凶悪犯罪者バトルロイヤル 第59話

「あ、アヤ先生・・人数合わせって、女性ではないのか・・?」

「えー、いいじゃない。これを機に男性に目覚めてみるっていうのも。一度きりしかない人生なんだから、色々経験しとかなきゃ」

 悪びれもせず言うアヤ先生。天真爛漫というか、そういうところも嫌いではないのだが、さすがに洒落にならない。一般人ならともかく、よりによって、忌むべき悪魔を招いてくれるとは・・。そして、もう一つ、心配がある。

「その・・アヤ先生は、宅間さんとは、どういった関係なのだ・・?」

「出会い系で知り合ったのよ。会うのは初めてなんだけどね」

 それを聞いて安心した。

「へえ。アヤ先生みたいなお綺麗な人でも、出会い系をやったりするんですね」

 我がバドラの尾田信夫が意外そうに言ったが、これは愚問である。出会い系サイトをモテない男女の吹き溜まりのように思って敬遠している者は未だに少なくないが、麻原の印象では、どうも男の方が、そうした偏見を持っているように思う。ネットの出会いに真実の愛はない、とか、出会い系やるとかリアルで相手にされない負け組、とか、情報弱者の老人みたいなことを言っているのである。

 女性は、その辺のことにはあまりこだわらない。男のように、子供じみた変なプライドには邪魔されない。ゆえに、アヤ先生のように、リアルで吐いて捨てるほど男が寄ってくる美人も、普通に出会い系を利用していたりする。また出会い系は、会員比率の問題で、基本的には男から女にアプローチするのが一般的であり、美人が顔写真をアップしていたりすると、ボックスには賛辞のメッセージが山と届く。それで癖になってしまう女性は多いようだ。

「それじゃ、私たちと、素敵な男性たちの出会いを祝して、かんぱ~い」

 アヤ先生の音頭で、酒宴が始まった。宅間を恐れていたバドラの信徒たちも、合コンが始まってしまえば、目に映るのは女体だけである。それぞれが狙いをつけた先生に、積極的にアタックを開始した。

 女性陣はといえば、基本的に受けに回る中、さざんどら組のノゾミ先生が、宅間守を意識するような発言を見せ始めた。

「宅間さんのファッション、カッコイイですね。どこで買ったんですか?」

 宅間は、上半身にフィットした黒のTシャツにシルバーのネックレス、ジーンズといった出で立ちである。

「これか?全部、古着屋で買ったもんや。合わせて一万くらいだったかのう。流行りのちょい悪おやじってのを意識してみたんや」

「へえ。意外ですね。もっとブランドの服かと思ってた。でも、安くていいのを選ぶのが、センスのある証拠ですよね」

 瞳を輝かせるノゾミ先生。

「なにがチョイ悪おやじだ。チョイ悪どころか、極悪おやじではないか」

 麻原がぼそりと呟いたのを、宅間は聞き逃さなかった。
 
 獣の視線が、麻原を射る。


☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆   ☆    ☆


 宅間守は、小動物のように身をすくめている麻原から視線を切った。今は、麻原に構っている場合ではない。

「宅間さんたち三人って、なんか面白いですよねえ。ジャイアンとスネ夫とのび太みたい」

 ノゾミの発言だが、なかなか言い得て妙である。ジャイアンは考えるまでもなく自分、スネ夫は金川、のび太は新加入の上部を指しているのだろう。

 宅間は、橋田忠昭のときの失敗を踏まえ、上部には優しく接していた。優しく、といっても、宅間なりに、というレベルではあるのだが、少なくとも、食事や風俗利用の際に差別をしたりはしていない。自分ほどではないが、参加者中屈指の戦闘力を持った男である。反乱を起こされてはたまらない。

 やがて、宴もたけなわとなってきた。一対一の会話が増えてくるかと思ったが、意外と皆は、会そのものを盛り上げることに意義を見出してきたようである。自分の携帯に送られてきた写真を見て、マサミ一筋とか言っていた金川も、「空気づくり」を優先させ、女性陣全体、またバドラの男性陣とも歓談している。まあ、コンパとはそういうものなのだが、アヤ一人に狙いを絞っている自分には面白くなかった。

「よーっし。盛り上がってきたところで、教祖さまゲーム行きますか!」

 バドラの関光彦である。

「え?教祖さまゲーム?」

「え、マサミ先生しらないの?みんなでクジを引いて、当たりを引いた人が、他のみんなに命令できるゲームだよ」

「それって、王様ゲームじゃん。なに、教祖さまって」

 マサミ先生が、屈託のない笑顔を浮かべるが、宅間は呆れていた。なんとベタな奴だ。いまどき、王様ゲームなど。これだから、時代錯誤の過去の犯罪者は嫌なのだ。

 しかし、これが意外にも賛同の声が多く、さっそくゲームが開催された。はじめに当たりクジを引いたのは、アヤである。

「私が教祖さまかー。どうしよっかな。まあベタだけど、最初だから、キスから行こうかな。6番の人と・・」

 宅間の番号である。アヤが教祖さまだから、アヤのぽってりしたセクシーな唇を奪うことはできないだろうが、まあ、他の女でもいいとするか。舌をねじ入れて、キスだけでメロメロにしてやる。

「・・・7番!さあ、キスしてキスして」

 誰だ?自分に唇を奪われるのは、誰だ?宅間の胸の鼓動が、最高潮に高鳴る。

「選ばれてもうたか。ほな、ちゃっちゃと済ませよか。7番は、だれや?」

 宅間が先に名乗り出る。
 
「お・・・俺だ・・」

 青褪めた顔で名乗り出たのは、麻原のオッサンだった。
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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第58話

 麻原彰晃は全軍を率いて、新宿の居酒屋「ワタミ」を訪れていた。今宵は、待ちに待った合コン――。麻原が、愛しのアヤ先生と、結ばれる日である。

「もう、尊師、遅~い。何やってたのよ」

 10分遅刻した麻原を咎めるアヤ先生。頬を膨らませた顔も、可愛らしい。

「いや、すまぬ。時計がなぜか、少し遅れていてな。あと、ちょっと、人助けをしていたものでな」

 麻原はさりげなく、自分が奉仕の精神の持ち主であることをアピールした。善行は、それを自慢した途端に偽善となってしまう。さりげなさが重要なのである。

「へえ。どんなことしたんですか?」

 食いついてきたのは、がぶりあす組のマキ先生だ。マキ先生は昭和63年生まれ、今日参加している女性陣の中では最年少だ。エキゾチックな顔立ちで派手目の先輩たちとはややタイプが異なる、しっとりした和風の美人である。我がバドラでいえば、勝田清孝がマキ先生狙いだ。麻原も、本命はアヤ先生なのだが、マキ先生に告白されても、断る理由はなかった。

「いや、大したことではない。財布を落として家に帰れず困っている外国人に、電車賃をあげただけだ」

 麻原はけして気取らず、まるで普段から常に無私の奉仕を心掛けているかのように装う口調で言った。マキ先生はおろか、他の先生たちからの好感も上がったのは、間違いなかった。

「その外人、別の場所で、別の人にまた金無心してましたけどね。典型的な寸借詐欺ですよ。まったく、自分が詐欺師のくせに、ころっと人に騙されるんだから。策士、策に溺れるですね」

「こ・・こら!本当のことを、言うでない!しかも、俺は詐欺師などでは・・」

 マキ先生狙いの勝田清孝の暴露に、テーブルに笑いの花が咲く。受けたのだから、結果オーライとしようか。

「そうそう。あのね、尊師たちに、言って置かなきゃいけないことがあるの」

 麻原たちが席に着くと、アヤ先生が眉を八の字に曲げて、申し訳なさそうに切り出した。美しいアヤ先生にそんな顔をされたら、なんだって聞いてしまう。

「どうしたのだ?」

「あのね、よく考えたら、今日、男性と女性の数が釣り合ってないじゃない」

 アヤ先生の言う通り、参加者は、男性が8名。対して、女性は、アヤ先生、マキ先生、ぼおまんだ組のマサミ先生、さざんどら組のノゾミ先生、おののくす組のサキ先生の5人である。これでは、女性陣は全員カップリングが可能でも、男性陣には、どうしてもあまりができてしまう。

「そこでね、ちょっと、3人、尊師に無断で呼んじゃったの。ごめんね」

 限られた数のパイを争う戦い。競争は嫉妬に繋がり、軍の結束を乱す。麻原としても、願ってもない話だった。

「いや、俺は別にかまわん。それで、その3人は、いつ来るのだ?」

「ちょっと迷ってるみたいなのよね。そろそろ来ると思うんだけど・・あっ!」

 アヤ先生が手招きする先を見て、全軍に戦慄が迸った。
 
 忌むべき悪魔との、再会だった。

☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

 金川真大が、言葉を失い、口をあんぐりと開けている。麻原のオッサンと初めて会う上部康昭も、警戒して身構えている。合コンには、他の男も同席すると聞いていたが、まさかこいつらだったとは・・・。麻原のオッサンは、己の信奉する幸運の神ガネーシャに見捨てられているのではないだろうか。

「尊師、紹介するわね。こちら、建設会社社長の宅間守さんと、専務の金川真大くん、それから、社員の上部康昭さん。3人とも、有名な死刑囚と同じ名前なの。変な偶然もあるものよね~」

「それを言ったら、尊師だってそうじゃない。松本智津夫って、あの麻原の本名と同じでしょ?すごい偶然よね~」

 まったくだ。麻原と宅間が合コンでたまたま同席するなど、そんな偶然があってたまるか。

 ただ、女を手に入れるという目的でいえば、とくに自分に異存はなかった。見る限り、バドラの連中には、ルックスの面で自分の相手になる者は皆無である。話術に関しては始まってみないとわからないが、金川から聞いた話では、女にモテてどうしようもなかったという犯罪者はいないようであるから、そちらに関しても、恐らく自分の独壇場だろう。

 以前のグラウンドでの戦いでは、宅間は一方的な加害者側である。バドラの連中に、とくに怨みはない。もし女を取り合って喧嘩になったとしても、造田博とかいう小僧以外は、自分の相手にはならない。問題は、奴らがどう出るかだが・・。

「た・・宅間さんですか。どうぞ、よろしくお願いします・・」

 麻原のオッサンが震え声で、宅間と初対面を装う挨拶をした。信者の連中もそれに従う。どうやら、仲間を殺された怨みよりも、宅間への恐怖が勝ったようだ。用事を思い出したと言って帰る、という選択肢もあったはずだが、それもしなかったということは、この中に、よほど惚れている女がいるのだろう。それがアヤであるのなら、渡しはしない。自分の使用済みでよければ、金次第では下賜してやってもいいが。

 宅間、金川、上部が席に着いた。燃え盛るような熱波が、産毛をチリチリと焼く。

 麻原と宅間。犯罪史上1、2を争う大物二人の、因縁の戦い――。第二ラウンドのゴングが、今、高らかに鳴らされた。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第57話

 
 アジア最大の歓楽街、新宿歌舞伎町―――。眠らない街。学歴のある者ない者、腕力のある者ない者、人を殺したことのある者ない者――。誰もを平等に受け入れる町。

 会社帰りのサラリーマン、出勤途中のホストやホステス、巨体を揺すって歩く黒人、耳障りな声で喚いている中国人。欲望に目をぎらつかせた住人達の狂騒の宴が、今夜もまた繰り広げられている。

「お兄さん、お店お探しですか・・って、スカーフの加藤さんか。これから、ご出勤ですかい?」

「あ、加藤さん。どうもどうも。この間、お宅のユキちゃんが、ウチで遊んでいってくれましたよ。いえいえ、プライベートの関係にはなっていないからご安心を」

「おお、加藤はんやないか。これから飯なんやけど、一緒にどないでっか?・・・そうでっか。ほな、またいつか。松永はんにも、よろしゅうに」

 オープンからわずか一か月で、全国のキャバクラで五指に入る売上を記録した「スカーフキッス」は、歌舞伎町の住人の注目の的となっている。俺もこの街で、そこそこ顔を知られるようになってきた。

 同じ夜の住人とは、とりあえず仲良くしておいて損はない。が、今は、立ち話をする気分にはなれなかった。

 気を紛らわせるため、バッティングセンターに足を運んだ。
 
 行かなければよかった。
 
 麻原彰晃―――。100人の参加者の中でも、大物中の大物。俺たちの軍団が、最も警戒する人物。奴が7人の配下を引き連れ、バッティングをしている。打てもしない140キロのボックスで。
 
 そういえば、今晩は新宿の居酒屋で合コンをするとかなんとか、バドラに潜り込んだ正田くんから連絡が入っていたのを忘れていた。殺し合いをしているくせに、なにが合コンだ。ふざけやがって。ああいうやつが、俺は一番嫌いだ。

 だが、バドラにいる正田君の顔は、活き活きとしているように見える。財貨にも貪欲な人だから、月に50万の金を渡すのと引き換えに、いまだに俺たちの軍団のスパイとして働いてくれているが、気持ちの方は、もうバドラに傾いているのかもしれない。出会った当初は、俺と同じように世界に絶望していた正田君を変えるだけのなにかが、バドラにはあるのだろうか。興味がないではないが、今の俺には、優先事項ではない。

 享楽的なあいつらの顔は気に入らなかったが、自己判断で敵軍を責めることは、松永さんや重信さんから、厳禁の命を受けている。大体、あの宅間守でも一人を殺すのがやっとだったバドラの大軍に、俺が勝てるとも思えない。

 俺は奴らに気づかれぬよう、その場を後にした。引き続き、歌舞伎町一番街を、あてどもなくぶらつく。

「いてっ。おい、てめえっ!どこ見て歩いてんだよ、くぉるぁっ!」

 酔っぱらって平衡感覚を失い、勝手にぶつかってきた大学生風の若者が、俺の胸倉をつかみ、粋がって巻き舌を飛ばしてきた。

 喧嘩の際に相手の胸倉を掴むのは、漫画や映画でもよく見る、半ばお約束のような儀式だが、これは危険である。インファイトで自ら片手を潰すなど、頭突きをくださいと言っているようなものだ。ロクに場数も踏んでいない素人。今の俺には、子供を相手にするに等しい。戦えば必ず勝てるだろうが、一般人に手を挙げることは、ルールで禁止されている。

 どうしたものだろうか。一発もらってあげて、スッキリしてくれるなら、それでもいいか。今日はとことんまで落ちるのもいいかもしれない。そんな風に思っていると、粋がり男が振りかぶった手が、別の通行人の顔をかすめた。瞬間、猛烈な激憤の波動が、辺りの空気を震わせる。

「何すんのじゃこらぁ!うっ倒されるど、ワレ!」

 鬼のような形相で赫怒する、長身痩躯の男――。宅間守。バトルロイヤル参加者中、最凶にして最強の男。獣の視線が、粋がり男を射貫いていた。

「あ?んだよオッサン。調子乗ってんじゃねえぞこら」

 センスが無いというのは、恐ろしいことだ。修羅場を潜ったことない粋がり男は、宅間の発する瘴気が尋常なものではないことに、気が付いていない。

 憤激の波動が、気を抜けば倒れてしまいそうなほどに強くなる。もしかしたら、宅間は自滅するのではないか―――。そんな期待を抱いてみたりもしたが、寸でのところでかかってきた電話が、宅間の殺意を沈めたようだった。

「おう、アヤちゃんか。今、もう新宿や。なんや街並みも昔と変わっとって、ちょう迷っとるんや」

 この男も、女遊びか――。どいつもこいつも。が、それに対して嫉妬を露わにするほどの勇気は、俺にはなかった。

 ニシキヘビに睨まれた青大将。一段上の怪物を目の当たりにして、俺は完全に委縮していた。

「宅間さん。こんな三下に構ってないで、さっさと行きましょうよ」

 配下の金川真大に窘められて気を落ち着けた宅間は、人混みへと紛れていった。粋がり男の隙をついて、俺も逃げ出していった。宅間が俺に気づいて戻ってきても捕まえられないよう、遠くへ、遠くへと逃げた。

 宅間は俺を、戦わずして殺した――。何もできなった。戦っても、勝てる気がまったくしなかった。
 
 宅間に出会って、目が覚めた。このままではいけない。もっと、もっと強くならなければならない。
 恐るべきあの男から、Nを守らなければならない。

  ビールを一杯飲んで気を静め、俺は店へと戻った。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第56話

 「スカーフキッス」社長室――。松永太と加藤智大は、渋谷での出会い以来の、二人きりの話し合いの場を設けていた。昨日、委員会から全参加者宛てに送られてきたメール――神戸連続殺傷事件のA、西鉄バスジャック事件のT、そして我が「スカーフキッス」期待のニューヒロイン、Nが、正式な参加者として登録されたという知らせを受けての話し合いである。

「信じられません・・・あのNが、まさか・・」

 頭を抱え、唇をわななかせる加藤を、松永は冷ややかに見つめた。

「君には受け入れがたいことかもしれませんが、これは紛れもない事実です。Nの正体は、佐世保同級生殺害事件の加害少女。そして、昨日登録が完了した、バトルロイヤルの正式な参加者です」

「嘘・・嘘だ・・」

 どうやら、相当な重症のようである。加藤がNに特別な思い入れがあったのはわかっていたが、これほどの落ち込みを見せるとは思わなかった。一途で生真面目なのはいいことだが、一年という限られた期間の中で成果を上げなければならない中で、こう一々なにかあるたびに動揺されては困ってしまう。

 松永には、落胆や絶望という感情が、どうにも理解できない。

 歴史に名を残す英雄のように、倒れても倒れても起き上がる、無尽蔵の覇気を持っているというわけではない。暑苦しい体育会系のように、馬鹿みたいに前向きなわけでもない。理由はただ一つ。無駄だから、である。

 人は葛藤を乗り越えてこそ強くなれる、などという言葉を賛美する思考は、松永にはない。葛藤など、無ければそれに越したことはないのである。悩みが多くて得をする職業など、作家や芸術家くらいのものだ。ただ機械のごとく目の前の課題に専心できる人間、結局はそれが社会の中で成功する。何事にも挫けない強い精神を手に入れたい、と願う者は多いだろうが、そもそも、挫けるという人間らしい感情そのものが存在しない松永には、そう願う者の気持ちも、よくわからなかった。

「加藤君、こう考えてはどうでしょう。私たちの手で、Nを守るのです」

「俺たちで、Nを・・?」

「どうも君には、自分に降りかかるすべての出来事を不幸と捉えてしまう癖があるようですが、冷静に整理して考えれば、けしてそうではないことがわかるはずです。今度の件でいえば、Nが参加者として登録されてしまったのは、君にとっての不幸。しかし、Nが縁あって私たちの店で勤めていたことは、君にとっての幸運です。その幸運を生かすなら、君が取るべき行動は、一つしかないはずです」
 
 そもそも、加藤がNと出会わなければ、不幸も幸運もなかったのだが、そこについては考えさせないでおく。

「・・・」

 加藤はギュッと口を引き結び、黙りこくったまま何も喋ろうとはしない。

「決心がつきませんか。ならば、本人と直接、話し合うといいでしょう」

「えっ?」

 社長室のドアが開き、Nと、ベースボールキャップを被った痩せぎすの男――。神戸連続殺傷事件のAが、揃って姿を現した。

「ようこそAくん。私が松永です。こちらが、加藤智大くん。以後、お見知り置きを」

「Aです。初めまして、松永さん。いやあ、写真で見るより男前ですね」

「それは、どうも」

 松永との挨拶を済ませると、Aは加藤の方を向く。運命の年に生まれた超有名凶悪犯罪者同士の、初対面である。

「初めまして、加藤君。Aといいます。よろしゅうに」

 Aが差し出した手を、加藤は握ろうとしない。

「松永さん、どういうことですか?なぜ、彼がNと一緒に・・?」

「Aさんに直接誘われたんです。ともに行動しないかって」

 松永に代わって、Nが自分で説明した。

「本当はお店も辞めようと思ったんですけど、松永社長に慰留されて。バトルロイヤルの戦略に関してはAさんに従うけど、金銭獲得の手段として、お店にも残ることにしたんです」

 加藤に説明するNの口調からは、迷いは窺えない。Aはいかなる殺し文句でNを口説いたのか、洗脳屋として、ぜひとも聞いてみたかった。

「今後、Aくんの軍団と我らの軍団は、同盟軍ということになります。Nは平時はAくんらと行動しますが、スカーフキッスでの勤務時においては、社長の私や、来月から店長に昇格する加藤君の指揮のもとで動くということになります。勤務中に戦闘が発生した場合は、Aくんへの連絡をとらずにNに行動内容を指示する許可も得ています」

 Aが頷く。状勢を理解した加藤の表情から、ようやくに警戒の色が消えていく。

「ってなわけなんで、まあ、仲良くやりましょうや」

 Aが改めて差し出した手を、加藤が今度は握り返す。

「僕らのチームには、西鉄バスジャック事件のTくんもおるんよ。まあ、僕が引きずり込んだんやけどね。僕とTくんと加藤君。同じ年に生まれた、黒い三羽ガラスのそろい踏みやね。あれ、カラスはもともと黒いか。あはは」

 軽口を叩くAを、加藤は生理的嫌悪感を多分に含んだ目で眺めている。あるいは、Nとの関係についての嫉妬もあるのかもしれない。なんとも若いことである。当人には悪いが、少し微笑ましくも映る。

「ちょっと、外の空気を吸ってきます。勤務時間までには戻ります」

 気分がささくれ立ったときの、加藤の徘徊癖が出た。なにか申し訳そうに加藤を見つめるNの視線を辛そうに躱し、加藤は社長室を辞していった。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第55話

 
 麻原彰晃率いるバドラは、ツンベアーズのワタルの妹、イブキが通う、「ドラゴンほいくえん」を訪れていた。

 世田谷区における麻原の名声は日増しに高まっており、麻原は地域のおもしろおじさんとして、保育園や老人会、婦人会などから引っ張りだこだった。それぞれの会合に顔を出すことにはそれぞれのメリットがある。老人会や婦人会では、資金の獲得。そして、保育園においては、若い保育士さんと、仲良くなることである。

「さあみんな、今日は粘土遊びをしますよ~。自分の作りたいものを、自由に作りましょう」

「は~い」

 イブキの所属するかいりゅう組の担任、ショートカットが似合うアヤ先生の声に、園児たちが元気に返事をする。我がバドラの信徒たちも、鼻の下を伸ばしながら返事をした。

 園児たちと一緒に、麻原たちも粘土をこねる。アヤ先生に気に入られようと、みな必死である。

「さあ、みんな出来たかな?あら、イブキちゃん、これはお猿さんを作ったの?よく出来てるわね~」

「ありがとう。これはね、ポケモンのゴウカザルっていうんだよ。強くて器用で、とっても、とーっても使いやすいポケモンだって、お兄ちゃんが言ってた!」

 麻原は瞠目した。麻原には、イブキが作ったものがなんなのか、まったくわからなかったからだ。猿と言われれば猿にも見えるし、犬と言われれば犬にも見える。豚にも、見えないことはない。もしアヤ先生が、あれを犬とか豚とか間違えていたら、幼いイブキは深く傷つき、涙を流しただろう。そうならぬよう、確実にオブジェの正体を看破する眼力。麻原はアヤ先生に、保育士としての高いプロ意識を感じた。

「バドラのみんなも、よく出来てるわね。菊池くんは、お山を作ったのかな?」

「はい。子供時代を過ごした山です。この山を思い出すと、死んだおかやんのことを思い出し、哀愁にかられますね」

「やさしいのね、菊池くんは」

 菊池正が、刑務所を脱走後に、警察と熾烈な逃亡戦を繰り広げていた山のことか。この男を残虐な殺人鬼だと知らないアヤ先生は、労わるような眼差しで菊池正を見ている。母親思いで優しく純粋な心の持ち主というのは、まあ本当のことではあるのだが、菊池の犯罪を知る麻原には、どうも釈然としなかった。

「正田くんは、ロボットを作ったのかな?」

「ええ。幾何学と哲学の融合を目指した、あらゆる意味を包括した・・・」

 何を言っているのか、さっぱりわからない。アヤ先生は、ややドン引きである。これだから、インテリバカはダメなのだ。

「関くんは・・あら」

 関光彦が作ったのは、頂上に丸い岩石が置かれた、二つの山であった。

「えっへっへ。最近、たまっちゃっててさー。やっぱり女は、巨乳がいいよね。アヤ先生のも隠してるけど、かなりの代物だよね?隠されると、逆に見たくなっちゃうなー」

「もう、ふざけてないで、ちゃんと作りなさい!」

 教室内が、爆笑に包まれる。まったく、品のない男だ。うんことしっこを言っていれば笑いが取れる幼児相手だったからよかったものを、場所柄を弁えてなければ、とんでもないことになっていたかもしれない。このあたりは、指導が必要だった。

「尊師が作ったのは・・ええっと、これは、象さんかしら?」

「その通りだ。これは、ヒンドゥー教の神、ガネーシャといってな。あらゆる幸運を、人に届けてくれるのだ。俺とアヤ先生を、巡り合わせてくれたようにな」

 麻原は、俗世に出てから一番の「ドヤ顔」を浮かべた。今の自分ほどに決まっている男といえば、なんたらいうダンスユニットの、元力士のお笑い芸人と同じ名前の男くらいしか思い浮かばなかった。アヤ先生が近い将来、自分の妻となるのは、疑いようもなかった。

「え?これ、象さんだったの?だったら下手くそすぎだよ。俺、さっきから、ちんこ作ってんのかと思ってたよ」

 すべてを台無しにする関光彦の発言が、放たれてしまった。

「ば、ばかもの!何を言っておるのだ!貴様のような不埒な男と、一緒にするでない!」

 激昂する麻原。教室内が、関光彦のとき以上の笑いに包まれる。

「尊師・・失礼ながら、私もあれを作っているのかと・・」

「私もです・・。この前みんなでサウナに行ったときにみた尊師のものと、同じくらいのサイズだったものですから・・」

 関光彦に同意する、菊池正と正田昭。麻原の肉まんのような顔が、真っ赤に染まった。

「き、貴様らは・・。大体、俺のはこんな粗末では・・ああ、何を言っているのだ!」

 どっと沸くかいりゅう組の教室。いったい何事かと、がぶりあす組のマキ先生と、ぼおまんだ組のマサミ先生、さざんどら組のノゾミ先生も、イギリス人園長のシャガさえもが、廊下から覗いている。アクシデントすらもが、求心力アップに繋がってしまう。麻原の勢いは、本物のようだった。

 粘土遊びが終わると、給食の時間となった。子供向けのメニューであり、量は少ないのだが、味はなかなかいい。とくに、一口サイズの豆腐食品「ちょうどのおとうふ」は絶品である。それまで、生ものであることから給食に採用されなかった豆腐を、パック詰めすることにより衛生面の課題を克服し、栄養価は非常に高いが子供には敬遠されがちの豆腐を食べやすくした、画期的な食品である。「奇跡体験!アンビリバボー」で紹介されたこの食品の誕生秘話を動画で観たのだが、麻原は感動して泣いてしまった。食を通じて道徳の授業もできる、給食の歴史を変えた食品といえる。

「うわああああああああん」

 突然、一人の園児が欷泣を上げ始めた。どうやら、「ちょうどのおとうふ」を、床に落としてしまったようだ。

「アイリスちゃん、泣かないで。また来週食べられるから・・ね?」

「やだやだあ!おとうふたべたあいいい!」

 アヤ先生が必死になだめるも、アイリスは、泣き止む様子を見せない。しかし、純正日本人の娘にアイリスと名付けるなど、近頃の親は何を考えているのだろうか。などと、麻原が、己の娘たちにつけたホーリーネームを棚に上げてぼんやりと考えていると、突然、アヤ先生が、自分に懇願するような眼を向けてきた。

「うっ・・・くっ・・・」

 麻原の「ちょうどのおとうふ」は、開封されたばかりである。アヤ先生が何を言いたいかはわかる。しかし・・。

「アイリスよ。明後日、俺の分のプリンをやろう。それでいいだろう?」

「やだやだあ!おとうふがいい!アイリスはおとうふがたべたいの!おとうふじゃなきゃやあだ!」

 麻原は、本気で困り果てた。「ちょうどのおとうふ」を手放すことは、麻原にとって、血肉を切り売りするような痛みを伴う。しかし、ここでアヤ先生にいいところを見せなければ、近々予定している合コンの話が流れてしまうかもしれない。以前のホームランボールの件といい、どうして自分ばかりが、究極の二者択一を迫られなければならないのか。麻原は天を恨んだが、ごく僅か、髪の毛ほどの重さで、アヤ先生の、どういうわけか胸元の目立たぬようデザインされた服の向こうに隠された、巨大山脈を見たい気持ちが上回った。

「アイリスよ、あまりアヤ先生を困らせるでない。俺がちょうどのおとうふを授けてやる。受け取るがよい」

「・・・・そんしのおぢちゃん、ありがとう」

 アイリスは泣き止んだ。人前で堂々と泣ける子供を、これほどまでに羨ましいと思ったことはなかった。

 しかし、麻原が苦渋の決断を下したおかげで、アヤ先生のハートを掴むことには、成功したようだった。この後、麻原たちが保育園を去るとき、アヤ先生は、どらごん保育園の先生たちと、バドラメンバーとの合コンの開催を、今週末に予定してくれた。男所帯のバドラに、可憐なる花が咲いた瞬間だった。

 だが、このときまだ、麻原たちは気づいていなかった。このときの約束が原因となり、かつてバドラと死闘を繰り広げた、恐るべきあの男との、血みどろの戦端が開かれてしまったことを。麻原たちを待ち受けていたのは、花は花でも、毒々しく咲き誇る、仇花であったことを――。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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