚状態から抜け出していない証拠だ。

 都井の死角から襲いかかろうとしたが、すぐに気づかれた。奇襲は失敗。俺は大声をあげ、重信さんを呼んだ。

 都井睦雄。短時間での殺人数、国内最多記録を持つ男との、文字通りの真剣勝負が、始まろうとしていた。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第115話

 グランドマスターが装甲車へと引っ込んだその瞬間、加藤智大は、松村恭造とともに、八木軍へと向かって突っ込んでいった。

 日本刀を水平に構える。走る勢いを利用し、そのまま敵陣を駆け抜け、すれ違いざまに八木の胴体を叩き切る。そういうイメージを持ったのだが、すぐさま修正を余儀なくされる事態となった。

 都井睦雄が、俺たちに向かって、電動ガンを撃ち付けてきたのである。

 6月25日現在、委員会は、参加者に対し、銃火器の使用を禁じているが、火薬を用いない飛び道具の使用は概ね許可されている。もっとも、銃刀法違反で制限されている空気銃などは違法で、許可されているのは、弓矢やボーガン、BB弾を使用したサバイバルゲーム用の電動ガンなど、銃刀法において個人の所持が認められているものだけである。

 ただ電動ガンやエアガンなどでも、改造によって威力を極度に増大すれば、銃刀法違反の対象となる場合がある。今、都井が使用しているのは、法の規定範囲内のものなのか。俺はその道のプロではないので、食らっただけではわからない。

 とにかく、弾幕を張られたことで、俺たちは、それ以上は八木軍に近寄れなくなった。そして戦線が概ね固まった。

 距離にして50メートル。両側二車線の広い道路に、委員会の装甲車が15台、八木軍が乗ってきたレンタカーが10台、計25台が止まっている。歩道側に目立った障害物はなく、ラーメン屋やガソリンスタンドが軒を構えている。これが、今度の戦場の全体像であるが、重信軍は、規制線西側から20メートルの装甲車の裏、八木軍は、規制線東側から15メートルの装甲車の裏にそれぞれ隠れ、10メートルを隔てる形となった。

「加藤くん・・」

 重信さんが、俺の耳元で、あることを囁いた。実戦の場面で、冷静に状況判断ができる人材がいない八木軍ゆえの失策についてである。

 八木の犯したミス。それは無知ゆえとしても、まさに致命的だった。

 複数台の障害物を挟んでの、10メートルの距離。普通なら、容易には縮まらない距離である。密林生い茂る森林戦では、丸一日をかけて進んだのは、わずか2メートルあまりであった、などという例もあるらしい。

 こうした場合は、大抵、先に飛び出した方が負けとなる。ゆえに持久戦となりやすい。持久戦は兵の士気を著しく下げる。元々の士気が低い傭兵などは、カカシ同然となってしまうこともある。

 役に立たないだけならまだいい。それならプラスマイナスゼロだが、使い物にならなくなった兵が怖いのは、軍の力を、本来の人数以下に弱めてしまうことだ。

 腐ったミカンの方程式。あまり好きな言葉ではないが、実際、士気の低下は伝染する。会社ならば、休ませたり、心のケアに当たったりなどして対処することもできるが、生死のかかった戦場でそんなことをしている余裕はない。場合によっては、厳罰で臨まなければならない。

 しかし、今度の戦いでは、そうした事態はすべて避けられそうだった。

 八木は錯覚していた。今度の戦いは、重信軍と八木軍の全面戦争には違いないが、大会全体で見たら、一年間のうち何度も行われる戦いの一つにしか過ぎない。無理に戦わず、逃げたっていいのである。長期戦を望む八木なら、むしろ逃げるべきだ。

 しかし八木は、そうしなかった。この場に踏み止まって戦ってしまった。

 理由はおそらく、委員会の存在だろう。道路を封鎖するバリケードと、ジュラルミンの大盾を構えた委員会の戦闘部隊の存在が、まるでこの戦いを、逃げ場のない完全決着ルールのデスマッチのように、錯覚させてしまったのだ。

 八木が気づいたときには、もう遅かった。重信さんが、あらかじめ規制線東側に配置していた別働隊――川俣、前上、坂巻の三名が、八木軍を背後から急襲したのだ。

 本来なら別働隊は、逃走しようとする八木軍の防波堤となるのが仕事だった。しかし、八木たちがまったく逃げようとしなかったため、重信さんは、別働隊への指示を変更し、奇襲隊として用いる決断をしたのだ。

 八木たちが隠れていた装甲車の裏から、二つの声があがった――聞こえたのは、八木軍配下の庄子幸一の悲鳴と、ヒロポン・ウォリアー、川俣軍司の咆哮である。

「奇襲成功です!八木軍を挟撃しますよ!」

 重信さんの命令を受け、俺は八木軍が隠れていた装甲車の裏を目指して、真っ先に飛び出していった。奇襲を受けて壊乱する八木軍を、挟み撃ちに。我が軍の勝ちは、九分九厘決まったようなものである。

 生への本能がそうさせたのだろうか。八木が装甲車の陰から飛び出してきた。しかし、足はもつれ、明らかに動きが鈍い。やっとのことで、レンタカーの陰に隠れたのはいいものの、そこで転んでしまう音が聞こえた。

 俺は、八木が別働隊の誰かに捕まり、殺される光景を思い浮かべた――が、別働隊は誰も、最初に八木軍が隠れていた装甲車の陰から出てこようとしない。

 おかしい――。何か嫌な予感がしながらも、装甲車の裏までやってきた俺の視界を、恐るべき光景が支配した。

 腕を切り落とされ、腸をアスファルトにぶちまけながら喘いでいる、前上さん―――。
そして、今まさに、都井睦雄の武器、銃剣による刺突を受ける、坂巻脩吉の姿だった。

「わぷっ・・わっわっ」

 凄まじい剣速――。かろうじて躱した坂巻だったが、このまま打ち合っては持たないだろうことは明らかだった。強者は強者を知る。レベルの違いに茫然としているのか、川俣軍司は援護にいけない。一歩も動けない。

「くそっ・・!」

 俺は日本刀を水平に構えながら、都井の背中目がけて突進した。そのまま加速し、すれ違いざまに、都井を横から叩っ切ってやる。

 しかし、イメージ通りには行かなかった。都井は脅威の反射神経で身を捻らせ、俺の斬撃を躱し、別の装甲車の陰へと隠れた。

 どう動けばいいのか、一瞬迷う。こんなとき、野獣、宅間守ならば、その本能で、速やかに判断を下せるのだろうが、俺にそれはできない。頭で考えるしかない。

「加藤くん!八木を追いなさい!」

 重信さんの命令が聞こえた。服従は体に染み込んでいる。俺は八木がいるはずのレンタカーの陰へと走った。

 が。八木の姿は見えない。すでにどこか、別の車の陰――あるいは、戦場の外に逃げ出してしまったのか?

 背後に気配を感じる。振り返った。都井睦雄が、まだあどけなさの残る顔に、鬼のような皺を刻みながら、突撃してきた。

「・・・・!」

 逃げた。俺は、恐れをなして逃げた。こんな恐怖は、歌舞伎町で、宅間守と対峙したあのとき以来である。

 背後で、車に固い何かがぶつかる音が聞こえた。重信さんか松村くんによる、投石の援護が入ったようだ。俺は都井の足が止まった隙に、装甲車の陰へと隠れこんだ。

 急に、辺りが静かになった。人の足音も聞こえない。みんな、戦場から離脱してしまったのか?いや。そうではないようだ。おそらく、敵も味方も、みんなこの場にいる。各々、車の陰に隠れている。

 下手に動いたら、集中攻撃される。その恐怖から、誰もその場を動けない。ジリジリと、緊迫感が高まっていく。

 大都会の中心で、70年代、ベトナムにおける森林戦の地獄絵図が、再現されようとしていた。



 

 


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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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