完成版私小説 愛獣 7

                  

 僕を故郷に連れて帰る成果をもって、僕との関係を決着させようと考える折茂。しかし、当然のことながら、僕は折茂の望む返事はしなかった。

 伊勢佐木屋警備隊が撤退する日は確実に近づいていく。焦る折茂がとった手段は、「嫉妬の感情を利用する」ということであった。具体的には、僕と同じように、己と近しい立場の若者の世話を焼いたり、優しく声をかけた後、僕に対して「お前、あのとき嫉妬してただろ?」と聞いてくるということを、何度も、何度もやってきたのだ。

 あくまで、「僕は本当は折茂に好意を持っているのに、恥ずかしがって素直になれないだけ」との前提で話を進めようとする折茂は、僕に嫉妬をさせて焦らせば、「折茂さんが好き、憧れている」という本音(折茂が思い込んでいるだけであり、そんな本音は一切ない)が引き出せると考えていたのである。

 この時期、バックれた立義の後釜として、伊勢佐木屋警備隊に赤田という新人が入ってきた。二十二歳、僕より一個年上の大学生で、就職活動も終わって卒業に必要な単位もすべて取り終え、余った時間にアルバイトをしようと入ってきたのだという。

 赤田は日勤隊、折茂や僕は夜勤隊と働く時間帯も違うが、折茂はこの赤田に積極的に声をかけ、僕に「嫉妬させるため」の努力をし始めたのである。

「博行。お前はさっき、俺が赤田と話しているのを、凄い怖い目で見ていたな」

 自分の目つきが人からどう見られているかなどは自分ではわからないが、少なくとも嫉妬をしていた事実などは、一切ない。全部折茂の妄想である。

「博行。俺が赤田と話しているからといって、不満そうな顔をするな」

 自分の顔つきが人からどう見られているかなどは自分ではわからないが、少なくとも不満を感じた事実などは、一切ない。もし不満気に見えていたとするなら、それは、「どうせまた、後で嫉妬がどうのって話が始まるんだろうな」とうんざりしていたのが、顔に表れていただけの話だ。実際、折茂は僕がいくら嫉妬していないと主張しても聞かず、二十回でも三十回でも、僕に意地でもうんと言わそうと、何度も嫉妬云々の話をしてきたのである。

 折茂の執念は凄まじかった。僕が嫉妬していたことにする、ただそれだけのために、自分の女友達まで巻き込んだのである。

「この前、赤田と俺の女友達を会わせましたよ。あいつになら、女友達を安心して任せられますからね」

 塩村にそんな話しをしながら、僕の方を、チラッチラッと見てくる。そして、塩村がいなくなった後、「嫉妬したか?」と来るのである。

「いや・・・別に嫉妬はしてないですが・・・幸せになればいいんじゃないですか」

 当時、女には飢えていたが、本当に嫉妬などはしなかった。自惚れ屋で、リア充を気取る折茂の女友達などは、自信家で自己主張が強く、容姿や収入などで平気で男を見下すような女に違いなく、そんな女などは、顔面をグチャグチャに潰して泣かせてやりたいとは思うが、付き合いたいとは思わない。それに、その女を通じて折茂との関係も継続してしまうことになっても困る。

「そうか。それはそうだよな。何しろお前は、俺が好きなんだもんな」

 自分の都合のいい解釈をする・・・というより、逃げ道を見つけることにおいて、折茂は天才的であった。

 折茂が言うように、僕が嫉妬深い男であることは、間違いではない。しかし、その嫉妬心は、自分が特別に欲してやまない成功を収めた人間をみたときや、特別に好きな女を取られたときのみでしか発動しない。

 たとえば、僕は小説で成功したいと思っているので小説で成功した人をみたときは嫉妬するが、まったく畑違いの分野で成功した人を見ても、とくに心は動かされないし、共感できるところがあれば素直に尊敬できる。友人が誰と付き合っていてもどうでもいいし、街中でカップルを見かけたとしても何とも思わない。ましてや、自分が快く思っていない折茂が誰の世話を焼いたところで嫉妬などするはずがないし、むしろ「どうぞそっちに行ってくれ」という話である。

 折茂が、僕を「嫉妬していたことにする」ために利用していたのは、赤田だけではなかった。どこで知り合ったのかしらないが、僕と同じ二十一歳の大学生で、アメフト部か何かに入っているという若者である。その若者が、折茂に憧れて、よく電話相談などをしているというのである。ちなみに、僕はその若者に会ったことはない。写真も見たことはない。だから、折茂が作り出した、架空の人物という可能性もある。

「おう、電話してきたか。今?今仕事中だが、電話ぐらいは出られるぞ」

 ある日の勤務で折茂の携帯が鳴り、そのなんとか君との会話が始まった。実に都合よく、まるで見計らったかのように――アラームでもセットしていたかのように――仕事の手が空いて暇なときに、電話がかかってきたのである。

「またその悩みについてか。うん。それは自分次第だよ。うん」

 やり取りについては、それなりに自然であるようには聞こえる。まあ、折茂が握っている携帯の画面に、ちゃんと人の名前と通話時間が映し出されていようと、ただのオプション画面が表示されているのであろうと、僕には関係ない。中学三年生のとき、一緒に野球観戦を約束していた友達が急用で来られなくなり、一人で球場に足を運んだとき、当時、なぜか一人で野球を観ることが恥ずかしいことだと思っていた僕も、自分の席の周りにいる人に対して、わざわざ友人の急用を伝えるための「偽電話」をやった経験はあるから、たとえ折茂が架空の人間と喋っていたのだとしても、折茂をバカにはできない。

 閉口したのは、そのあとのことである。折茂が突然、僕の手を引き、トイレに連行して抱き付いてきたのである。

「ちょ・・・な、なんですか突然」

「博行。嫉妬をするな。俺はお前が一番だからな」

「いや・・・ちょ、やめ・・・」

「博行、ガードをするな。俺に抱かれるのが嫌なのか」

「いや・・・あの・・・やはり男同士でこういうことをするのは、おかしいですよ・・・」

「どうしてそんなことを言うんだ。昔のお前は、俺に抱かれて喜んでいたじゃないか」

「いや・・・あれは、心が弱っていたときだったから・・・」

 それでバカの一つ覚えみたいに何度も抱き付かれては困る、というのが、僕の心の中の声である。
 
 男同士で抱き合うなどは、特別に感極まったときでなければ、人からどういう目でみられるかは、本人だってわかっているはず。だからわざわざ、絶対に人に見られないよう、トイレにまで連行して抱き付いているのではないのか。

 自分でも恥ずかしいとわかっていることをやってまで、僕を信者にしようとする折茂。その執念だけは、確かに凄まじいものがあった。

  ☆         ☆          ☆   

 「嫉妬してることにする作戦」を駆使しても、僕が一向に信者になろうとしないことに、次第に業を煮やし始める折茂。募る苛立ちと焦りが、ついに爆発するときがやってきた。「大説教・大激怒二時間SP、秋の陣」の幕が上がったのである。その理由というのがとんでもないもので、折茂がかねて敵視している戸叶と僕が、仲良さそうに話していた・・・というものであった。

「みんなで戸叶を追い込もうと約束していたのに、お前は何をやってるんだ!俺の言うことが聞けないのなら、戸叶の下で働けばいいだろ!」

 仕事と学歴は関係ないと豪語し、自分の知能は東大卒にも勝り、策を練らせれば右に出る者はいないという「軍師折茂」が、宿命の敵、戸叶を倒すために考えた渾身の策が、「みんなで戸叶を無視する」というものであった。これが天才の策というのなら、日本中の女子中・高生は全員が天才策略家ということになる。中学、高校時代にさっぱり女にモテなかったからだろうか、僕は折茂の天才的な策略についていけず、戸叶と仲良く喋ってしまった。それが折茂の不興を買ったのである。

「湊さんもお前の行為には怒っていたぞ。日勤隊の湊さんは仕事上の絡みがあるから、ある程度戸叶と話さなきゃいけないこともあるが、戸叶と話す必要の薄いお前があんなに戸叶と和気藹々としているのは何事か!とな」

 僕から慕われたいならば、他の人の誤解を解き、僕を庇ってくれるべきであるはずが、他の人が僕に不信感を抱いていることを、言わなきゃわかりゃあしないことなのにわざわざ伝え、みんなが僕を嫌っているように思わせて、追い詰める。これが折茂の本当の姿であった。

 湊が怒っていたというのも、たぶん折茂が煽った結果であろう。冷静に考えれば、こんなことをしたら僕の気持ちは遠のくだけというのは折茂にもわかったはずなのに、彼はやってしまった。怒りが爆発すると歯止めが利かなくなってしまうのである。

「も、もう辞めますよ。あと少しで撤退だけど、もう我慢できない」

 二時間に及ぶ説教に耐えきれず、僕は席を立ち、着替えを取りに待機室へと向かった。

 限界だった。前回の、「大説教・大激怒二時間SP、春の陣」においては、実際に仕事上で失敗があったのは事実であった。隠ぺい工作をするとか卑怯なことをしたわけでもない。物がとられたわけでもない。ごめんで済むことであり、二時間も説教を食らうのは異常であるが、それでも、僕に過失があったことは確かである。

 だが、今回は違う。僕は何も失敗などしていない。誰にも迷惑をかけていない。戸叶と仲良くしゃべることが悪いと考えるのは、「折茂教」の教義にすぎず、客観的に見て、それを僕が守らなかったからといって責められるいわれは何もない。

 着替えをしに、待機室に向かおうとした僕を、折茂は後ろから抱きとめた。

「すまん博行。俺も言い過ぎた」

 自分でも、おかしなことをやっている自覚は少しはあったのだろう。折茂は、ここは素直に謝った。
 
 しかし、自らの存在を、絶対に間違ったことをしない、神聖にして無二の導き手と信じ、僕のことは、未熟にも程がある赤子と思い込んでいる折茂が、己の非を完全に認めるわけはない。仮眠から明けたあとになって、折茂は「お前はあの時、家に帰ろうとしただろう。実はあの戸叶も、仕事で気に食わないことがあったからといって、怒って勝手に家に帰ったことがあったんだ」などと言い出し、暗に僕の行為を非難し、かつ、自分が戸叶を追い込もうとしている正当性を主張し始めた。
 
 もはや鍵紛失事件のときの洗脳も完全に解けており、どう取り繕ったところで折茂への印象が回復するわけもなく、むしろ余計なことを口にすればするだけ不信感、及び不快感は増すだけであったが、当の本人は、この期に及んでも僕が折茂を慕っているという前提で話を進めたいようで、「大説教・大激怒二時間SP・秋の陣」の数日後には、同僚である鳥居や塩村に、僕を故郷に連れて帰るという最終目的を打ち明けたらしい。

「つっしー、折茂さんと一緒に住むの?」

「まさか・・・。そこまでは、さすがに・・・」

「そりゃそうだよね。いくらなんでも、ねえ・・・」

 隊員の中でもっとも折茂を好意的に見ている鳥居にして、この反応である。折茂のジレンマがすべて、彼自身の望みが異常すぎることから来るものであるのが、このことからもわかる。

 折茂はけして、対人関係のバランスが取れない人間ではない。もっと鳥居や塩村、あるいは湊に接するように、近づきすぎず離れすぎず、適正な距離を保って接してくれれば、僕だって露骨に拒絶反応を示さずに済んだはずだった。折茂が僕を信者にしようと、一緒に住もうとか、抱き付いてきたりとかするから、僕も自分の身を守るために、抵抗し、折茂にとっては望ましくないリアクションをしなければならなかったのだ。

 彼がここまで頑なに僕を信者にしようと、異常に高い望みに拘るのは、彼が自己愛を満たすため、己を常に崇めてくれる存在を求めていたからに他ならないが、もう一つ思い当たることがある。もしかしたら彼は、自分の人生の中で、好感を持った相手に、ここまで激しく拒絶されるという経験をしたことがなかったのではないだろうか。

 折茂は僕に好かれようと、あの手この手を尽くしていたが、反対に僕の気持ちは離れていくだけであった。激しいジレンマと屈辱を味わい、膨大な時間を僕のせいで無駄にさせられたと思った折茂は、これを取り戻すためには、もう普通の先輩後輩、友人関係ではだめで、僕が信者にまでなってくれなければ割に合わない、と、歪んだ望みを膨れ上がらせてしまったのではないか。

 これが、ストーカーの心理というものである。ストーカーとは、相手が大好きだから執着するのではない。自分の想いを踏みにじられた屈辱、プライドを取り戻す目的で、相手に執着するのである。
 
 こう思い至ったのは、僕にもまた、折茂と同じ、ストーカー気質があるからである。好きになった異性から想いを踏みにじられ、あまつさえ女のクソみたいなプライドを満たすためのサンドバッグとして扱われた結果、その女への好意がなくなるのではなく、むしろここまでされたからには何としても付き合ってもらわねばならないと、逆に執着を強めてしまう思考に陥った経験があるからである。

 それは折茂と別れてからの経験で、当時はまったく気づかなかったことなのだが、今にしてみれば、思考回路としては似たようなものではなかったかと思うのである。もっとも、ただ単に、自分と同程度の容姿の女に男女の関係を望んだだけの僕と、教祖と信者というより強い結びつきを望んだ折茂とでは、その実現可能性に大きな隔たりがあるはずで、かつ僕は、あの女のように、自ら悪意をもって折茂を傷つけたり、悪口を言ったことなどは一度もない。また折茂のように、己の優位な立場を利用する卑劣さもなかった。従って折茂に同情するつもりなどは一切ない。


  ☆         ☆        ☆    

 伊勢佐木屋が閉店する十月になった。気候的には一年でもっとも過ごしやすい時期で、本当なら仕事にも身が入るところであろうが、折茂と一緒の僕は違っていた。

「博行。こんど、湊さんや鳥居さんたちと一緒に、飲み会をやるぞ。お前も来い」

 伊勢佐木屋警備隊はシフト制で動いているため、これまで皆で集まって一緒に酒を飲む機会もあまりなかったのだが、折茂は最後に打ち上げをしようという。僕はこれに乗り気ではなく、なんとか断る口実を模索した。これからも長らく付き合いがあるというならともかく、もうすぐ別れる人たちと飲んでもカネが飛ぶだけで、僕には何のメリットもないのである。折茂らに好感を持っているならまだしも、折茂以外の人たちはともかく、主催者の折茂には嫌悪感を抱いているのだから、ツラを突き合わせて酒などは飲みたくなかった。

「あの・・・・。もうすぐウチの犬が死にそうで・・。できる限り傍にいて、一緒の時を過ごしたいんですよ。ですから・・・」

 口実は口実だが、まったくの嘘ではなかった。この時期、十四年間、兄妹同然に過ごしたうちの犬は息を引き取る寸前で、もう足腰も立たない寝たきりの状態であった。四六時中起きて看病をしようというわけではなかったが、できるだけ一緒にいたいのは確かだった。

 しかし、それを理由に折茂主催の飲み会を断るというのは、折茂からしてみれば、己が犬に負けたということになる。親兄弟ならともかく、犬に負けるという屈辱を味わった折茂の顔は憮然としていた。そして、悔し紛れに放った一言がこれである。

「言っておくが・・・・犬は法律的には、物として扱われるんだからな」

 他者の所有する動物を傷つけた場合、器物損壊罪として扱われた判例を持ち出して、こんな最低の一言を吐き捨てたのである。これが、僕を故郷に連れて帰り、お前の人生を背負おってやるなどと公言する「人生の師」の言葉というのである。飲み会の誘いを断られた悔しさのあまり、こんな最低の言葉を口にする奴が、「器のでかい男」を気取っているのである。

 声を大にして言うが、僕は折茂の「クソつまらない」飲み会などより、間もなくこの世を去ろうとする犬と一緒にいる時間の方が、ずっと大事であった。折茂との飲み会など、「行くだけ無駄」「寝ていたほうがマシ」であり、また折茂などは「死んでもどうでもいい」存在であり、兄妹同然に過ごした犬こそが、僕にとってかけがえのない存在であった。

 それを物とか言われたのではたまらない。しかしそれを言われてしまったのは、僕が折茂との飲み会を断ってしまったからでもある。一晩中ついて看病しているわけでもなし、別に行くなら行ってもよかったのである。また断るなら断るで、別の口実を使ってもよかった。

 折茂、そして自分自身への憤りと悔しさが、胸の中に渦巻いていた。折茂の方もさすがに失言を自覚したのか、それ以上しつこく誘ってくることはなかった。

 結局、飲み会は僕抜きで開催されたのだが、その後に彼らはみんな揃って、僕と塩村が勤務をする伊勢佐木屋保安室に押しかけてきた。別に邪魔になるような人たちではないし、仕事も暇な時間帯だからいても良かったのだが、厄介だったのは、当時服用していた精神安定剤を飲む瞬間を、折茂に見られてしまったことである。

「博行、お前はいつからこれを飲んでいたんだ?」

「警備隊に入る、少し前からですが・・・」

 己が追い詰めたせいで僕が薬を飲み始めたわけではないことが確認できると、さっそく「折茂劇場」の幕が上がった。

「博行・・・・もう俺がいるんだから、薬は必要ないだろう?それとも、俺の愛では、薬をやめられないのか?」

 どう見ても、みんなに自分の恰好よさをアピールするためのパフォーマンスなのだが、この言葉自体はおかしなものではないかもしれない。というのも、かの有名な「夜回り先生」水谷修氏にも、「愛で薬は辞められる」と信じ込み、自分が献身的に世話を焼いているにも関わらずドラッグを辞められなかった生徒が、自分で然るべき施設を探してきてそこに行くと言い出したとき、自分の愛を否定された気分になってつい冷たい言葉をかけてしまった結果、心乱れた生徒が自殺同前に死んでしまったという過去があったからだ。

 水谷氏はその件で、自論であった「愛で薬は辞められる」はエゴに過ぎなかったと反省し、ドラッグ撲滅と教育に人生のすべてを捧げるようになったわけだが、水谷氏と折茂の違いは、水谷氏の「愛で薬は辞められる」が、深い愛の中の小さなエゴだったのに対し、折茂の「愛で薬を辞められる」は「全部エゴ」だったということである。

 水谷氏の生徒が服用していたのは、人体に多大な害がある違法なドラッグであり、それは「直ちにやめるべきもの」であった。しかし、僕が服用していたのは効き目がマイルドな精神安定剤である。人体にそれほど甚大な害が出るものではない。たとえ無意味なものだったとしても、カネをドブに捨てるのは本人であり、それを無理やり辞めさせようとするのは、「俺が薬を辞めさせた」という栄光が欲しいだけのエゴでしかないであろう。エゴの塊で、エゴで生きているような折茂が、水谷氏のように反省などするわけもない。

 余談になってくるが、精神安定剤について、今現在の僕の考えを述べれば、回転効率しか考えない三分診療で、患者に簡単に精神疾患のレッテルを張り付け、カウンセリングもロクにせずドバドバと依存性のある薬を出す精神医学会のやり方には問題があると思う。 

 本来、うつ病とかいうものは、特に理由もないのに落ち込んでいる状態が続いていることであり、失恋だとか、試験に落ちただとか、原因がはっきりしているうちはまだ病気ではない(その、初期の段階であり、放っておくと本当の鬱になる可能性はある)と思う。そういう人間が立ち直る手段として一番効果的なのは、薬ではない。「良き出会い(誰にでも訪れることではなく、運もあるが)」と、泥にまみれながらも一歩一歩前に進んで、自信を取り戻していくことだ。

 ただ、世の中には、辛くて辛くてどうしようもない、ギリギリの状態の人はたくさんいる。どうしても前には進めないという人もいる。そういう人たちは、「言い訳」を求めている。すなわち、自分は「頑張りが足りないからダメなんだ」ではなく、「病気だからダメなんだ」という、周りの人から同情を買うための何かを欲しているのである。それがなかったら、自殺してしまうかもしれない。この当時の僕もそうだった。病院にいって、鬱病という診断をしてもらうだけで自殺が防げるなら、その方がいいではないか。そういう、必要悪的な側面もないとはいえない。

 問題は、その辛い精神状態の治療を薬物というインスタントな手段で行おうとしていることで、患者を薬物依存症という新しい病気にしてボロ儲けしているヤツがいるということだ。この点は、今後規制の強化などによって改善されていかなければならないだろう。 

 もしかしたら、突然薬が貰えなくなって自殺をしてしまう人も出てくるかもしれないが、そういうリスクを考慮してでも、徐々に薬物中心の治療方法は改めていかなければならない。勿論、病気の人を治す方法ばかり考えるのではなく、そもそも人を病気にしないために、貧富の格差是正やセーフティネットの充実、また、発達障害のように、うまく生きていけない人に対する世の中の理解を深めていくなど、世の中全体の取り組みも必要になってくる。できることは、すぐにでも、そして全部やらなくてはいけない。

 話しに戻る。

 犬を侮辱された件や、薬物の件でますます折茂から心が離れたとき、十一月のシフト発表があった。折茂はこの月が最後で別の現場に飛び、僕と塩村、鳥居らは十二月以降も残務処理があるという予定である。そのシフトを発表したとき、折茂がまたわけのわからないことを言い始めた。

「博行・・・お前は、このシフトでいいと思っているのか?」

「え・・・?」

 言われて、他の月と違うところを探すと、いつも十回はある折茂との相勤が半分近くまで減っていることに気づいた。折茂はおそらくこのことを言っているのだろう。勿論、折茂との相勤が少なければ少ないほどいいと思っている僕は、敢えて気づかないフリをしておいた。しつこくしつこく、何回も聞いてきたが、僕が「わからない」で通していると、折茂はとうとう痺れを切らし、相勤の数を意図的に少なくしたことを打ち明けてきた。

「近頃、お前の心が俺から離れている気がしてな。もしかすると、俺がいない方がやりやすいのかと思って、こうしたんだ」

 今さら気づいたのか、という話であるが、これに同意してしまうと、またいじめられかねない。僕は慌てて、「いや、僕も折茂さんから独立しなければならないと思ったんです」などと、変な言い訳をした。それで納得しておけばよかったものを、一度猜疑モードに入ってしまった折茂は、しつこく僕を問いただしてくる。

「博行。やはりお前は、俺を避けているだろう。この前戸叶と仲良くした件で怒ったときからじゃないか」

 正確に言えばそれよりもずっと以前からであるが、まあ、あれが特別理不尽であったことは間違いない。僕がどう答えればいいかわからず黙っていると、折茂は一人で話しを進める。

「もしかして・・・お前は、厳しくされるのが嫌なのか」

 気づくのが遅すぎた。あまりにも遅すぎた。折茂が己の路線が間違っていたと気づくまでに、僕がどれほどの恐怖と不快感を味わったか。折茂がどれほどの時間とカネを無駄にしたことだろうか。
「博行。俺が怖いんだろう。話しを聞くと、塩村さんや鳥居さんとやってるときは、もっと伸び伸びとやっているそうじゃないか。正直に言え」

「いや・・・」

「いいから、正直に言え」

「こ、怖いです・・・」

 折茂は黙りこくった。このときばかりは、心底自分の行いを恥じ、後悔していたのであろう。本当に沈痛な表情だったのを覚えている。

「・・・・恐怖を植え付けちゃった俺も悪いけどさ・・・・でも・・・・」

 でも、何だというのだろう。あの関係性のどこに・・・僕と折茂が繰り広げてきたやり取りのどこに、僕が折茂を親以上の存在と仰ぎ、故郷にまで付いていくほどの絆を結ぶ要素があったというのだろうか。人の価値観は人それぞれであるが、少なくとも僕には、彼がそう信じた理由はわからない。

 
 ☆           ☆           ☆               

 折茂との相勤は残り五日となった。僕が折茂を慕っているのではなく、ただ恐怖で従っていただけであることがわかってからも、折茂はまだ僕を信者とすることを諦めようとはしなかった。残りがあと三か月もあるなら接し方を変えようともなったかもしれないが、あと一か月、五回しかないならば、もう貫くしかないということであろう。折茂の「ファイナルアタック」が始まったのである。

「博行。お前はまた、俺が他の人と仲良くしているのを見て嫉妬をしていたな」

「いや・・・していませんが・・・」

 これが三十回目くらいの否定である。これほどしつこく繰り返されても根負けしなかった当時の自分に、拍手を送りたい。

「だが、お前は明らかに嫉妬をした顔をしていたぞ。お前は本心と表情が別に出てくるんだな。精神分裂病じゃないのか」

 折茂の趣味はチェスであったそうだが、表情の機微などという主観的な印象だけで人の感情を決めつけてしまう彼には、対人ゲームはとても向いていないだろう。精神分裂病とは現在は統合失調症と言い換えられていて使用されておらず、また統失は、折茂が口にしたような病気ではない。

 また、これはもっと前の話であるが、僕が冷蔵庫に入っている塩村の食べ物を、テナントからの差し入れと勘違いしてうっかり食べてしまったとき、折茂から説教を食らったことがあった。そのときの折茂の言葉がこれである。

「人の物を勝手に食べるのは・・・・ジャイアンと同じだぞ!」

 わかりやすい表現ではあるが、本人が顔を赤らめているように、いささか威厳を損なう表現である。
 前記の統失発言と合わせ、別に折茂の恥を晒す意図ではない。この程度の知識、語彙しか持たず、「伝える」能力に欠けた人間が、「人を教え導く」ことなどをしようとした無謀さ、浅はかさ、無責任さを強調したいのである。

 ぶつ切りのようになってしまって恐縮だが、最後に在庫一掃セールということで、まだ語っていない折茂のエピソードを個々に語る形にしたいと思う。

「博行・・・俺はお前に、薬をやめろとはいわない」

 何とかの一つ覚えに定評があり、しつこさにかけては右に出る者はいない折茂が、珍しく自論を引っこめた瞬間であったが、もちろん何の理由もなく言うのをやめたわけではない。彼は、僕に薬を辞めさせるのと同じくらいの栄光を発見したのである。しかもそれは、努力をまったく必要としないという点で、薬を辞めさせることよりも優れていた。

「だが、俺は精神に病を抱えたお前を差別せず、同じように扱うぞ。こんな人がお前の周りにいるか?」

 人として当たり前のことを、さも凄いことをしているように語るのである。彼の周りにいる人間の平均レベルがあまりにも低いことが伺える発言である。

「折茂輝幸は津島博行を愛している。さあ、お前も、津島博行は折茂輝幸を愛している、と言ってみろ」

 僕はこれ以来、「タ○チ」が観れなくなった。

 折茂の「i love me」エピソード、ここまでは前菜である。いよいよメインディッシュを発表したいと思う。まだミクロのレベルで残っていた折茂への親しみもなくなり、僕が完全に折茂を見限る原因となったエピソードである。

「博行、元気がないな。どうした」

「ええ。昨日、うちの犬が往生しまして。火葬に出かけていたので、寝不足なんですよ」

 十四年間、兄妹同然に過ごしたうちの犬が、とうとう息を引き取った。もっと一緒に散歩に行って遊んでやっていればよかったとは思うが、大きな悲しみはなかった。ラブラドール・レトリバーの平均寿命を超えており、天寿を全うしての死であった。

 その、うちの犬に対して、折茂が「犬は死んだらモノだ」などと発言し、僕がくだらない飲み会の誘いを断ったことを責めてきたことは、すでに紹介した。折茂もおそらくこの件に関しては自身の失言を認め、それ以上しつこく誘ってくることはなくなった。普通なら、この件に関してはもうコメントを控えるか、失言を帳消しにするため、「残念だったな」とか、「思い出の中で生き続けるよ」など、僕と犬の絆を礼賛するような言葉をかけるところであろう。

 しかし、自己愛性人格障害という精神の病を抱える折茂は違っていた。

「博行。さっきの仮眠中、お前のうちの犬が俺の夢に出てきてな。俺になにか、訴えかけるような視線を向けていたんだ。あれは俺に、お前のことを託すと言っていたのかなあ」

 こともあろうに折茂は、このような妄言を吐き、死者までもを自分の目的に利用しようとしたのである。なんで馬鹿正直に犬が死んだことなどを教えてしまったのかと、後悔が募る。折茂がここまで狂っているとは思わなかったのである。

 折茂としてはおそらく、さっきの言葉で、自分の失言が帳消しになったつもりだったのだろう。そのうえで、僕を自分に心酔させる、一石二鳥の手段だとでも思っていたに違いない。

 折茂が見ているのは、自分自身だけ。素晴らしい自分以外のすべての生物を見下しており、本人が口にしているように「モノ」としか見ていない。利用価値がないとわかったら、僕の前任の阿川や、戸叶のように、徹底的に攻撃し、排除しようとする。それが、「正義感溢れる、漢の中の漢」を気取るこの男の正体である。

「どうしようかな。俺、お前の家に挨拶に行った方がいいのかな。やっぱりお前を故郷に迎えるには、お前の家に挨拶に行った方がいいよな」

「いや、いいですよ・・・。折茂さんの故郷には、行かないですから・・」

「・・・・・だったら、俺はお前を誰に託したらいいんだ」

「いや、託すもなにも、僕は実家で特に不自由なく生活できていますから・・・」

「・・・・」

 この一件により、伊勢佐木屋警備隊の保安室は、当時の僕にとって、この世でもっとも不快な場所に変わった。もはや僕の頭には、一か月後にまで迫った退職のことしかなくなったのである。

 ☆        ☆          ☆            

「津島。お前は折茂を避けているようだが、それでいいのか?」

 十一月のシフトが組まれる少し前に、塩村が深刻な顔で僕に尋ねてきた。記憶がはっきりしないのだが、十一月のシフトは折茂ではなく塩村が決めたものであったような覚えもある。もしそうなら、折茂は僕と一緒に勤務に入りたいからなどという理由で、他の人が考えてくれたシフトにケチをつけようとしていたことになる。公私混同である。

「まあ・・・はい」

「そうか。それがお前の考えなら、仕方がないな」

 塩村はかねがね、友人が一人もいない僕を心配していた。最初は自分が友人になれればと、遊びや飲みに誘ってくれていたのだが、折茂が僕を信者にしようと必死になり始めたころからは、自分は一歩引き、折茂と僕をくっつけようと尽力していた。

 底なしの善人である塩村には、折茂の異常性をすべては見抜けなかったわけだが、残り期間も短いこの段階で、今なお僕が折茂を拒絶していることがわかると、もうそれ以上、折茂と仲良くしろとは言ってこなくなった。代わりに、今度こそ自分が僕の友人になってやろう・・・いや、僕の友人になりたいと、アプローチをしてくれるようになった。

「なあ、もう少しだけ一緒にやろうぜ。俺はお前と一緒に仕事がしたいんだよ」

 実は、伊勢佐木屋の閉店に伴う残務処理が思った以上に時間がかかるということで、南洋警備保障との契約期間も二か月延長して二月までやることになっていた。当然、会社側としては僕に残ってやらせるつもりだったのだが、僕はそれを断り、意地でも十二月で辞めると言ってしまっていた。このあたり、当時の僕がなぜここまで依怙地になっていたのかはわからないが、たぶん、嫌な思いばかりした伊勢佐木屋から一刻もはやく離れたかったのだろうと思う。十一月で折茂がいなくなっても、折茂との思い出はなくならないのである。

「博行。お前は俺と仕事ができないなら意味がないから、十二月で辞めるんだな」

 もはや「残気」に触れることも嫌だと思われているとは露も知らない折茂の言葉であるが、もはやこの段階になれば、笑って受け流すだけである。

 そして、その折茂との最後の勤務の日がやってきた。僕がB、折茂がCの日であったのだが、折茂は保安室に入ってきた瞬間、涙を流し始めた。

「博行、俺はお前と最後の日を・・・」

 ここで、僕の様子に折茂が不信感を抱く。

「博行。お前はどうして泣いてないんだ?」

 折茂は、僕が涙を流していないことをもって、己に共感していないと疑い始めたのである。天才的な頭脳を持ち、誰よりも洞察力に優れていると豪語するわりに、目に見えるものだけですべてを判断してしまうのがこの男である。もっとも、本当に僕の心を読んでしまったら、それこそ彼にとっては発狂ものだろうが・・・。

「いえ、最後ぐらいは笑って別れようと思いまして・・・僕も寂しいんですよ」

 このぐらいの嘘は、もうお手のものである。折茂がやりたいのは、「僕を一人前の男にしてやる」であったようだが、実際に僕が折茂と一緒にいることで磨けたのは、嘘をつく能力だけだった。

「博行。俺はお前とずっと一緒に・・・」

「いや、今日はもう帰ります。お疲れ様でした」

 最後に朝食をとり、自宅に行こうという折茂の誘いを振り切って、折茂とはそこで別れた。それきり、彼とはもう会っていない。

 折茂がいなくなった十二月は、実に平和であった。伊勢佐木屋はすでに営業を停止しており、テナントも商品を引き上げた後であったから、巡回や受付の負担もほとんどなく、給料をもらって暇つぶしをしているだけのような日々が続いていた。

 鳥居や塩村も気が抜けて、勤務中はただゲームをやったり本を読んでいるだけで、実に快適な毎日であった。折茂は別の現場に行ってからも伊勢佐木屋にちょくちょく顔を出すと言っており、僕もそれを危惧していたのだが、結局折茂が来ることはただの一度もなかった。

 こうなってくると、早まって十二月に辞めると言ってしまったのを後悔したものだが、すでに会社側は次の人探しを始めており、また僕の方も、折茂の「残気」に触れるのも嫌だったから、最初に宣言した通り、十二月いっぱいを持って退職する予定は変更しなかった。
「どうも、お世話になりました」
 色々とあったが、大きなミスもした僕を十か月も使い続けてくれた南洋警備保障には、やはり感謝の気持ちも忘れてはならないだろう。ここでの嫌な思い出は殆どが折茂によってもたらされたものであり、会社が提供してくれた労働環境自体は良いと思えるものだったのだ。

「しょうもねえ仕事だったけどよ、お前と一緒にやれたのは楽しかったよ」

 僕と友人になろうとしてくれた塩村とは、南洋警備保障を退職したあと、一度だけ会っていた。伊勢佐木屋で残務処理のため残っていた塩村のところに、差し入れをもって遊びに行ったのである。
 退職後、僕はまず自動車の運転免許取得に動き、同時進行で禁煙に取り組んでいた。塩村と会ったのはその時期のことである。

 ちなみに、同じころ、折茂からの電話もあった。二度コールがあったのを二度とも無視したのだが、それきり彼からは、電話もかかってこなくなった。彼は僕の自宅の住所も知っており、もしかしたら、自宅まで来るのではないかという恐怖もあったのだがそれもなく、折茂との交流はここで完全に途絶えた形である。

 読者にとっては、案外あっさり終わってしまったと、期待を裏切る結果だったかもしれないが、折茂の方もいざ僕と離れてみて、憑き物が落ちたということかもしれない。変に話を盛ってしまっては私小説ではなくなってしまうし、折茂本人の名誉にもかかわる。今後の人生で彼と関わる可能性もないとはいえないが、ひとまず、彼との関係はここで終わっている。

 免許取得と禁煙を無事達成すると、宿願であった裏社会への進出を目論み、インターネットでサイトを立ち上げようとしたのだが、当時、知識も行動力もなかった僕は、自分でホームページひとつ作り上げることすらできなかった。そんな無能が裏社会でやっていけるはずもなく、中途半端にうまくいかなくてよかったと思う。

 気分だけでもアウトローになろうと、スタンガンや催涙スプレーなどの防犯グッズを購入し、仕事を確実にこなすため、ADHDの唯一の特効薬であるリタリンを買ったりもし、トバシの携帯まで入手していたのだが、そんなくだらないものを買っているうちに、せっかく貯めたお金はどんどんなくなっていった。そのうち、もし逮捕されたら、実家でぬくぬくと暮らせるこの生活もなくなってしまうという当たり前のことに気が付き、裏社会でやっていこうという気概はなくなっていった。文に起こすと、改めて当時の自分のバカぶりがわかる。

 退職から四か月ほどが経って、貯金が底をつき、そろそろバイトを探さなければいけないとなったころ、塩村から遊びの誘いがあった。すっかり意気消沈していた僕はこの誘いを、断るどころか無視してしまった。ひょっとしたら折茂も来るかもしれないという恐怖もあったので、無視したのは仕方ない部分もあるとは思っているが、それきり、塩村との交流も途絶えてしまったのは悲しいところである。

 自己愛を満たすためだけに僕に接近し、僕を「信者」にしようとし、「お前とずっと一緒にいてやる」などと傲慢極まりないスタンスであった折茂と違い、塩村は僕と対等の友人になろうとし、「友人になってくれ」というスタンスで接してくれた。あの職場に折茂さえいなければ、彼とは今でも続く友人になれていたかもしれない。結局、塩村と別れて以後も、僕には本当の友人はひとりもできず、そのうち友人がほしいという願望もどんどん薄くなってしてしまった。

 僕も、本質的には折茂と同じ人間なのである。「対等の友人」よりも、「支持者」が欲しい。そのために始めたのが小説だ。自分の作品をお金を出して買ってくれ、評価してくれる人が欲しい。今、僕はそのために人生のすべてをかけて活動している。折茂が僕を信者にしようとしていたのとは、比べものにならないくらいの執念で、である。

 ともあれ、南洋警備保障で出会った人々との交流はここで終わった。あとは、この半年後、貯金が尽きた僕が別の警備会社に入ったときに、合同警備で南洋警備保障の管制と顔を合わせたのと、一年後に、バックれた立義と公園で再会したくらいか。

 この時代の僕の思い出は、折茂に始まり折茂に終わるといっていい。彼は、良くも悪くもではなく、すべて悪い意味で僕に影響を与えた人物であった。彼は僕に、社会に対する恐怖を与え、自分に対する自信を必要以上に奪い去った、害悪のような存在であった。

 折茂がその後どういう人生を送ったかについては、少し興味はある。北朝鮮と同じで、直接かかわるのは嫌だが、限りなく第三者的な視線で眺めてみるのは面白そうである。

 折茂がもっとも充実した人生を送るとしたら、ヤクザになることだろう。国が決めた法律や社会の風潮よりも、小さな組織の中での約束事や、組織のなかでの人間関係を大事に生きる折茂の価値観は、まさしくヤクザのそれである。押しの強い性格で、気性が激しいところもぴったりだ。社会にとっては迷惑な話だが、ヤクザになれば折茂の人生はハッピーに違いない。

 もしくは、新興宗教団体の教祖にでもなることか。自己愛に枯渇し、人望を求める当時の折茂を振り返ると、僕には、かの日本史上最悪の犯罪者と言われる、あのオウム真理教の教祖、麻原彰晃がダブってならない。麻原も、己のかつての信者から、自己愛性人格障害の疑いがあると言われていた。麻原と折茂は似ているが、折茂は麻原の域にも達していない。

 結果的には間違った道を進んでしまったが、若い頃の麻原彰晃は、人望を得るため、ヨガの修行や宗教の勉強に明け暮れていた。努力はしていたのである。多数の人間を洗脳し、折茂のように一人の人間をいじめるのではなく、国家に喧嘩を売った。犯罪史の枠に収まりきらない日本史級の人物であり、折茂とはスケールがまったく違う。

 折茂も人望を獲得するため、努力はしていた。しかしそれは、安易な努力であった。勉強や修行をして自分自身を磨くことはせず、空っぽのままの自分を崇拝させようと、僕という個人に執着し、洗脳を試みていた。折茂は口では大層なことを言いながら、本当の努力を惜しみ、安易な努力に逃げ込んでいたのである。

 そして、僕もまた、折茂に似た人間である。いや、はっきりいって僕は、自我の強さという点で折茂を遥かに凌駕している。自己愛だって折茂以上かもしれない。ただ僕は、「今の何もない、空っぽの自分を愛する気持ちが起きない」という点で折茂とは異なっている。それゆえ、何とか社会的な成功を掴もうと――個人ではなく不特定多数の人に自分自身の考えを訴えかけようと――いずれは文筆家として書店に本を並べようと、活動をしている。その点において――まだ成果は十分ではないが―――当時の折茂よりは、進歩していると信じている。

 繰り返し言うが、僕は折茂と同じ側の人間であり、自我の強さという点では折茂以上である。その自我が強い僕を洗脳によって信者にできると思った――今の僕にとっては、それこそがもっとも許しがたいことなのである。折茂から受けたパワハラ、セクハラといった行為は些末な問題にすぎず、そもそも彼が僕を舐め腐っていたことが、もっとも腹立たしい問題なのである。

 とはいえ、それは自我を確立し、はっきりと自分の道を定めた現在の考えである。当時の僕はまだ確かにいかようにでもなった部分はあり、折茂みたいな自己愛性人格障害者につけ込まれる余地もあった。

 この時点でいい出会いがあれば、僕には十分、この社会に大きな疑いを持たずに溶け込める可能性があった。しかし、二十代前半の僕が出会ったのは、折茂のような人格障害者であり、また、この一年と数か月後に入学する専門学校で出会ったクソ女と、それを取り巻く「偽善者ども」であった。

 折茂に洗脳されそうになったこと。そして、「偽善者ども」に丸め込まれそうになったこと。それらに屈服しなかったことにより、僕の自我は、踏まれるほど強くなる麦の如く強靭になってしまった。

 その自我には、おそらく、現在の社会では悪とされる価値観も多分に含まれているだろう。しかし、僕はそれを捨てる気はない。僕の自我は、二度と折茂のようなヤツに洗脳されないため、偽善者どもに丸め込まれないために身に着けた、大切なものだ。自我を捨てた瞬間、僕は死ぬことになる。誰になんと言われようとも、僕は自我を捨てる気はない。

 僕が社会と完全に折り合いをつけることは不可能である。もはや小説を書いてそれで金を稼ぎ、自分の世界の中だけで生きるほかはないと考え、今こうして執筆活動に取り組んでいる次第である。

 色々あったが、今現在、折茂には恨みはない。僕が彼から受けたのは、まぎれもなく被害といえるものであり、当時彼を訴えていれば勝ったとも思うが、今現在、恨みはない。 

 当時の折茂はまだ二十五歳であり、僕が二十五歳のときは、途中で述べた向精神薬依存のニート暮らしをしていたことを思えば、若さゆえ道を誤る事に関しては寛容にみなければならないという気持ちもある。

 だが、もっとも大きな理由はそれではなく、彼が底辺のフリーアルバイターであったことである。上がり目のない底辺で、一生このままかもしれないという絶望の青春を知る人間として、僕は彼に受けた被害を大幅に割り引いて見てしまうのである。

 復讐心というのは、被害の多寡にかかわらず、社会の中で自分より上位にいる人間に向けるべきものだと思う。それが僕の美学である。

 折茂に恨みはない。復讐したいとかは思わない。不幸な人生を歩んでほしいとも思わない。だからせめて、僕の小説のネタとなって、活字の上でその若き日の過ちを衆目に晒し、僕に社会的な成功をもたらすことにより、償いを果たしてほしい。この言葉をもって、折茂との、真の意味での決別としたい。
 
 愛獣 完
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完成版私小説 愛獣 6



 折茂の家で一晩を過ごしてからというもの、折茂は僕にますます優しくなった。しかし、僕にとっての安息が訪れたわけではなかった。

「博行、おいで」

 汗臭い胸の中に、僕を抱きしめてくる折茂。鍵紛失事件からの復帰初日、僕を抱きしめた際、僕が安堵の涙を流したことに味をしめた折茂は、そうすることで僕が喜ぶと思い込み、毎日のようにハグをしてくるようになった。

 僕としては、あれはただ、折茂が怒っていなかったことに安堵しただけであり、折茂に抱かれたのが嬉しいわけではなかったのだが、物事をすべて自分の都合のいいように解釈する折茂は、まったくの勘違いをしていたのである。パワハラが止んで始まったのは、セクハラだったのだ。

「いやっ、ちょ・・・」

「博行、照れるな」

 抵抗して腕を突っ張る僕の意思をよそに、折茂は強引に僕を抱きしめてくる。

「博行、お前も俺の背中に手をまわして来い」

「いや、あの・・・・ほんとすいません」

「・・・まだ、自分の気持ちに素直になれないか。だが俺は諦めない。お前の殻を、必ず破ってやるからな」

 こんなやり取りが、毎日のように繰り返されていたのである。

「・・あ、あの、折茂さん。男同士で抱き合うのは、プロ野球でホームランを打ったときとか、僕らで言ったら復帰初日のあのときとか、特別に感極まったときにやるのは、まあいいと思うんですけど、何でもないときにやるのはおかしいですよ・・・」

 一度はっきりと言ってやったこともあったのだが、折茂はきょとんとした顔で、

「何を言っている。愛し合う二人が抱き合うのは、普通のことだろう」

 などと、まるきりズレた解答をしてくるのである。

 こちらがいくら否定しても、頑なな折茂は、僕がゲイであると信じて疑わない。その第一の理由は、何度も書いてきたが、僕の挙動不審なリアクションを、僕の折茂への恐怖ではなく、恋心により出たものであるということにするためである。

 もう一ついえば、一度僕をゲイということにし、自分もまたゲイになったと周囲に表明してしまった手前、引くに引けなくなってしまったということもあったかもしれない。今さらゲイ路線をやめれば、折茂はノーマルな人間のことを勝手にゲイだと思い込んだ、大馬鹿者ということになってしまうからだ。いずれにしても、すべて彼の都合であって、僕にはただ迷惑なだけだった。

 とはいえ、この時点で――形としては歪んでいるが――折茂が僕を、完全に味方と見做したことは事実であった。しかし、折茂が丸くなったわけではない。折茂という男は、「常にトラブルを抱えていなければ気が済まない男」である。年がら年中同じ仕事ばかりをしている警備員の仕事で、自分の有能ぶりをアピールするためには、誰かと意図的に敵対関係を作り、戦いを繰り広げるしかないのだ。

 僕との問題がすべて解決したと思いこんでいる折茂が次に牙を向けたのは、日勤隊の隊長、戸叶であった。

「戸叶のバカが、いつもこの現場を引っ掻き回す。あいつは警備隊のガンだ。あいつからみんなを守るためなら、俺は徹底的に戦うぞ」

 折茂にとっては、僕を怒鳴っているよりも、名目上、自分より上の立場である戸叶に敵対することの方が、「弱い者を守り、強い者に刃向う俺カッコいい!」と、自己陶酔する上では都合がよかっただろう。しかし、実際には、会社中の嫌われ者である戸叶が折茂よりも強い立場にあったとは言い難く、折茂が喧伝しているような、巨悪に立ち向かうという構図と言えたかどうかは甚だ疑問である。
 
 口では立派なことを言いながら、結局折茂は、自分が百パーセント勝てる相手を選んで敵対しているのだ。それはそれで構わないが、だったら男を売りにするような言動もやめろといいたい。そういう安っぽい虚勢の数々が、彼をますます小さく見せていることに、折茂は気づいていなかった。
 
 とはいえ、折茂がまったくおかしなことを言っていたわけでも、戸叶に対して完全な言いがかりをつけていたわけでもない。戸叶は戸叶で、確かに問題はあった。

「十八時の施錠巡回なんか取ってきやがって・・。あいつ一人でやるならいいけど、湊さんたちまでそれをやらなきゃいけないんだからな。伊勢佐木屋の警務の人たちの仕事を奪ったせいで、変な波風が立ってしまったしな」

 戸叶のやっていることは、いわゆる「無能な働き者」がすることである。自分が仕事が大好きで、自分の頑張りを人にアピールしたいからといって余計な仕事をすれば、「あいつがやってるんだからお前もやれ」といって同じことをやらされる仲間が迷惑してしまう。みんながみんな、自分と同じくらいのモチベーションで働いていると思ったら大間違いだ。仕事が増えれば給料も増えるならともかく、見返りがないのに負担が増えるのを喜ぶ人などそういない。戸叶は集団の和を乱しているのだ。

 もっとも、戸叶の場合は働き者とか、仕事が好きというわけではなく、伊勢佐木屋警備隊に配属される以前にまで遡る過去の失敗を挽回しようとして、空回りを続けている、と言った方が正しいようだが。

 リーダーという立場は、基本的には、組織の中でもっとも優れた人が務めるべきである。そして、責任ある立場なのだから、会社はそれに見合った報酬を与えるべきである。普通の会社ではそうなっているだろう。

 しかし、警備員の仕事では、現場の隊長になったところで、賃金が増えるとか優遇されるとかいうことはない。でも、客から見れば、隊長というからにはそれなりの立場だと思われるから、何かあったときにはコイツに言ってやろうということになる。

 まったくもって、責任と条件が釣り合っていない立場。つまり警備員の仕事では、能力のある人ほど隊長などやりたがらないということになってしまうのである。

 警備会社も、現場の管理、運営を円滑に行いたいなら、賃金を上げるなり条件を整えて、隊長の立場にもっと魅力をもたせるべきだろう。今のやり方では、隊長などやりたがるのは、「金などもらえなくていいから、とにかく周りに偉そうにしたい。何でもいいから肩書きが欲しい」という人だけになってしまう。

 「そういう人間」に現場を任せれば、「こういうこと」になるのである。

  ☆         ☆        ☆        

 折茂によるパワハラは止まったが、代わりに始まったのはセクハラであった。すべての歯車の噛み合わせが狂っている僕と折茂は、どういう形であれ友好関係にはなれない運命にあったのである。それならそれで、お互いに距離を置いて付き合っていれば大きな問題は起こらずに済んだはずだが、僕を「信者」にしようとする折茂は、噛み合わない歯車を空回りさせ、無理やりにでも距離を縮めようとしてくる。その結果僕に与えられたのは、激しい苦痛だけであった。

 この状況で何が一番苦痛かといえば、折茂に抗議する手段がまったくなかったことだろう。自分がすべて正しく、僕のことは「外の世界を知らない赤子」のように見ている折茂は、僕の言うことにはまったく耳を傾けてくれない。

 他人の口を通じて苦痛を訴えることもできない。折茂は僕との相性が致命的に悪いだけで、他の仲間たちとは概ね良好な関係を築いており、仕事面での評価は高い。折茂の変なところに気が付いているのは塩村くらいで、その塩村にしても、「異常」とまでは認識しておらず、むしろ僕と折茂の仲を深めようと積極的に動いてくるぐらいだったから、相談などできるような雰囲気ではなかった。
 
 まだ、「鍵紛失事件」から日も浅い状況である。あのとき折茂は、僕を叱ったりはせず、優しく迎え入れるというパフォーマンスを、大々的にやってのけた。ここで折茂のことを悪く言おうものなら、僕の方が逆に「恩知らず」のような扱いを受けかねない空気だったのである。

 だったらだったで、すべてを諦めて逃げ出せばよかったと思うかもしれないが、それも難しい状況だった。

 繰り返しになるが、当時の僕は、ここで仕事を辞めるのは「逃げ」「根性なし」だと考えていた。ここで辞めたら、この先どこに勤めても、何をやっても通用しないと信じていた。そう考えさせられていたことこそ、折茂に洗脳されていた証拠だが、世の中には意外と、このときの僕と同じような考えに囚われ、ブラック企業から逃げ出せなくなっている若者は多いという話しを聞く。「たとえブラック企業に入ってしまっても、三年は勤めろ」なんて言葉も、インターネットの掲示板では飛び交っている。折茂だけが特別なことを言っているわけではないのだ。

 結局おかしいのは、終身雇用、年功賃金の日本型の雇用はとっくに崩壊しているのに、一つの会社に長く勤めないといけない、という精神だけが、なんの根拠もなく生き残ってしまっていることだろう。長く勤めても給料なんか上がったりしない会社が、人の流出を食い止めようとしたら、それは「逃げたら根性なし」「どこいっても通用しない」と、精神論を垂れ流すしかない。向こうが簡単に労働者のクビを切るのに、こっちが「逃げ」「裏切り」「恩知らず」などと思って、辞めることに引け目を感じる必要などまったくないのだが、そう思えない律儀な若者が大勢いるのだ。

 非正規の仕事から、気軽に辞めて、気楽に勤められるメリットがなくなったら、それはもう奴隷でしかない。ストレスなく現代社会を生きるためには馬鹿な精神論に囚われてはいけないが、当時の僕は洗脳されていた。

 また、折茂個人に対する恐怖の気持ちもあった。折茂にはすでに、自宅の住所を知られている。彼の性格を考えると、下手に辞めようとすれば、過激な手段に出てくるのではないかという恐れがあったのだ。

 日々のストレスの中、僕は次第に現実逃避に走り始めた。具体的には、アンダーグラウンドの世界で成功することを夢想し始めたのである。阿呆な話だが当時は本気で、ネットや書籍で色々研究までしていた。

 普通、現在生業にしている仕事とは別の手段でお金を稼ぐことを考え、将来に向けて具体的な努力をしている場合、それを現実逃避とはいわない。ちゃんとした「夢」や「目標」というものであり、二十代、三十代で心身ともに健康な人は、絶対にそれを持っているべきだろう。だが、当時の僕が考えていたのは、ただの現実逃避だった。

 僕がアンダーグラウンドの世界に入ることは、絶対にありえないからである。リスクの高い仕事で生きていこうと考えるのは、これ以上失うものがない人か、絶対的な自信がある人だけである。その点僕は、帰るべき家がちゃんとあり、表の仕事、それも暇な警備員すらまともに勤まらない能無しである。裏稼業に手を染める理由がないし、染めたところで、ずるがしこいヤツにいいように使われてお縄になるのが関の山だったろう。

 しかし、当時まだ小説を書き始めていなかった僕には、今より多くの収入が得られる可能性があり、「なんとなくカッコいい」生き方をするには、ワルになるしか考えられなかった。

 それに・・・・。自分の嫉妬深さ、執念深さなど様々な性格的欠陥を自覚し、すでに心の中はどす黒いもので埋め尽くされ、社会への不信感も徐々に募らせていた当時の僕は、いずれまともな社会に自分の居場所はなくなると思っていた。いつかは社会と決別し、「自分だけの世界」で生きていかねばと考えていた。その手段に、小説を書くことを思いつくのは、もう少し先の話である。

  ☆        ☆          ☆   

 折茂は理不尽に怒ったり説教することがなくなっただけで、けしてまともになったわけではなかった。むしろ、同性愛を仄めかすようなことを言って来たり、突然身体を触られるようなことがあったこの時期以後の方が異常であったろう。

 しかし、鍵紛失事件の直後に比べれば、単純に時が経った分、僕の気分自体は回復していた。笑顔を見せることもできていた。だから傍目には、僕は元気になり、性格が明るくなったように見えていただろう。そうなれば、物事をすべて自分の都合のいいように解釈する折茂が、黙っているはずがない。

「津島が元気になったって?当然ですよ、俺が家に呼んでやったんだもん」

 そもそも僕が元気に仕事ができなかった原因は折茂その人だったわけだが、当の本人は、己のかつてのパワハラを隠ぺいするかのように、会社の人たちに対して己の功績をアピールしていた。平和な土地に踏み入って、散々に民から略奪を繰り返してきた侵略軍が、土地を征服した途端に「解放軍」を名乗るようなものである。勝手にしてくれという話だが、折茂の家での件で彼がついた嘘はこれだけではなかった。

「寝ているとき、博行が俺の布団の中に潜り込んできたりして、大変だったんですよ。職場では、座っているとき膝の上に乗ってきたりしますしね」

 己の想いが僕にまったく受け入れられていないと周囲に思われるのが嫌で、折茂はありもしない、するわけもない話をでっち上げることまでしていたのである。彼にとっては、津島がはやくホモにならないと、津島ホモ説を唱え、自らもまたホモの道に入った俺の顔が潰れる、といった焦りがあったのであったろうが、そんなのは彼の都合であり、僕からすればたまったものではない。

 ある日、塩村がA、僕がB,折茂がC勤務のとき、塩村が戯れに、一枚だけ敷いた布団の上に枕を二個置いたことがあった。BとCは同時に仮眠に入る。僕と折茂に一つの布団で一緒に寝ろというジョークであったのだが、そのとき僕が、

「こんな人が不快な気持ちになるだけのイタズラはやめてほしいですよね」

 と口走ると、折茂の方は急に真顔になり、

「俺はお前の言葉に不快になったよ。俺と仲良くするのが嫌だっていうのか」

 などと怒り出したことがあった。一つの布団で一緒に寝るのと、ただ仲良くするのはまったく次元の違う話だと思うのだが、折茂の感覚はまた違うらしかった。

 パワハラ路線にしろセクハラ路線にしろ、折茂が困った人であるには変わりなかったが、先輩としていいところもまったくなかったわけではなかった。翌日が明けであった場合、勤務終了後に朝食を奢ってくれたことである。

 他人に偉そうにする人は折茂だけではないだろうが、口ばかりでなく、こういう気遣いができるなら、「まあ、アリ」かなとも思う。食事までいかなくてもいい、缶ジュース一本でもいいから奢ってくれるだけで大分ちがう。「ちょっとこの人のために頑張ってやるか」と思える。それすらしないで、人に説教をしたり、自慢話を延々聞かせたりするようヤツは、もう糞でしかないだろう。「人として成長させてやった」「お金に変えられない充実感を与えてやった」など、わけのわからない言葉だけで人に忠誠や感謝を迫ってくるなら、それはもうカルト宗教の世界だ。

 食事の席では折茂のナルシストトークを聞かされるはめにはなるのだが、それには適当に相槌を打っているだけでいい。行先はファストフードか喫茶店くらいだったが、タダで食う飯はなんでもうまかった。鍵紛失事件から一か月ほどが経った日にも飯に付き合ったのだが、その日はナルシストトークのあとに、こんな誘いを受けた。

「博行。こんど、二人で富士山に登らないか」

 折茂と二泊三日の予定で静岡に行き、日本最高峰の山に挑もうというのである。彼は登山のベテランで、富士山以外にも国内の多くの山を制覇しているらしく、僕にもその楽しさを味あわせたいとのことだった。

「ええ・・・いいですね。是非いきたいです」

 僕もアウトドアは好きである。かといって、是非というほど富士山に興味があるわけではなかったが、鍵紛失事件以後、折茂からのあらゆるプライベートの誘いを断ってきたという経緯があり、そろそろ逃げ続けるのも限界という気はしていた。ダーツバーに行くとか、折茂の友人と一緒に遊ぶとかいった誘いよりはまだ楽しそうであるとの、いわば消去法的な承諾の仕方であった。

「よし、わかった。絶対に連れて行ってやるからな」

 これで俄然やる気を出した折茂は、来るその日に向けて、僕との絆を固めるべく邁進していく。自分だけではなく僕の仮眠時間も削ってナルシストトークを繰り広げるのは当たり前となり、いつの間にか、怒鳴ったり、説教したりといったことも再開された。

 矛盾しているようだが、体育会系的な価値観の信奉者である折茂にとっては、怒鳴ること、説教することは、「僕との絆を深めるため、是非やるべきこと」の一つらしかった。今さらやり方を変えたら、過去の自分を否定することにもなり、それも躊躇われたのであろう。以前のように敵意を剥きだしにする感じではなく、説教のあとには優しくフォローもしてくれたのだが、怒鳴られ、説教されて人が成長するということがどうしても信じられない僕には、苦痛の度合いは大して変わらなかった。

 ☆       ☆         ☆       

 撤退の日が近づく伊勢佐木屋警備隊に、またひとつ事件が起きた。日勤隊の立義が、突如何の連絡もなく、会社を去ってしまったのである。

「いったい何があったんですか?」

「さあな。まあ、あいつは戸叶に目の敵にされて色々嫌がらせをされていたから、積もり積もったものが爆発したって感じじゃないか」

 そう語るのは塩村である。確かに立義と戸叶とは折り合いが悪く、先日も、内線をガチャ切りされたとかされないとかで喧嘩をしていた話しを聞いていた。そんなことぐらいで揉めるというのは、これまで何度となくトラブルを重ねてきたという証拠である。

 トラブルのことに関しては、僕が実際にこの目で見たわけではないからはっきりとしたことはいえないが、ひとつ酷いなと思ったことはある。戸叶率いる日勤隊のメインは本館と事務館での受付業務であり、受付は常に立った状態での対応になるのだが、この立ちっぱなし受付をいつまでたっても改めなかったことである。

 椅子がないわけではないのにずっと立ちっぱなしなのは、客の目を意識してのことである。そんなに気にする人もいないと思うのだが、確かに、立って受付をしていた方が、なんとなく「頑張ってる」ふうに見えるというのはわかる。

 しかし、ここで考えるべきは、立義がバックれた時点でもう八月であり、伊勢佐木屋警備隊は、あと二か月で撤退するという事実である。もうすぐお別れすることが決まっているお客に、そんな無駄に頑張っているところを見せたって、どうしようもないではないか。

 戸叶や折茂にそう突っ込めば、「あと数か月だろうが最後まで全力でやり抜くのが警備員として云々・・・」などと説教が飛んでくるに違いないが、それはあまりにも了見が狭い考えではないか。みんなが楽をする方法を考えるのが、リーダーの役割ではないのか。

 夏の暑い最中、通気性の悪い制帽を被りっぱなしで、冷房も利かないところで一日中立ちっぱなしの日勤隊は、日の落ちた夜から仕事をはじめ、ゆっくり座ることもできる夜勤隊よりも仕事はキツかっただろう。それで給料は夜勤より低いのだからたまったものではない。夜勤隊でミスばかりをしている僕は、立義や湊の辛そうな姿を見ると、申し訳ない気持ちになったものだった。

 ひょうきんな性格の立義は、よく馬鹿話などして、折茂に追い詰められていた僕を和ませてくれた存在であり、僕は彼に好感を抱いていた。折茂はそれが面白くなかったのか、立義にはよく、ぐちぐちと細かいことを言っていた。

「立義くん、もっとはやくこようね~」

 日勤隊は戸叶も湊も出勤が早く、いつも上番時刻の二十分前にはいるのだが、立義だけは上番時刻ギリギリの時間に来る。出勤する時間などは本人の勝手であり、早く来るのが偉いわけでもなんでもないのに、折茂は立義に、もっとはやく出勤しろなどと言っていたのだ。自分はいつもギリギリに来るのに、である。

 ちなみに、立義は当時の折茂より一回りも年上の三十五歳であった。年は下でも会社に入ったのは折茂が先だから、百歩譲ってタメ口はいいとしても、「くん」付けはどうかと思う。「年上に舐めた言葉遣いをする俺カッコいい!」という折茂の自己陶酔が透けてみえて、実に気持ちが悪い。立義は折茂に対しても、少なからぬ不満があった可能性がある。

「バックれた立義に根性がないのは事実だが、一番悪いのは戸叶だ。あいつには何とかして制裁を与えなくてはならない。策略を考えていかなければな」

 当時「クロサギ」という漫画に影響を受けたことで、策略に目覚めたと語っていた折茂の言葉である。天才詐欺師折茂の脳内でいかなる策略が練られていたのか、詐欺に遭う可能性はあっても人を欺く知能などない僕には想像の余地もないが、ライバルである戸叶が犯した失策を見て、折茂は本当に嬉しそうだった。

「立義は会社に金を借りたままバックれたそうだな・・。刑事告訴はするんだろうか」

 立義には同情的な僕だったが、これは批判しなくてはいけない。バックれは僕にも経験があり、舐めたことをしてくる会社であれば何も罪悪感を感じる必要はないと思っているが、借りパクはいけない。れっきとした犯罪である。

 ただ、その件に関しては、事実だったかどうかはわからない。というのも、伊勢佐木屋警備隊が撤退してから一年後、僕は旧伊勢佐木屋から歩いて二十分ほどのところにある公園で、立義と再会しているからである。特に南洋警備保障から訴えられたとかは言っていなかったから、実際には借りパクはなかったのかもしれない。

「おう。つっしー、久しぶり。茶でも飲みながらゆっくり話したいところだけど、あいにくそんな暇はないんだ。いま工場で働いてるんだけど、遅刻しちゃってさ・・・。やばいやばい、はやくいかなくちゃ」

 切迫した様子で自転車を漕ぐ立義は、相変わらずの生活を送っているようだった。

 これまで小説の中で登場させる機会も少なかったが、立義は伊勢佐木屋警備隊の中では好きな方で、もし飲む機会でもあったら今でも続く友達になっていたかもしれない存在だった。カツカツの底辺生活の中でも明るさを失わない彼に、幸あらんことを願う。

☆        ☆          ☆               

この時期における、他の警備隊メンバーとの関係であるが、まず塩村は、相変わらず職場では仲良くしてくれたが、僕をプライベートに遊びに誘ってくれることはなくなっていた。僕への親しみが薄れたわけではなく、どうも折茂に遠慮していたようである。

 彼は僕以外で、折茂の異常性に気が付いている唯一の人物であったが、残念なことに人が良すぎた。認識が甘かったのである。折茂を「病気」とまでは思っていない塩村は、僕が折茂のパワハラ、あるいはセクハラに本気で苦しんでいたことは理解してくれず、折茂が僕に抱き付いているときにヘラヘラと笑っていたり、ホモネタでからかったりしてきた。

「友達は何よりも大事だぞ」

 彼が何度も僕に説いてきた言葉である。自らの言葉通り、塩村は僕の友人になろうと、親しく接してくれた。その態度は、「ありのままの僕」を受け入れてくれるものであり、折茂のように、僕を闇の世界から無理やり引っ張り出そうとするものではなく、心地よく感じられた。彼と別の場所で出会っていたとしたら、今でも続くいい友人になれていたかもしれない。

 しかし、この職場には折茂がいた。折茂は、僕が折茂を差し置いて塩村と親しくなることにいい顔をしなかった。僕の気持ちを己に向けようと躍起になってしまった。おそらくそのことに気が付いた塩村は、年長の自分は身を引き、年齢の近い折茂と僕をくっ付けよう・・と考えたのだろう。

 彼はとんでもない思い違いをしていた。折茂の僕へのアプローチの仕方は、塩村とは対照的に暴力的なものであった。「ありのままの僕」を否定し、無理やりに自分の色で染めようとしてきた。僕がそれでいかに嫌な思いをしていたかを、塩村はわかってくれなかった。この点、彼もまた折茂と同じように、僕を大人しそうな見た目だけで、受け身で自分がない人間と勘違いしていたのかもしれない。

 友達は確かに大事かもしれない。だが、誰でもいいから友達になって欲しいと思うほど、当時の僕は孤独に苦しんでいたわけではない。そもそも、友達とは敢えて作ろうとするものではなく、自然に、何となく出来るものであり、逆にそうでなくては、その友情には大した価値はないのではないか。
 
 少し話がずれるが、日本という国では、友達や恋人ができないと嘆く若者に対してすら「お前の努力が足りないからだ」と、努力不足のせいにする論調がある。こんなのは狂っているとしかいえない。

 異性の恋人を作るには、一部の超美人やイケメン以外は確かにある程度自分で動く必要があるが、普通に学校や仕事に行っていて同性の友達が一人もできないのは、発達障害とかコミュニケーション関連の能力が著しく劣っているせいであり、それは本人の努力だけでは中々克服できないものだ。考えるのが面倒だからと、取りあえず努力不足のせいで片づけられてしまう日本独特の風潮のせいで、多くの若者が無用のプレッシャーに苦しめられている。

 次に鳥居であるが、この人こそ折茂信者であった。

「副隊長は凄い人です」

「俺がやっていけてるのは副隊長のお蔭だよ」

 と、常々折茂を讃える発言を見せていた。苦労が多い人生を送ってきた彼には、折茂のように「あなたを買っている、頼りにしている」とはっきり口に出し、必要とされたい欲求を満たしてくれる存在が有難かったのかもしれない。また、彼は隊長の戸叶には入社当時かなりイジメられていたようだから、その反動もあって、副隊長の折茂に靡いたのかもしれない。折茂も信者にしようと思うならこの人だろうという気がするのだが、「おじさんはイヤ」だったのだろうか。

 鳥居に嫌われている戸叶について変わったことは、とうとう子供が産まれ、人の親になったことだろう。四十という年齢でバツイチでもあったから、初めての経験ではなかったかもしれないが、ともかく、彼なりに責任感が芽生え、仕事に身が入るようにはなったようだ。

 日勤隊の勤務時間には、お腹周りがすっきりした奥さんが顔を見せたこともあったらしい。

「四十にして警備員の戸叶とできちゃった婚なんかして、あの女もどうかと思うな、俺は」

 折茂の苦言もわからなくはないが、まあ、男と女のことに口を出すのは野暮というものだろう。

 個人的には、底辺労働者だから結婚できないのではなく、底辺労働者だからこそ心の救いのために結婚するべきではないかと思うし、女性には経済力ではなく中身で男を見て欲しいとも思うから、戸叶の幸せは素直に祝福したいと思う。まあ、戸叶は俳優の堤真一似で、イケメンではあったから、結局は顔という、僕にとっては好ましくない話になってしまうかもしれないが・・・。

 最後に日勤隊の湊であるが、彼は相変わらず折茂に気に入られており、一見仲は良さそうに見えた。ただこの時期、折茂は湊に対し、
「あの人はみんなにいい顔をする。みんなで戸叶を追い詰めようと言ってるのに協力してくれないし・・・」
 このように不満の声を漏らしていた。

 確かに湊には八方美人的なところがあったように思える。誰に対しても愛想がいい人間は、ある意味信用できないところは確かにある。彼も本当は、折茂に心酔しているわけではなかったのかもしれない。だが、この件で折茂が湊に不満を抱くのは、明らかにお門違いだ。

 戸叶をどうにかしようと思うのなら、折茂が一対一で戸叶と対決すればいいだけの話。折茂が戸叶と同じ土俵に立てるだけの立場にないというならともかく、今は日勤隊と夜勤隊のそれぞれ頭という形で、ツートップ体制にあるのだ。何も遠慮することはなく、トップ会談に臨めばいい。

 面と向かって言い争う度胸がないならそれでもいい。だったらだったで、会社の上の人間を通して戸叶に要求をぶつければいい。折茂はそれすらしようとしない。

 結局折茂は、本気で戸叶と戦う気などはなかった。折茂がやりたかったのは、伊勢佐木屋警備隊に、己の「教団」を作り上げたかっただけであり、そのために戸叶を敵として仕立てあげていただけであった。共通の敵を作ることが、集団を一つにまとめるのにもっとも手っ取り早い手段であることは、先の戦争など、いくらでも例がある。

 折茂の過激な思想は、しかし戦後の平和教育を受けた警備隊の隊員には、完全には理解されない。伊勢佐木屋警備隊に「折茂真理教」を作れない折茂のストレスは、すべて一番弱い僕に向かうことになる。折茂と富士登山に行った後の話になるが、戸叶の件で、「大激怒、大説教二時間スペシャル・秋の陣」が開幕されることになるのである。

  ☆          ☆          ☆            

 悪夢の鍵紛失事件から一か月、いよいよ折茂との富士登山の日がやってきた。全三日間の行程で、初日は夜間にレンタカーを借りて折茂の家で前拍し、翌朝五時に横浜を出発。九時くらいに富士山に到着し、五合目から登山開始。下山予定は午後五時ごろで、それから横浜に帰ってレンタカーを返却。そのまま折茂の家に泊まり、翌日に解散・・という予定である。

「まず、必要なものを買い揃えないとな」

 登山には専用の装備が必要である。僕たちは仕事を終えると、その足で横浜の東急ハンズに足を運んだ。登山のベテランである折茂からは、何か色々と紹介された気がするのだが、結局購入したのは登山靴一個だったように記憶している。登山靴は雨水を通しにくい利点があり、普段の生活でも役に立つことはあるが、このとき買ったものは底に金属の滑り止めが付いていたため、アスファルトの上を歩くには向かず、残念ながら富士登山以後は靴箱の番人になってしまった。

 そして折茂の家に向かおうとしたところで、大変なことに気づいてしまった。

「すみません、折茂さん・・明日着る服を忘れてしまって・・」

 まさか、ジャケットにスラックス姿で山を登るわけにはいかない。

「いいよ。そしたら、お前のうちに、一緒にとりに行こう」

 「え!!」と大声で叫びそうになる。丁重に固辞したのだが、結局振りきることはできず、折茂はうちに来ることになってしまった。

「ぜひ、お前の部屋が見てみたいな」

「い、いや、それだけはご勘弁を・・・あまりにも散らかっているので・・・」

 ADHD――「片づけられない症候群」の僕の部屋は、生まれてこのかた、足の踏み場が見えていた時期の方が少ない。親にも何度となく注意されたのだが、こまめに部屋を清掃する習慣は、ついに成人になっても身に付かなかった。

 僕からすれば、「やらない」のではなく、「できない」のだが、これがなかなか親には理解されない。もちろん、百メートルを九秒台で走れとか、物理的に絶対無理なことを要求されているわけではないから、まったくできないわけではないのだが、「人と同じようには」できない。例えば、こまめに掃除をするのは無理でも、一年に一回、年末年始のときにはまとめて掃除するとか、妥協案を容認してもらえれば、お互いにストレスを感じず生活できるようになるのだが、この頃にはまだ、そうなっていなかった。

 喧嘩をしながらも、その親のお蔭で実家に住むことができ、生ゴミ関係の問題には煩わされず、ゴキブリが出ることはあまりなかったのは事実だが、この当時はタバコを吸っていたため、火災の危険性があり、大変な状況だった。そんな部屋に、他人を、しかも内心快く思っていない人間を部屋に上げるなど、冗談じゃなかった。再三再四頭を下げて、どうにか部屋に入ってくることだけは阻止し、リビングに押し込めることには成功した。

「この子が、お前んちの犬かい?」

「ええ。そうです」

 僕が物心ついたときから一緒に過ごしてきた兄妹同然の犬と、折茂が対面した瞬間である。この頃には足腰が大分弱って自力では立てなくなり、床ずれもでき始めてかなり苦しそうだった。

この対面の際には、折茂はうちの犬について特にコメントはしなかったのだが、もう少し経ってから決定的に最悪の言葉が吐かれることになり、それが僕の心が折茂から完全に離れるきっかけとなる。

 ちなみに―――余談になるが、ここまで犬の名前に触れていないことにも、ちゃんとした理由がある。伊勢佐木屋警備隊を去った後に入った専門学校で、僕の心を完膚無きまでに破壊した一人の女と、まったく同じ名前であったからである。僕の惚れた弱みにつけ込んで、僕を散々に罵倒し、自分の歪んだプライドを満たすためのサンドバッグとして利用してくれたあの女への恨みは筆舌に尽くしがたいが、名前が同じだったことはただの偶然であり、別にあの女が悪いわけではない。僕の運が悪かっただけである。大切な家族との思い出も、いつかは真っ黒に染まってしまうというのが、僕の人生ということだ。

「この”カリスマ”って本は、お前が読んでいるのかい?」

 人の家にある物が気になって仕方がない折茂は、今度はテーブルの上に置いてあった、読みかけの小説について尋ねてきた。

「え?ああ、まあ、そうですけど・・・」

「ふーん。お前、カリスマになりたいのか?」

「え?いや・・・・」

 本のタイトルを見て、読者がその通りの人間になりたいのだと思ってしまう発想はよくわからない。それは折茂のように、読書を純粋に娯楽目的でするのではなく、「流行りの○○って作家の本を読んでる私カッコいい!」みたいに、ファッションの一部として考える人特有の発想だろう。

「・・・本ばかり読むのもいいが、知識ばかりつけても、仕事の役には立たないからな」

 以前、折茂の家に行ったとき、クイズ番組で不正解を出したときの負け惜しみと同じようなことを、彼はまた言った。そういえば、いつぞや折茂は、「学歴と仕事は関係ないからな」ということも言っていた気がする。折茂に限らず、底辺のアルバイターにはこれをを言う人が結構多いのだが、これほど「井の中の蛙」を表す言葉もないと思う。

 確かに、知識の蓄積や感性を司る知能は言語性IQ、作業の効率化や注意力、整理能力などを司る知能は動作性IQといい、二つの知能の働きが違うとは言われている。よく「アイツは学歴は高いけど仕事はだめだ」などと言われる人は、言語性IQばかりが高くて、動作性IQが低いパターンである。そういう人は空気を読むといったことも苦手だから、せっかく語彙が豊富なのにコミュ障だともみられやすく、社会の中では苦労しやすい。だから、学歴(知識)と仕事(ソーシャル・スキル)が関係ないというのは間違いではない。

 だが、折茂のように読書や勉強、あるいは映画鑑賞によって得た知識や感性が仕事の役に立っているという実感が「まったくない」というのは、ようするに、底の浅い単純労働しかやらせてもらえないという証拠。それを屈辱と思う思考回路もないほど、底辺世界に無駄に適応しているだけの話ではないか。アメリカザリガニのごとく劣悪な環境にも平気で住めて、それを正当化さえしてしまえるこの適応力はある意味では強みかもしれないが、その視野の狭い考えを他人にまで押し付けてくるのは勘弁してもらいたいものである。

 ・・・などと偉そうに語る僕も、最終学歴は大学を経由していない専門学校卒である。僕の場合、これもADHDの特徴のひとつで、知的欲求自体は強いが、興味のあることしか勉強しないため、学校の成績は悪かったのだ。

 さらに読書関連で、この後、折茂の家に行った際、僕が逆に「隣人18号」なる漫画を見つけ、僕はこれの映画版を観たことがあると報告した際、折茂は、

「お前にはこういう作品は見て欲しくないな。悪影響がある」

 などと、真面目な顔をして言ってきた。隣人18号という作品はいじめられっ子がいじめっ子を残虐な方法で殺すという話なのだが、僕がそれを読んで、悪の道に目覚めないかと懸念しているのである。「もう遅い」ともいえるし、「余計なお世話」ともいえる。

 ☆          ☆           ☆           

  早朝、布団を出た僕たちは、昨日のうちに借りた車に乗り、一路、日本最高峰の山、富士山へと向かった。五合目までは車で登り、そこからいよいよ、登山道を自らの足で歩きだす。

「そういえば、聞いていなかったですが、途中、タバコを吸えるところはあるんですかね?」

 当時喫煙者であり、一日十五本は吸っていた僕にとって、途中に喫煙所があるかどうかは、切実な問題である。

「山小屋でなら、一応吸えるよ。だが、上に行くにつれて空気が薄くなって、自然と吸いたくなくなるから、心配しなくていいよ」

 折茂の説明を受け、とりあえず安心して登りだした。

「こんにちは」

 登山者同士の挨拶である。折茂はこれに、ちゃんとした意味があることを教えてくれた。
「山は常に危険と隣り合わせだからな。登山者同士でコミュニケーションを取って、違うパーティ同士でも助け合えるような雰囲気をつくることが大事なんだ」

 折茂の顔は嬉々としている。純粋に心から登山を楽しんでおり、僕にもその楽しさを味わってほしいという思いが伝わってくる。「カッコいい俺を見て欲しい!」という、彼特有の自己顕示欲は感じられない。こういうときの折茂と一緒にいるときは僕も楽しくなるし、本当の友達になれるのではないかという感じもしてくる。最初は憂鬱だったが、このときは、来てよかったな、と思ったものだ。

「大丈夫か?疲れてないか?」

「ええ、大丈夫です」

 当時、夜勤による不規則な生活と不摂生をしていた僕だったが、何しろまだ二十一歳と若い。登山のベテランである折茂のペースにも全然ついていけたが、八合目に差し掛かったあたりから傾斜がきつくなり、徐々に息が切れ始める。

「無理はするな。ちょっと休みながら行こうか」

 山小屋に立ち寄り、休憩をする。はっきりとはしないのだが、山小屋はかなり不潔であった記憶
がある。富士山といえばご来光を楽しみに登る人が多いが、僕はここには泊まれないな、と思った。

「さあ、帰りが遅くなるといけないから、ここで少し頑張ろう。お前の体力と時間配分を考慮してちゃんとペースは考えてあるから、大丈夫だ。俺を信じろ」

 登山のときの折茂は頼もしく、優しかった。指示や説明も的確で澱みなく、納得できるものである。

 警備のときも常にこの顔を見せてくれていれば、僕の印象だって違っただろう。そしてそれは、今からでも遅くはない。もう僕を信者にする、あるいは、伊勢佐木屋警備隊が終了してからも仲が続く親友になることは無理だったろうが、あと残り二か月で、笑顔でお別れできる関係くらいにはなったはずだ。

 結果はそうならなかったのは読者の予想する通りであるが、ひとまず後のことは置いておいて、登山の話を進めていく。

「あと一息だ。頑張れ、頑張れ」

「は・・はい・・・」

 僕と折茂はついに、登頂へと成功した。日本で一番高い場所に登ったときの感慨は深く、僕の心の中には、確かに瑞々しいものが満ち溢れていた。この気持ちよさ、達成感を与えてくれた折茂とも、もしかしたら真の意味で打ち解け、信頼関係を築けるのではないかと、一瞬思ったものである。

 だが、それも食事と神社への参拝を終え、下山を始めるころには、早くも崩れ始める。霊峰富士のパワーのお蔭か知らないが、富士山のてっぺんに向かう過程では、確かに「頼れるアニキ、一緒にいて楽しい人」に変わっていったはずの折茂は、富士のパワーから離れ、下界に近づくに連れ、「受け入れがたいナルシスト」に戻っていってしまったのである。

「博行。お前は自分の見た目にコンプレックスがあるか?」

 どういう流れだったか忘れたが、確かこういう質問をされた。

「え?ええ、そうですね・・・。こんな顔じゃ、女には誰も相手にされないでしょうね・・」

 思い込みが激しい僕は、当時、自分の顔をとんでもない不細工のように思っていた。当時、何人もの女に連続して振られ続けていた時期で、性欲を発散する手段を買淫に頼るしかなかった僕は、自分が置かれていた状況のみをもって、自分をとてつもない不細工だと思い込んでいたのだ。

 人間は思い込みの生き物である。思い込みによって、黒いものも白く見え、白いものも黒く見える。恋愛は相手あってのことだから簡単にはいかないが、取りあえず相手の顔を褒めて、悪い思い込みを取り除いてあげることは、誰にだってできる。僕が期待していたのは「お前は不細工なんかではないよ」と言ってくれることであり、折茂が本当に僕を思いやっているのなら、当然そう言うべきであったろう。しかし、折茂が言ったのは・・・。

「いいじゃないか。お前はこうして、顔が悪くたって、お前とずっと一緒にいてくれる人に出会えたんだから」

 僕のことを大事に思うようなことを口にしながら、折茂はいつも自分本位でしかないのである。自分のことしか考えられない折茂にとっては、僕が顔も悪ければ頭も悪い、何もかもダメなダメ人間であったほうが都合がいいのだ。僕がダメであればダメであるほど、そのダメ人間を面倒みてやっている、自分の株があがるからである。本当にこの男は、自分自身がプライドの塊であるくせに、他人のプライドを尊重しようという気持ちがひとかけらもないのだ。

 すべてを自分中心にしか見れない男。こんな男が、「人を導く人間」になろうとしているのだから、呆れるばかりである。

    ☆       ☆         ☆

 折茂の怒涛の逆戻りはさらに続く。

「博行。お前はさっきの参拝のとき、何を祈った?」

山頂の神社で参拝をしたのだが、折茂はそのとき、僕が祈った内容について尋ねてきた。

「え?いや、まあ、そういうのは口に出さないほうが・・・」

「何を祈った?」

 おそらく彼は、「折茂さんとずっと一緒にいられますようにと祈りました」と言ってもらいたかったのだろう。あまりのしつこさに根負けして、「金を儲けることです」と答えたとき、表情から激しい落胆ぶりがうかがえた。

 折茂は何事にしても、僕の気持ちが言葉とか形として明らかにならないと満足できない男であった。折茂から誕生日プレゼントに腕時計を貰ったことを書いたと思うが、あれを付け忘れたとき、折茂は「なんでつけてこなかった?」としつこく聞いてくることも、それを表している。まるでキャバ嬢が自分の貢物を身に着けていないと不機嫌になるオヤジと一緒であり、ようするに相手との信頼関係に自信がないから、はっきり目と耳で認識できるものがないと不安になってしまうのだ。

 足腰の筋疲労に加え、折茂のナルシストにも耐えなくてはいけなかったから、下山したときにはもうクタクタであった。折茂だって疲れていただろうが、帰りが遅くなりすぎてはいけないと、すぐにハンドルを握ってくれた、そのことには少し感謝する。身体が砂だらけになっていたので、高速に入る前にログハウスに立ち寄り、二人で露天風呂に入ったのだが、そのときは別に変なことはなかった。

 変なことがあったのは、高速に入ってからである。突然、折茂がハンドルから左手を離し、助手席に座る僕の右手を握りしめてきたのだ。

「ドキッとしたか?」

 ドキッとはしていない。ゾクッとしたのである。

「博行・・・お前が俺にプロポーズをしてきたときのことを、覚えているか?」

 頭の中をひよこが旋回する。今、プロポーズという言葉を辞書で調べると、「男性が女性に、または女性が男性に結婚を申し込むこと」と出てくる。僕は女性ではないし、折茂もまた女性ではない。したがって、日本の法律で結婚することはできない。法律以前に、僕は同性が好きではない。七年前、二〇〇八年当時の国語辞典を開けば、別の意味が出てくるのか?調べるのはあまりに悍ましく、また面倒くさく、Amazonで注文する気は起こらない。

「いや・・・プロポーズはしてないですけど・・・」

「あのとき俺は、お前の言葉に素直になれなかった。すまないことをした。だから今度は俺が、お前に逆にプロポーズをする」

 最高潮に自分に酔いしれ、折茂ワールドに没入している折茂に、否定する僕の言葉は届かなかった。このときスルーされたせいで、結局、僕のプロポーズというのは何だったのかは、今でもわからずじまいである。

「博行・・・俺の故郷に来ないか?実は今、昔勤めていた会社から、正社員の待遇で誘いを受けている。俺はお前も、故郷に連れていこうと思っている」

 これが、折茂の「プロポーズ」の言葉であった。折茂が、僕の存在を通して自己の偉大さを証明するパフォーマンスの集大成が、僕と同棲し、自分の故郷に連れて帰ることであったのだ。

「いや、それは・・・さすがに・・・その・・・」

 折茂と同棲など、もってのほかである。折茂という人間が好きではないということもあるが、まず、実家を出るメリットがない。同居する家族との関係は別に良くはないが、悪くもない。今の状況で、家を出るギャンブルをする理由がない。

 大体、生活が大変だろう。お金の面でも大変だし、プライバシーを守ることも大変だ。けして金持ちではない折茂との生活はワンルームのアパートということになる。朝起きる時間はともかく、夜寝る時間もある程度揃えなくはならないから、自分のリズムもくそもない。横でテレビを見られていたら、落ち着いて本も読めない。

 何より、二十一歳の僕にとってもっとも切実なのは、性欲の問題だ。同居するのが女性なら性欲を処理してもらえるが、男性では無理だ。折茂が寝ているときにオナニーをするにしても、横に男が寝ていたら気分が乗らないだろう。折茂がその点をまったく考慮に入れていないのは、僕を「汚れなき、純潔な赤子」だと思っているからか?それとも、「俺が処理してあげるぞ」ということだったのか?想像することも悍ましい。

「いや、その、ちょっと今は、考えられないです・・・」

 何も折茂だから拒絶するわけではなく、男と一つ屋根の下で寝るなどは、修学旅行などたまにするから楽しいのであって、毎日毎日一緒に暮らすのは真っ平御免である。それこそ刑務所と同じではないか。刑務所なら家賃はタダだからまだいいが、家賃を払って男と暮らすなど、罰ゲームに等しい。ルームシェアなど、お金がなかったり、地方から出てきて仕方なくやらなければならない人だけがすればいいことであり、実家に住める環境のある僕には考えられない。

「そうか。まあ、あと二か月あるから、考えも変わるかもしれない。俺はお前が、その気になるのを待っているぞ。俺はお前を一人にするのが不安なんだ。お前が俺と離れたあと、一人でやっていけるのか?とな。お前を安心して託せる人がいればいいが、俺の周りにはいないからな」

 この期に及んで、「僕が折茂を慕っている」という前提で話を進めていこうとする折茂。僕は折茂の何が嫌いかといえば、そこが一番嫌いなのである。

 まだ、現時点で己が僕に好かれていない事実を認めた上で、「俺はお前が好きだ。そしてお前に慕われたい。どうすればいい」と、自分から頭を下げて、素直に本当の気持ちを打ち明けてくるのなら、僕の心だって少しは動いたかもしれない。少なくとも話くらいは聞いてやっただろう。なのに折茂は、恥をかくのを恐れ、いまだに恰好をつけて、僕の方が折茂を求めているという形にしようとしている。そんな思い上がった態度で、どうして他人の気持ちを動かせると思うのか。別に折茂を上から目線で見たいわけではないが、そこまで安く、僕の心を売るつもりはないのである。

 このとき丁重に断ったのだが、僕を故郷に連れて帰ることを最終目標に定めてしまった折茂は、横浜に帰り、勤務が再開されたあとも、しつこくこの話題を振り、無駄な足掻きを見せてくるようになる。

 自己愛性人格障害者との奇妙な物語が、いよいよ最終章に入っていく。

完成版私小説 愛獣 5


           
 
 その日の勤務は、塩村との相勤であった。

「それでは、事務館点検巡回行ってきます」

 二十三時前後、いつもと同じように、ごく普通に、僕は巡回へと出発した。鍵の点検簿には、すべての確認印が押されている。この時点では、確かにすべての鍵が、キーバッグの中に納められていた。

 が・・。点検巡回から帰ってきたとき、一階商品管理室の鍵が、忽然となくなっていたのである。
 
 血液が氷結する思いだった。鍵の紛失とは、警備員が一番やってはいけないミスである。勤務初日、隊長の戸叶に、弁償代百万円などと脅されたのは大げさにしても、それぐらいに気を付けなくてはいけないのは間違いない。

「おいおい、勘弁してくれよ・・・」

 塩村の顔も青ざめている。事態は深刻である。

「すいません。今すぐ事務館に行って、鍵を探してきます」
 今やれることは、それしかない。

「いいか。絶対に見つけだしてくるんだぞ」

 塩村に送り出され、僕はついさっき回ったばかりの事務館に戻っていく。悲壮な覚悟での捜索が始まったのである。

 巡回のコースを、丹念に見て回った。可能性が高いのは商品管理室の周辺だが、別の場所で落としたということも考えられる。商品管理室の鍵には大き目のタグが付いており、鍵の中では目立つ方ではあるのだが・・・。

 一時間・・・二時間・・・。いくら探しても、鍵は影も形も見当たらなかった。こうなってくると、問題解決能力に乏しい僕の頭はパニックになってしまう。完全に冷静さを欠き、闇雲に同じところばかり何度も探し回って、ますます時間をロスしてしまう悪循環に陥ってしまっていた。

「なんで見つからないんだよ・・。なんで・・」

 絶望的な感情が脳内を埋め尽くしていく。ADHDの僕は、これまでの人生で何度となく、物をなくすミスを繰り返してきた。その都度、周りの人からは叱責を受けたし、自分でも十分に反省したのだが、不注意は一向に治らなかった。そして二十歳を越えた今なお、大事な物を失くして、会社に損害を与えようとしている・・・。

「なんでだよ。なんでいつもこうなるんだよ。」

 人が出来て当然のことが、自分だけにはできない。親や、折茂のような説教好きからは「努力不足」などと言われるが、僕から言わせれば、努力不足でこうなったのではなく、目いっぱい努力した結果がこれなのである。いったいどこの誰が、「努力不足」で愛するペットを餓死させるというのか?全て「やらない」のではなく、「できない」のである。

 小さいときに、親が気づいてくれなかったのが運のつきだった。まだ小さいとき、思想も確立されていないときに、親が僕を然るべき機関に連れて行って、改善に向けた取り組みをしてくれていたら、また違った人生もあったと思う。

 日本人は、「短所を潰す」という育て方が大好きである。集団に所属する人間に対し、個性を重んじるのではなく、画一的で和を乱さない人間であることを望む。

 だから発達障害者に対しても、その個性を尊重するのではなく、「健常者と同じくらいの努力で追いつかないんだったら、健常者以上に努力をしろ」ということを言ってくる人が多い。しかし僕は、それは違うのではないか、と考える。間違っても、発達障害を克服するために、健常者ならやらないようなことまではやったりしない。

 だって理不尽だからだ。みんなが「ゴールに向かって努力をしている」中、どうして僕だけが、「スタートラインに立つための努力」をしなければならないのか?それでは理不尽ではないか。「目いっぱい努力して努力して、ようやく人並み」で、どうやってやる気を出せというのか?そんな小さい夢には、小さいなりのエネルギーしか出ない。

 問題を問題のまま放置されているうちに、僕は一つの哲学を作り上げてしまった。鉄は熱いうちに打てという言葉はまったくその通りで、いったん「努力をしない哲学」を作り上げてしまったら、もう変えるのは容易ではない。

「こんなのは理不尽だ」

 膨れ上がるのは、劣等感と嫉妬心、孤独感ばかりであった。同世代が大学に通い、友人や恋人に囲まれて青春を謳歌しているときに、僕は将来の展望もない施設警備員の仕事などをし、自己愛性人格障害者に執着され、今は仕事で失敗をし、暗い建物を彷徨い歩いている。こういうとき、心の支えになってくれる人は、僕には一人もいないのである。

 あまりの人生の差に、絶望的な気分になる。こんなので、発達障害を克服するための努力をする気になどなるか。発達障害さえ克服できれば人生が薔薇色だったらいくらだって頑張るが、発達障害を克服したところで、友人もおらず、女もできず、一生非正規のガードマンのような仕事をやるしかない、惨めで孤独な、糞みたいな人生しかないんだったら、無駄に労力を使っただけ損ではないか。バカバカしくて、やってられるか。

 運命を呪いたくなる。今よりは悪くならないと信じてみても、実際はまだ下があるのである。どうして僕だけが、こんな目に遭わなければいけないのか。

「見つけなきゃ。絶対に見つけなきゃ」

 とにかく、鍵さえ見つけてしまえば、今現在の苦しみからは解放されるのである。必死だった。必死になりすぎていた。頭に血が上っていては、見つかるものも見つからない。状況を自分で悪くしていた。

 若かった僕は、追い詰められた状況で、思考の幅が極端に狭まってしまっていた。

 ここでまず考えるべきは、あと四か月弱で、伊勢佐木屋は閉店するという事実だった。建物自体も、すぐに取り壊されることが決まっている。

 つまり、仮に鍵を失くした事実が発覚したとしても、客先はそれほどうるさいことは言ってこなかったはずなのだ。あと四か月弱のために、南洋警備保障との契約を解除して別の警備会社を入れるとは考えづらい。仲間たちに迷惑をかけることもなく、何事もなかったかのように勤務が継続した可能性はかなり高かったと思われる。

 それでも、複数の扉に対応するマスターキーだったら大事になっていたかもしれないが、今回失くしたのは、たかが一つの扉だけに対応した鍵である。また、これは後から発覚した事実なのだが、事務館は建物自体古いのもあってセキュリティ面はザルそのもので、なんと、ドアの構造が似ている四階裏階段の鍵を使えば、商品管理室も開いてしまうようになっていたのである。

 ごく冷静に頭を働かせれば、今の状況は、それほど思いつめるものではないとわかるはずだった。しかし、感情の針が両極端に振れやすい僕は、必要以上の自責の念にかられ、自分の首を自分の手で締め上げてしまっていた。

 そして思い浮かぶのは、折茂の怒声であった。折茂は、普通ならごめんで済むようなことでも、会社に大損害を与える重大ミスかのように怒鳴るような男なのに、本当に会社に損害を与えるミスをしたら、一体どうなってしまうのか?失敗をして申し訳ない、という気持ちはやがてなくなり、ただ子供のように、怒られるのが怖い、それしか考えられなくなってしまった。

 五時を回り、空が白み始めると、もう鍵を探すことは諦めていた。次に考え始めたのは、いかに自分に降りかかる火の粉を抑えるか。どうしたらみんなに同情してもらえるか、ということである。
 パニックが極限に達した僕が向かったのは、屋上であった。


  ☆        ☆         ☆


 屋上へと出た僕を、乳白色の空が出迎える。通常、屋上へと出るのは、夜二十三時の事務館点検巡回のときだけだから、これは普通に勤務していたら絶対に見るはずがない、あり得ない光景である。

「なんでこんなことになったんだ。なんで・・・・」

 ブツブツと独り言を呟きながら、僕は夢遊病者のような足取りで、フェンス際へと歩いていった。
 そのフェンスを乗り越え、アスファルトへとダイブしようとしているわけではない。さすがに死ぬつもりはなかった。僕はこれから、同情を買うための演技をしようとしていたのである。

 鍵を失くしたことで、津島は死ぬほど思いつめた。そういうことにすれば、怒られないで済むと思った。

 今から考えれば、本当にバカなことを考えたものだと思う。あまりにも身勝手な考えだとも思う。しかし、極限まで追い詰められた状況で、当時二十一歳の青年だった僕には、この選択肢しか思い浮かばなかった。

 やると決めたら、あとは中途半端せず徹底的にやるのみである。僕は鉄製のフェンス際まで辿り着くと、コンクリートの地面に、身体を横たえた。そして、パニックで精神崩壊状態に陥ったことにリアリティを持たせるため、故意に失禁した。日本語を変えてもう一度書くが、わざと小便を漏らしたのである。

 繰り返して書くが、僕は本当にどうしようもない、大馬鹿である。他にも方法は色々あったのに、なぜこんなバカなことをしたのかと思う。犯罪を起こしたわけでもないし、高額な金を弁償しなければいけないわけでもないのだから、手をつき、膝をついて謝ればそれでよかった。小便など漏らすよりも、そちらの方がよっぽど、男としてのメンツを保てた。二十一歳、男としてのプライドも確立できていない、小僧であったがゆえの悲劇である。

「津島!」

 演技を開始してから一時間ほど経ったころ、声とともに、塩村が屋上の入口に姿を現した。一緒にいるのは、若い管制官の江崎である。すでに会社にまで連絡が行っていたのだ。

「おい、津島。しっかりしろ」

 僕の演技はいっそう堂に入る。仰向けに倒れた状態で、視線をうつろにし、口をパクパクさせ、涎を垂らし、呼吸を早め、意識が平常でない様子を装った。

「津島、鍵は見つかったから。鍵は見つかったよ!」

 たぶん、僕を安心させるための嘘であろう。ここで気を緩めて、演技の手を抜いたりはしない。
 塩村と江崎は、僕の演技に騙されているようである。してやったり・・・とは思わない。とにかくこのときは、無我夢中である。

 やがて、救急隊員が現れた。担架に乗せられ、階段を降り、救急車へと運ばれていく。日勤隊の港はじめ、何人かの人が心配そうに見ているのが、視界の端に映った。

 そして救急車に乗り、病院へと向かう。塩村は勤務が残っているため現場に残り、江崎が一緒に乗ってくれた。救急隊員に血液型などを説明するため、江崎が僕の財布を漁ったとき、風俗の名刺が見えてしまったのが恥ずかしいと感じるくらいには、冷静さを取り戻していた。取りあえず、芝居はうまくいったと安堵していた。

 病院に到着し、一通りの検査を受ける。異常などは見当たるはずはない。演技なのだから。その演技がバレないか、それだけが心配であった。

 検査の結果、当然のことながら、あっさりと退院となった。小便まみれのトランクスはトイレの個室で脱ぎ、ビニール袋に入れて持ち帰った。

「おう、どうだ調子は。大丈夫か?」

 病室を出た僕を、インテリヤクザ風の南洋警備保障部長、この日休みであった隊長の戸叶、夜勤を終えて駆け付けてくれた塩村らが、心配そうに出迎えてくれた。皆にファミレスに連れて行ってもらい、部長のおごりでジャンバラヤを食した。

「部長、五十万のプラズマテレビ買ったんですって?」

「なにそれ、誰から聞いたんだよ」

 皆は敢えて、事件の話題には触れないようにしているようだった。塩村にしろ戸叶にしろ、いたっていつも通りの感じである。落ち込んでいるときには、変に心配されるよりいつも通りに接してくれた方がありがたかったりもするのだが、重要な話題に全く触れられないというのも、こっちは心配である。医師からどういった説明を受けたのか、芝居はばれていないのかということが、気になって仕方がない。食欲などあるはずもなく、注文したジャンバラヤは殆ど喉を通らなかった。

「どうやら大丈夫みたいだな。落ち着いたらまた連絡するから、今日はゆっくり休んでくれ」

 部長のこの一言で、僕の芝居には幕が下りた。どうやら、看破されたわけではないようである。ほっと胸をなでおろし、僕は塩村と一緒に駅へと向かい、電車には一人で乗って帰った。 

 この一件では、多くの人に迷惑をかけてしまった。この日相勤だった塩村には、特に申し訳なく思う。折茂に対しても、この件に関しては、僕は彼を責める資格はない。

 迷惑をかけてしまった人に対し、陳謝したい気持ちはある。だが、失敗を犯したこと、またその後に芝居を演じ救急車まで呼ぶほど騒ぎを大きくしたことに対し、そこまで罪悪感は感じていなかった。

 だって僕の人生は、こんなことの繰り返しになることが確定しているのである。どんなに気を付けていても、不注意を繰り返してしまう。どんなに出来るようになったと思っても、いつかは落とし穴に嵌ってしまう。その度にまともに反省していたのでは、とてもではないが精神が持たない。

 いや、反省はしている。だから僕は、不注意による失敗をしたとしても、仕方ないと開き直ることにしている。注意欠陥障害という理不尽な運命に生まれてしまった僕は、可愛そうなのだから、まともに責任など取る必要はない。もちろん法律の範囲内で責任をとらなくてはならないことは責任はとるし、表向き謝罪の意は示すが、内心では鼻くそをほじって、アホらしい、面倒くさいと考える。

 それが、「ADHDを克服する努力」を放棄した、僕の解答である。ただ、僕だけでなく、ADHDが社会で生きていくには、実際、それぐらい図太くなるしかないと思う。対策は対策で必要だろうが、どれだけ対策しても限界があるのだから、これは自分が悪いのではなく、自分の遺伝子が悪いという考えを貫くしかないということだ。社会は守ってくれないのだから、自分のメンタルは自分で守るしかないのだ。


  ☆          ☆       ☆     


 鍵紛失事件後、僕は二日間の休養に入った。務めて仕事のことは考えず、家でゆっくりと過ごす。この間、会社からは特に連絡はない。あんな大きな失敗をし、救急車まで呼ぶ騒ぎを起こした後であるから、ひょっとしたら辞める辞めないの話にもなってくるのではないかと思っていたのだが、会社側としては、僕を当然のように続投させるつもりのようだった。 

 これは僕が必要だったというよりも、その方がメリットがあったからだろう。何しろ、伊勢佐木屋の現場はあと数か月で終わってしまうのである。あと数か月のために手間をかけて人を探し、高い金を出してインターンを組むよりも、能力にかなり難があっても、既存の隊員を使い続けた方がいいに決まっている。

 事件のことは会社を通じて母親にも伝えられた。説教はされなかった。だが、そんな向いていない仕事は辞めろとも言われない。家で休むよりは、外で苦しみぬくのを美徳と考える人である。

 伊勢佐木屋の同僚からの連絡もなかった。気になるのは、やはり折茂のことである。病院を出た後に食事をした際には、折茂は東京支社の方に研修の講師として出かけていたため駆け付けられなかったが、とても心配していた、という。

 だが、実際彼に会って話したわけではないので、本当かどうかはわからない。些細なミスをしただけで、まるで会社に大損害を与えたかのように怒る男が、本当に会社に損害を与えかねないミスをしたとき、どれほどの怒りを見せるのか?出勤が憂鬱で仕方なかった。

 明け公休の二日間はあっという間に過ぎてしまう。いよいよ、事件後初勤務のときがやってきた。精神安定剤のデパスをいつもの倍の量飲み、家を出る。この日C番だった僕は、二十二時の上番である。シフト通りであれば、折茂と塩村との勤務である。

「おう、元気か?」

「ええ。ご迷惑をおかけしました・・」

「いいって。気にすんなよ」

 塩村の様子はいつも通りである。折茂はそのとき本館の巡回に出かけており、席をはずしていた

「なくなった商品管理室の鍵だけど、どうやら五階裏階段の鍵が使えそうだから、差し替えておいたよ。五階裏階段の鍵は従業員が使うことはほとんどないし、たぶんバレないだろ」

 実際、翌日自分で試してみてわかったが、確かにちょっとコツはいるものの、五階裏階段の鍵は問題なく使用できた。たかがその程度のセキュリティ。自殺未遂を演じるほど思いつめる必要など、どこにもなかったのである。

「折茂も随分心配してたぞ。元気な顔を見せて、安心させてやれ」

 そう言われても、実際に心配してもらっているところを見たわけではないので、僕のほうが安心できない。本当の答えは、もうすぐ出る。生きた心地がしない。

 保安室の木戸が、ゆっくりと開く。折茂が現れた。彼は何も言わず、僕を抱きしめた。

 純粋だった僕は、ここで涙を流した。おいおいと、声をあげて泣いた。怒られなかった安堵の気持ちもあるが、本当に嬉しかったのである。

「この二日間、俺はお前をどう迎えればいいのか、頭が壊れるくらい悩んだよ。怒ったらいいのか、笑顔で迎えたらいいのか・・・。結局、答えが出ないままこの日になってしまったが、実際会うと、考えるより先に、体が動いたよ。そしてわかった。俺もお前が好きなんだ」

 折茂も涙ぐんだような目で語る。嘘を言っているとは思えなかった。俺も・・・などと、僕が折茂を好きという前提にされてしまっていることも、このときは気にならない。僕は折茂に、本当に感謝していた。

「今回の事件で一番悪いのは、お前ではなく俺だ。俺があんなにもお前を追い詰めなかったら、お前があんなパニックになることはなかったんだ。博行、すまん」

 折茂もけして根っからの悪人ではない。僕に辛くあたりすぎていた自覚はちゃんとあり、それを正当化する論理を唱えながらも、内心では申し訳ないとも思っていたのである。わかっていながら、自分を抑えられなかったのだ。

「博行。これからはもう、何があってもお前を離さないからな。俺とお前とは、両想いだからな」

「はい。ありがとうございます。僕も折茂さんについていきます」

 体育会系の暴力教師の常套手段・・。怒鳴られ、プレッシャーをかけられて、限界一歩手前まで来たところで、ちょっと優しくする。普段鬼のような人がふとしたときに仏の顔になると、普段仏の人よりも神々しく見えてしまうことがある。このときほど、それが見事にハマった状況はなかった。秋葉原事件以来、嫌悪方面に向いていた折茂への感情は、また好感方面へと振れていた。半分自業自得とはいえ、僕は完全に「洗脳」にかかってしまったのである。

 この日から二日間、折茂と一緒の勤務が続いた。彼は自分がどれほど僕のことを大事に思っているかを繰り返し伝え、今までにない優しさを見せてくれた。事件当夜、塩村が折茂に助けを求めて電話をした際、「おい塩村、落ち着いて行動しろ」などと言ったことを伝え、非常時には年上だろうが呼び捨てにする自分のかっこよさをアピールした。なぜそれをかっこいいと思ってしまうのか、洗脳下にあった僕にすら意味不明であったが、大した問題にはならない。

 塩村や鳥居も、鍵を失くした僕を咎めたりすることはなかった。ヤバいを通り越した、本当にシャレにならない事件があったとき、人はむしろ優しくなるものかもしれない。

 そして二日目の勤務が明け、話の流れとその場の勢いで、僕は折茂の自宅に伺うことになった。僕が自分に憧れていると信じてやまない折茂は、僕と一つ屋根の下で一日を過ごすことこそ、立ち直りにもっとも効果がある方法だと思ったのである。


   ☆          ☆        ☆  

 折茂の家は駅からも近く、レンタルビデオ店やスーパーなども近くにあり、中々に住みやすそうな所にあった。平凡な1Kのアパートで、室内は程ほどに整頓されている。特に変哲のない、普通の男の部屋であった。

「今、飲み物を出すから、遠慮なく寛いでくれ」

「は、はい・・」

「どうした?何か気になるか?」

 緊張して室内に視線を巡らせる僕に、折茂が問う。自己顕示欲の塊である彼としては、たぶん何かを気にしてほしいところなのだろう。確かに、せっかく客人として招かれたのなら、部屋の様子に対し、何かひとつくらいはコメントすべきかもしれない。

「折茂さん、ガンダムが好きなんですか」

「ああ。ガンダムは俺のもっとも思い入れの強いアニメでな。ほぼ全シリーズを見ているよ」

 折茂の部屋には、アニメ「ガンダム」のプラモデルやフィギュアが沢山置いてあった。己が「出来る男」「大人の男」「スタイリッシュな男」であると見せることに全力を尽くす折茂に、こんな少年っぽい趣味があったことが、何か微笑ましかった。

「博行は、エヴァンゲリオンが好きなんだっけ?」

「え?いや、めちゃくちゃ好きってほどではないですが・・まあ、実はアニメはそれくらいしか見たことないんで・・・」

「そうか。エヴァンゲリオンが肌に合ってるなら、ガンダムよりもラーゼフォンの方がいいのかな。DVD借りて、一緒に見てみるか。さっそく、駅前のビデオ店に行こう。即断即決だ」

 「即断即決」とは、折茂が金科玉条としている言葉である。今回の場合は「即断即決」というより、「思い立ったら即行動」とでも言うべきだろうが、ともあれ、この後、僕は折茂と二人、「ラーゼフォン」なるDVDを鑑賞することとなる。

 あまり細かいストーリーまでは覚えていないのだが、印象的だったのは、この作品について折茂が、「主人公の境遇が、外の世界を知らないお前と被る」と語っていたことだ。何が言いたいかというと、折茂から見て僕は、よほどの世間知らず、温室育ちと見えているということである。

「今まで殻の中にいたお前を、俺が外の世界に解き放ってやる。もう、お前を縛り付けるものは何もないからな」

 それは確かに、二十そこそこで一人暮らしを始め、ヤクザまがいの会社に勤め、三百万もの借金を背負い、今はダメ人間の巣窟、人間牧場である警備会社に所属する折茂から見たら、僕は世間知らずもいいところのお坊ちゃんなのかもしれないが、たかだか四歳上にしか過ぎない人から、なんでここまで見下されければならないのだろうかとも思う。そして引っかかるのは、親が僕を「縛り付けている」という言葉である。

「今までお前は、両親によって家の中に縛り付けられ、外の世界を見ることができなかった。だが、これからは違う。お前にとって、両親よりも重い存在となった俺が、お前を外の世界に連れ出してやる」

 ついさっきまで、自分が追い詰めすぎたからこそ僕がパニックになったと考え、申し訳なさそうな態度をとっていた男が、もう自信を取り戻すどころか、以前にまして自信過剰になってしまっている。僕の両親より重いという言葉で自己の存在を大きく見せているようだが、どうしてこう、何に関しても「仮想敵」を作り、他人と張り合わないと気が済まないのだろうか。

 僕は親をそこまで尊敬しているわけではないが、自分の親を、わけのわからないアニメの設定と勝手に重ね合わせられ、縛り付けたとかなんとか、事実無根のことを言われれば、良い気はしない。この一言で、僕のテンションはまた冷めてしまった。せっかく僕を洗脳するチャンスを、折茂は自分で台無しにしてしまったのだ。

「うーん・・・いや、両親より重いというのは・・・」

「博行。お前が屋上から飛ぼうとしたとき、誰の顔が浮かんだ?誰のおかげで、お前は思いとどまることができた?」

 自分のことしか考えられない折茂には、あまりにも魂胆が見え見えだと、そんな魂胆も見抜けないと思っているのか、と、なんだかバカにされている気分になり、それに応えたくなくなってしまう人間の心理は理解できないらしい。変にまどろっこしいやり口で心を掴もうとするから、余計に僕の気
持ちは遠のいてしまうのである。

「いや・・・まあ・・・それこそ、家族の顔ですかね・・・」

「そうか。わかった」

 自分でもおかしなことを言っている自覚があったのか、折茂はこのときはあっさり引き下がった。
 この一件で少し白けはしたが、折茂に不信を抱いたというほどでもない。帰りたいなどとは思わず、むしろ、折茂の家にまだまだ居たかった。あんな事件があった後で、僕の心は疲弊しており、誰かに寄っかかっていたい気持ちは強かったのだ。

 二人きりでいることに、何の疑問も警戒心もなく折茂の家で過ごすうち、段々と夜の帳が降りてくる。DVD観賞が終わり、夜のクイズ番組の時間となった。


――関ヶ原の合戦で、西軍の総大将を務めた人物はだれか?

 歴史の問題である。これに対し、僕が答えたのは、毛利輝元。折茂が答えたのは、石田三成である。

「お前、何を言ってるんだ。関ヶ原の合戦といえば、石田三成と徳川家康の戦いだろう。そんな誰かもわからん・・・・」

 力説する折茂であったが、読み上げられた答えは、毛利輝元であった。

「関ヶ原では、石田三成は西軍のコーディネーターとして全体を調整していただけで、名目上の大将は五大老の毛利輝元だったんですよ」

「・・・・」

 折茂は口惜しそうな顔を浮かべる。人には得手不得手というものがあり、ましてや僕の歴史好きに関しては前から説明していたはずなのに、歴史のクイズで負けたことで悔しがってしまう。折茂は、僕に対しては、すべてにおいて勝っていなければ気が済まないのだ。なぜならば、僕は、外の世界を知らない赤子、だからである。

「・・・確かにお前は、うんちくはあるのかもしれない。だが、現実の仕事では、そんなものは役に立たないからな」

 折茂が悔し紛れに絞り出した負け惜しみであったが、別に仕事で折茂に勝ちたいなどと思っていない僕には、何の痛痒もなかった。

 その後、折茂と夕食をとりながら、僕たちはお互いの過去について語り合った。

「俺は中学時代からイケイケでな。親父に反発して非行に明け暮れて、いろんな人に迷惑をかけたな。毎晩暴れまくって、警察に補導されてさ。よく格技場に連れていかれて、空手の稽古をつけてもらったよ。高校では、その刑事さんに勧められるまま空手部に入って、練習に明け暮れた。それで段々、荒れた心が静まっていったんだ。あのときの刑事さんが、俺を変えてくれた大恩人だ」

 折茂の憧れの人物が、また登場した。相変わらず自分に陶酔したような口ぶりで語るのだが、曲りなりにも武道をかじったことがある人が、どうして部下の頭をクリップボードで殴ったりしてしまうのだろうか。そんなことをして、大恩ある師匠が泣くとは思わないのだろうか。

「博行は、ガキの頃から大人しかったんだろう?」

 そうでもない。僕にも中学のころ、折茂と同様に非行に手を染めており、不良グループに属していた時期があった。

 しかし、足を洗うのも早かった。経済的に貧しくはなく、常識ある両親に育てられ、無償の絆で結ばれた犬までいる家庭環境にあった僕は、住んでいる世界が違う不良たちにはついていけなかった。彼らは明確に違う世界の人間だった。

 例外もないことはないだろうが、不良やヤクザになるような人は、家庭環境に問題があるケースがほとんどだろう。家族の愛情に恵まれなかった人は、「疑似家族」を求めるのである。

 あの世界は、ただ単に親や学校への反発心や、アウトローへの憧れだけで続く世界ではないと、一時期身を染めたことがある僕は断言できる。ならば、折茂の場合はどうであろうか。

「うちは貧乏ではなかったが、親父がどうしようもないヤツでな。俺やお袋に暴力をふるったりして、いつか殺してやるって毎日思ってたよ」

 こういう事情があったのである。彼の生い立ちにも、同情すべき点はあったのだ。

「あと・・・これは俺の絶対に消えないトラウマだが・・」

 さっきの話の続きで、折茂は二十歳ごろ初めて知ったという、自らの出生の闇について語った。本当のことかもわからないし、僕も他人に晒していいことと悪いことは弁えている。いくら快く思わない人物だといっても、一線は越えてはならない。その一線を越えてしまったら、僕も殺されても文句は言えない。だから詳細は書かないこととする。

 とにかく折茂にとってそれは、自殺も考えるほどショックな出来事だった。彼の人格にもっとも陰を落としているのがおそらくこの出来事で、このとき生まれた強い自己否定を埋めるために、彼は逆に極端なナルシスト、自己愛性人格障害者になってしまったのではないか。あくまで憶測にすぎないが、彼も根っからおかしい人ではなく、悲しい運命を背負った人だったのだ。

「・・・さて、風呂の準備をするか」

 ひとしきり語り終えた折茂が、バスルームへと向かって歩き出した。

「どうする?一緒に入るか?」

「え?」

 いたって真顔で、折茂は僕と同じ湯船に浸かろうという。銭湯のような大浴場ではない、アパートの狭い浴室である。そんなところに男二人で入ろうという、その発想がまったく理解できなかった。

「い、いや・・・それは・・・」

「なんだ、恥ずかしいか?」

 恥ずかしいのではない。意味がわからないのである。

「博行・・・もっと自分に、素直になってもいいんだぞ」

 なぜ、僕が本心を隠していると思ってしまう?僕が他に何を思っているというのか?

 まったくわけがわからない。恐怖が頭を埋め尽くす。男としてノーマルに生まれた僕が、絶対に守り通さねばならぬものが犯されようとしている恐怖である。

 折茂が塩村の冗談を真に受けていることは、もはや確定的となった。いったい何故だろうと思う。折茂は確かに頑固で一本気な男だが、他の人との会話をよく聞いてみると、まったく冗談が通じないという感じではない。塩村や鳥居らとは、適切な距離を保ってコミュニケーションが取れているのである。それがどういうわけか、僕のことになると、理性を失ってしまうのだ。

 折茂は僕に、特別な執着を抱いていた。僕を自分の信者にしようと・・・自分を崇め奉り、褒め称えてくれる存在にしようとしていた。他人にとってはバカバカしい話だが、己の強烈な自己愛が満たされず、常に枯渇感に苛まれている折茂にとって、それは飯を食べることや寝ることと同じこと、「生きるため」必要不可欠な活動なのである。

 洗脳は、心身ともに弱り果てた人ほどかかりやすい。僕を「信者」とする千載一遇のチャンスに、折茂はすべてをかけていた。

「い、いや・・・やめておきますよ。男同士で風呂に入るって・・・変ですよ」

「そうか?俺は昔よく、友達と風呂に一緒に入ったりしていたが」

 世の中に人の集団は無数にあり、それぞれ常識も違う。折茂が僕を風呂に誘ったのはゲイ的な意味ではなく、僕の経験してきた友人関係と、折茂の経験してきた友人関係が違うだけか?とも考えたが、たとえそうだとしても、僕は男同士で狭い風呂になど入りたくはない。また、ワナという可能性も考えられる。

「まあいい。じゃあ、博行、先に一人で入れ」

 どうにか折茂をやり過ごし、風呂には一人で入ることができたのだが、不安の種が尽きたわけではない。まだ、夜は長いのである。

 ただちに帰ろうと考えていたわけではなかった。なにしろこのときの僕は、まだ心が弱っている。貞操を奪われる恐怖は確かにあったが、折茂に寄りかかりたい気持ちも同じくらいあった。折茂もいくらなんでもいきなり襲い掛かってきたりはしないだろうし、この段階で帰るのはあまりに失礼に思えた。

 やがて眠気に襲われ、思考能力が低下していく。僕はそろそろ寝ようかという折茂の言葉に、首を縦に振った。

 布団に入り、目を閉じたそのときだった。ふいに、折茂が自らの頬を、僕の頬に押し付けてきた。

「・・・な・・・?」

「博行、愛しているからな」

 まったく突然の出来事で、反応できない。引き剥がそうと試みるが、折茂に空手の心得があるという情報が、ここで引っかかる。力で抵抗すれば、より大きな力で抑えつけられるのではないかという恐怖を感じたのである。

「ちょ、やめて・・・」

「博行、自分に素直になれ」

 どうしても、僕がそっちの道に目覚めたと認めさせたい折茂。百歩譲って、自分がゲイに目覚めて僕を好きになったというだけならまだいいが、僕の方をゲイということに仕立てあげようとする、それが嫌で仕方なかった。

 プライドの高い折茂は、自分の方が先にゲイに目覚めたとは、間違ってもいえない。ゲイの僕が先に折茂を好きになり、それに合わせて、仕方なく自分もゲイになったという形にしようとする。

 しかし彼はなぜ、頑ななまでにゲイにこだわるのだろうか。そもそも彼の性癖はノーマルなのに、なぜ無理をしてまで、僕との関係をゲイに持っていこうとするのか。

 折茂は、僕が折茂の前に出ると、目を泳がせたり、どもったりしてしまう僕のリアクションを、折茂への苦手意識から出たものではなく、好きな人の前に出て緊張してしまっているということにしようとしている。信じられない話だが、折茂にとっては、僕がゲイということにした方が、僕が折茂を怖いと思っているよりはいいらしいのだ。

 僕の勝手な推理にすぎない。しかし、それ以外には、折茂がこのような行動に走った理由はわからない。

「いや、ほんと、やめてくださいよ・・」

「・・・暑いか?くっつかれて、暑いんだな?」

 生理的に受け付けないのだとは、どうしても認めたくないのである。

「は、はい・・」

 取りあえず、そういうことにしておいた。もう疲れていて、眠りたかった。

 翌朝ははやくに目が覚めた。折茂はまだ寝ている。やることに困り、僕はひとり、近所を散歩しに出かけた。

 心地よい朝の陽射しを浴びながら、しかし僕は憤りを覚えていた。

 ゲイなんて、冗談じゃない。僕は女性が好きなのだ。

 仮に僕が、男を愛することがあるとしよう。しかし、その相手は折茂ではないことは断言できる。彼は洞察力に優れていると自分で言っている割に、なぜか僕のことを受け身側の人間と思い込んでいるようだが、今小説などを書いているように、僕は自分が発信したい側の人間なのである。折茂の信者になり、「折茂ワールド」に染められることなど我慢できない。僕の主義、主張を一切無視して、僕に自分の考えを押し付けてくるような人は、女であっても恋愛対象にはなりえない。

 また、僕はけして自分の容姿をいいとは思っておらず、実際女にはモテないが、そのことが、不快感に拍車をかけていた。仮に僕が、道を歩けばすれ違う女すべてに振り向かれるような美男子ならば、折茂のような男に迫られたとしても、「そういうこともあるか」と思えるだろう。ぜいたく税みたいなものである。

 しかし、なぜ僕のような冴えない男が、男に迫られなければならないのか?なんで女にはまったく相手にされないのに、ゲイに迫られなくてはいけないのか?神は、僕に女は無理だから、男に走れといっているのか?

 あらゆる憤りが、マグマのように煮え立っている。僕が神に作られたのなら、神を八つ裂きにしたかった。 

 ここで帰ろうかどうか真剣に悩んだが、この日の昼になれば滞在の予定も終わるということが、決断を思いとどまらせた。あと少しなのだから、時間まで我慢した方が、角が立たずに別れられると、冷静に考え直したのである。

 折茂が起きてくると、僕たちは二人で公園へと出かけた。折茂は僕がもと、バスケットボール部に所属していたという話を聞いて、公園のゴールで1on1をして遊ぼうと提案してきたのである。

「痛っ」

 折茂のディフェンスはやたらハードで、バチバチと僕の手を叩いてくる。バスケットは、背中でゴリゴリ押し合うようなフィジカルコンタクトには寛容だが、叩く、ぶつかるなどといった類のコンタクトには、厳しくファウルをとるスポーツである。素人の折茂でもそれぐらいは知っているはずで、知らないにしても、もう少し遠慮しろよとは思う。

 しかし、敢えて指摘することはしなかった。折茂が怖いからではなく、このときは純粋に、人と一緒に身体を動かすのが楽しかったからだ。スポーツには、人の心を通わせる、不思議な力がある。

「飯を食ったら、今度はツーリングに出かけようか」

 折茂にはバイクの趣味があった。健全でいい趣味だと思う。趣味だけでなく、元二号警備員の折茂には、交通費を浮かせるという実用的な面もあった。

「おい、ちゃんと俺の腹に掴まれ。落っこちちゃうぞ」

「す、すいません・・・」

 バイクの二人乗りを自転車の二人乗りと同じように考え、後ろの荷物置きに掴まっていた僕に、折茂が注意を促した。昨夜の一件もあり、折茂の体に触れることには抵抗を覚えたが、これは変な意味はなく、純粋に、安全面に配慮してのことであると理解できた。

「どうだ、楽しいか?」

「ええ、楽しいですね」

 モータ音とともに、風を切って走っていく感覚には、僕も確かに快感を覚えた。バイクに乗っているときの折茂は本当に楽しそうである。まるで少年のようだった。変に恰好を意識したり、僕にバイクの免許を取るのを薦めてくるようなこともない。自己顕示欲の塊で、常に他人と自分を比べなくてはいられない折茂がただ一つだけ、誰に見せるためでも誰に勝つためでもない、ただ好きだからやっている、という趣味を持てたのはいいことだと思う。それはきっと彼の救いとなるだろう。

「さて、もう昼だが、どうする?」

「そうですね。予定通り、帰ります」

「ずっとうちにいたっていいんだぞ」

「いえ・・さすがに、それは・・」

「博行、もっと自分の欲求に素直になれよ」

 まるで僕が折茂の家に住み着きたいと思っているような言い方だが、本当は、折茂自身が僕と同棲したがっているのである。

 しつこさは後ろめたさの裏返し。僕に素直になれと何度もいうのは、自分自身が素直になれないからである。

 折茂が自分の気持ちを素直に言えば、まだ僕の心も動くかもしれないのに、なぜか、僕の方が折茂に気があり、折茂がそれに答えてやっている、みたいな形にしようとするから、こっちは余計にその気がなくなってしまう。相手が自分のことをどう思っているかなどこの際どうでもいいから、自分の正直な心を真正面からぶつけてくればいいではないか。それができないのは、彼は僕のことが好きなのではなく、自分自身が愛されたいだけだからだ。

「まあいい。帰るというのなら、送っていくよ」

 折茂のバイクに乗り、僕は自宅へと帰った。一人は落ち着くものである。このひとときを捨てて、他人と生活をするなど、やはり考えられない。女ならばいいが、男は無理だ。男同士で寝泊まりをするなどは、修学旅行など短期間だから楽しいのであって、好きにオナニーもできない環境で毎日を過ごしていたら、ストレスで爆発してしまう。

 余談であるが、僕が勤めたことがある別の警備会社では、寮の三人部屋で、家賃がひとり四万というふざけた搾取を行っていた。いまどきタコ部屋労働でも、こんな条件はないだろう。福利厚生の一環というより、それで儲けてやろうと思っているのである。

 こういうことについては会社が一番悪いのは間違いないが、労働者の方も、不満があるなら、待遇の改善をみんなで訴えていかねばならないと思う。なんでもかんでも言いなりになってはいけない。少しでもいい暮らしがしたいのなら、奴隷根性は捨て去らなければならない。

 折茂の家で起きたことは、これで大体話せた。彼の家の門をくぐったときには、折茂を深く信頼し、深い洗脳下にあったものが、帰ってきたときには大分抜け出していた。すべて折茂が、自分自身の行動によって招いた結果である。

 しかし、折茂から逃げ出したいと思うレベルには至っておらず、このときの僕は、これから先の伊勢佐木屋施設警備の仕事が楽しいものになるであろうと期待を抱いていた。折茂とはずっと一緒にいるわけではないのだし、我慢しよう。あと数か月は安心していられるくらい関係を改善できてよかったと、呑気に考えていた。

 僕のそんな気楽な思いをよそに、折茂の方は、ますます僕への執着を強めていた。あと数か月、波風立てずうまくやっていこうという僕の考えをよそに、僕と一生一緒にいる気でいた折茂によって、僕の安息はめちゃめちゃに壊されていくのである。


 

完成版私小説 愛獣 4

    
             
 
 折茂とのペアを中心にシフトを組むことを申し出て以来、折茂は僕に優しくなった。以前なら怒声を浴びせられていたようなミスをしても、笑って許してくれるようになったのである。

 この時期の折茂は、本当に優しかった。食事をよく奢ってくれたり、プライベートを削って職場にやってきて、僕が以前失敗した、西館の点検巡回を一から教えてくれたこともあった。

 折茂と初めてプライベートでショッピングに出かけたのも、この頃のことである。買ったのは主に服。折茂はファッションが趣味で、営業職に就いて羽振りがよかったころは、給料の半分近くを服につぎ込んでいたようなことを言っていた。

「最近の若者は酒も飲まず、タバコもやらず、質素で堅実というが、俺には理解できないね。二十代で遊ばずに、いつ遊ぶっていうんだ。貯金が趣味なんて、寂しい人生だと思うよ」

 世代的にはゆとり世代の頭の方に当たり、貯金が趣味の一つである僕より四歳年上で、氷河期世代の末期に属する折茂だが、押し出しの強さといい、自信過剰で見栄っ張りなところといい、そのメンタルは少しさかのぼって、典型的なバブル世代のそれだったといっていい。おそらく、彼が憧れていたという人たちの影響なのだろうが、折茂の場合は、同世代への反発からか、さらにその傾向を拗らせていたようだ。

 性格はまったく違うとはいえ、若い男が二人顔を突き合わせているのだから、当然、恋愛の話にもなった。

「俺は十三で童貞を卒業して、女とは腐るほど付き合ったよ。二回ほども中絶させたこともあったな。今は彼女がいるからしないが、ナンパをすれば、九十五パーセントは成功したよ」

 九十五パーセント、この話は嘘である。ナンパは、熟練のナンパ師が、慎重に相手を選んでしても二十回に一回ゲットできればいいほうで、キャッチの経験などもない素人では、足を止めてもらうことも困難を極めるものだ。などと、偉そうに言っている僕は一度も成功したことはないのだが、世の中が折茂の話に出てくる女のように軽い女ばかりなら、僕だって苦労はしていない。そんなに言うなら、実際やって見せてくれと頼んだら、彼はどう反応したのだろうか。

「そうなんですか・・・。今の彼女とは、どういう風に知り合ったんですか?」

「逆ナンだよ。勤務中に声をかけられて、上がった後に遊びに行ったのさ」

 これも間違いなく嘘であろう。折茂は確かに、俳優の向井理とやらの顔を少し骨ばらせて精悍にしたような顔だちで、ルックスはいいほうなのだが、あの底辺丸出しの二号警備員の制服を着た男に声をかけるような物好きな女などいるはずがない。

 折茂のホラ話は、あまりにもしょうもなかった。自分でそのしょうもなさがわかっていないのか、はたまた、そんなしょうもない嘘も見抜けないほど、僕のことをバカだと思っているのか。少しテンションが下がってしまったが、この程度のことで、折茂に対して生まれつつあった好感が失われたわけではない。プライベートでショッピング、飲み会に出かけた後も、折茂とは勤務後に朝食など、よく一緒にとった。四月末期の勤務では、折茂と僕の関係は順調すぎるほどうまくいっていたのだ。

 
 四月は僕の誕生月でもあり、夜勤隊の皆からプレゼントももらった。塩村からはジッポーライター、鳥居からはメンズコロン。そして折茂からは、腕時計である。

「ありがとうございます・・!感謝します」

 現在は、ADHDらしくモノ自体はすべて失くしてしまったのだが、嬉しかった思い出は残っている。色々あったが、この件に関しては、みんなに感謝はしている。

 折茂との関係が改善されたことで、僕の職場に関する悩みはすべて解決したに思われた。とにかくこの時期は、これといったストレスもなく穏やかに過ごせたのである。

 しかし、楽しい時期があっても、けして長くは続かないのが、僕という人間の人生である。ある出来事をきっかけに、折茂と僕の蜜月は終わり、また地獄へと舞い戻ってしまうのだ。

 実に些細なことであった。鳥居と一緒の勤務のとき、日勤隊の勤務内容が話題に上ったのだが、日勤隊の勤務時間帯では、社員やテナント従業員と話をする機会が頻繁にあるため、港や立義などは酒を飲みにいく友達が増えたなどという話を聞いて、僕が「楽しそうでいいですね」と言った。ただ、それだけのことだった。

 折茂はそれで激怒したのである。

   ☆         ☆      ☆      

「お前には失望したよ。この前、夜勤隊を追い出されると不安になってたのに、やっぱり日勤隊に行きたいってどういうことだ!」

「い、いや、そんなこと言ってないですよ・・・」

「嘘をつけ!鳥居さんは、確かに、お前が日勤隊に行きたいと言っていた、と教えてくれたぞ」
「いや、日勤隊に行きたいと言ったわけじゃなくて・・。ただ単に、友達ができたのは良かったですね、と言っただけで・・・」

 必死に弁解して誤解は解けたのだが、早とちりして激怒した折茂は、五月度の勤務シフトを独断で変更しており、結局また、僕は塩村とのペアをメインで働くことになった。津島が日勤隊に行きたい(と勝手に思いこんだ)から、来月のシフトを変える、という思考回路もよくわからないのだが、たぶん「津島は俺とメインで組むのが嫌だから日勤隊に行きたいと言ったのではないか」と、被害妄想的に考えたのではないか。

 人間は暇になるとロクなことを考えないという言葉があるが、折茂ほどそれが当てはまる人間もいない。仕事が暇だからこそ、二時間も人を軟禁して説教をすることができる。暇だからこそ、疑心暗鬼、被害妄想もどんどん膨らむ。すでに決まっていた来月のシフトを、直前になって強引に変えてしまうというのも、暇だからこそできる芸当だ。

 警備員とは暇な仕事であり、警備員が暇なのはお客にとってはいいことなのだから、堂々とのんびりしていればいいのに、折茂はじっとしていられない。常に何らかのトラブルを抱えていないと気が済まないのである。自己顕示欲が異常に強い折茂にとっては、トラブルがなければ、自分の有能さを周囲にアピールするチャンスもなくなって困るからだ。

 しかし、新宿歌舞伎町の交番にでも勤めているならともかく、いちデパートでの警備業務ではそうそうトラブルなど起こるはずもない。積もった鬱憤を晴らそうと思ったら、内輪で自作自演の炎上騒ぎを起こすしかなく、警備隊で一番立場の弱い僕が、火の粉をモロに浴びているという形である。
 
 本人に確認もとらず、勝手に怒り狂ってシフトまで変えてしまう折茂は明らかにおかしい。だが、この件に関しては、折茂に僕の発言を伝えた鳥居も悪いと思っている。悪い話が人づてに伝わるにつれ、尾ひれ、葉ひれがついてどんどん大げさになっていくというケースはよくあるが、そもそも最初に僕がした話は、人に悪い印象を与える要素は一つもなかった。いったい、どれだけ人の話を捻じ曲げて伝えたのかと思ってしまう。

 鳥居に悪意はなく、本当に勘違いしただけだったのかもしれないが、この件は僕にとって重大な意味をもたらした。周りの誰も、信用できなくなったということである。後から振り返れば、誕生日プレゼントまでくれた彼らが、僕を悪意の目で見ていたわけはないことはわかるのだが、当時から常に物事を悪い方へと考える癖のあった僕は、もうこの一件で、誰にも下手なことはいえないと考えるようになってしまった。教育係の塩村にも、折茂の横暴を相談できなくなってしまったのだ。

 また折茂との関係は悪化してしまったわけだが、折茂と離れられたおかげもあり、五月度の勤務においては、特筆すべきことはなかった。何事もなかった、平穏無事というのではなく、平均して嫌だったということである。

 ここで家族の話に触れておく。当時、我が家には、雌のラブラドール・レトリバーがいた。僕が保育園に通っていたころから一緒に暮らしており、このとき年齢は十四歳。大型犬としては長寿の域である。

 散歩にエサやりと、毎日ではないが世話には参加していたから、僕にはよく懐いてくれていた。アホなガキだった僕は、学校で嫌なことがあると、よく八つ当たりして叩いたりもしていたのだが、それでも彼女は僕を信頼してくれ、帰宅したときにはいつも玄関でしっぽを振って迎えてくれたし、言うこともちゃんと聞いてくれた。

 ADHDの持ち主である僕は、小学生時代に、餌やりを怠ってハムスターを死なせてしまったことがあった。それがADHDの失敗談では、一番のトラウマである。犬は小動物とは違い、自分から意思表示をしてくれるため、ある意味では飼い易く、注意力欠陥の僕とは相性がよかったといえる。無論、しっかりした家族と一緒に飼育している、という前提はつくが。

 その犬が、この頃には老齢により、かなり体が衰えていた。後ろ足が細くなって満足に立ち上がることもできず、床ずれができて毎日痛そうにしていた。トイレは散歩のときしかできないように躾けていたのが仇となり、弛んだ括約筋で必死に我慢をしていた姿もかわいそうだった。

 書いているだけで泣けてくる。彼女は、子供のときから交友関係が長く続かず、同窓会というものに一度として呼ばれたこともない僕が、唯一友達といえる存在だった。親との関係が不和になったときも、彼女だけはずっと僕の味方でいてくれた。

 その彼女と、永遠の別れのときが近づいていた。ここまで書いてきてなんだが、寂しさはそれほどなかった。天寿を全うしての死であり、苦しんでいる姿を見ると、むしろ早く楽になってほしかった。
 この話しの中で犬のことを紹介したのは、のちに彼女のことで、職場で嫌な思いをしたからである。なにもかも折茂のせいなのだが、その件に関してはのちに紹介する。

 
   ☆          ☆         ☆      

 六月度の勤務がスタートした。この月からは、僕は折茂とメインでペアを組むこととなる。本来なら五月度から実現するはずだったのだが、折茂の早とちり、被害妄想、大激怒により、一か月延期されてのスタートである。

「おはようございます」

「・・・・」

 決意を新たに迎えた、六月の一日。僕の挨拶を、折茂は無視した。

 四月のやはり一日、二名体制初日の悪夢がデジャブする。しかし、理由がわからない。五月度の勤務では、僕が日勤隊に行きたい云々が誤解であったことが知れて以降は、僕と折茂の関係は、徐々に良くなる兆しを見せていたはずである。それが一体、なぜこうなってしまうのか。月初めは波乱から始まらなくてはいけないルールでもあるというのか。

「それでは、事務館施錠巡回に行ってきます」

「・・・・・」

 巡回の出発報告。パートナーが知らぬ間にいなくなってしまうということがないようにするため、重要な職務上のコミュニケーションであるが、折茂はこれにすら無視を貫く。

 わからない。折茂の態度の意味が、まったくわからない。特に機嫌が悪いというわけでもなく、僕以外の人とは、いつも通り明るく話しているのである。僕だけに冷たい折茂の態度。まったく意味がわからない。

「あ、あの、折茂副隊長・・。僕、何かしたんでしょうか?」

 折茂の無言のプレッシャーに押しつぶされそうになった僕は、折茂が本館の施錠巡回から戻ってきた際、意を決して、折茂の真意を尋ねてみた。

「何かした?なんでそう思うんだ?」

 この日初めて、折茂が僕の言葉にまともに応じた。

「いや、その・・・折茂さんの態度が・・・・その・・・・」

「怖いのか?」

「・・・・はい」

 この時点で、僕はもう涙をぼろぼろと流している。

「あのな。俺もお前に対してはどう接すればいいか迷ってるんだよ。完全無視でいったらいいのか、もっと優しくすればいいのか」

 結果、折茂が選んだのは、完全無視という方向だった。無視を貫くことがいいことに繋がるという発想は常人の発想を超えているが、いかにしてその境地に行きついたかについては、本人が語ることはなく、今でも謎のままである。

「今のままじゃキツイか?」

「はい・・・」

「わかった。もっと優しくするよ。怖い思いさせてすまなかったな」

 折茂はそこで笑顔を見せた。安堵した僕は、また大きな涙を流す。あの「大激怒、大説教」事件以来、僕の涙腺は完全に脆くなっていた。軽いPTSDにより、体質までもが変わってしまっていたのだ。

「博行。お前が本当に憧れているのは、俺なんだな」

「はい。そうです・・・」

 追い込んで突き落とし、限界一歩手前まで来たところで、ふっと優しさを見せる。この繰り返しにより揺さぶられた僕は、確実に折茂への洗脳度合いを深めていた。まだ本当に、折茂に憧れ、慕っていたわけではないが、「折茂劇場」に付き合うことへの抵抗はなくなっていた。レイプされ、抵抗を諦めた女性の心境といったらいいのか、「何かもう、どうでもいいや」という、諦めの境地に達していた。

「博行。これからはお前のことを、下の名前で呼ぼう」

 親族以外の人間から下の名前で呼ばれた経験は、覚えている限りない。人の名を苗字で呼ぶ傾向が強い日本においては、下の名前で呼び合うことは、強く親しみを感じさせる行為である。
「お前も、俺のことを下の名前で呼んでこいよ」

「え?いや・・・」

「なんだ?嫌なのか?なぜだ?」

 自分が他人に対して特別な思い入れを抱いた場合、相手にも自分に対し、同じレベルの感情を要求、いや強要する。そして、受け入れないと怒り出す。四か月間の付き合いで、折茂の性格をよく理解している僕は、必死に逃げ道を探す。

「いや・・・その・・・・恥ずかしいから・・・・」

「そうか。わかった。無理にとは言わない」

 案外あっさりと、折茂は僕が拒否するのを受け入れてくれた。恥ずかしいというのは本当の話だが、実際には、これまで友達を下の名前で呼んだ経験がまったくないわけではなく、下の名前で呼ぶこと自体が嫌なわけではない。ただ、折茂とはまだ、そこまで親しい仲ではないと判断しているだけの話である。

 ともあれ、これで折茂はまた、僕に優しくなった。悪化、改善、悪化、改善を繰り返す、僕と折茂の関係。飴と鞭を使い分ける折茂の揺さぶりにより、僕は折茂に洗脳されていく。
 
 一貫して優しいのならば、言うことはない。一貫して厳しいのならば、すぐに辞めてしまっていただろう。しかし、折茂は厳しい中に時折優しさを見せ、関係の改善を示唆してくるので辞めるに辞
められず、僕はずるずると居続けてしまった。

 折茂は意図して、飴と鞭を使い分け、僕を洗脳しようとしていたのだろうか。それとも、何の計算もなく、ただ感情の赴くまま怒り狂ったり、笑顔で赦したりしているのが、たまたま洗脳度を深める結果を生んでいるのだろうか。

 本人に聞いたわけではないので、はっきりとしたことはいえない。彼もまだ若かったし、百パーセント計算してやったことではなかったかもしれないが、彼が僕を「信者」にしようとしていたのは事実だから、意識の片隅にはあったかもしれない。百パーセントの計算もないが、百パーセント自然だったわけでもない。そんなところが、真実かもしれない。

 絶対に相容れることのない両者がいつまでも一緒にいたことによって生まれたのは、フィクションの世界のような逆転の友情劇などではなく、滑稽で異常な、カオスな関係であった。カオスの最果てに向かって、僕たちは突き進んでいく。

 一方、狭い保安室の外の世間では、とんでもないことが起こっていた。

 六月八日。秋葉原無差別殺傷事件が発生したのである。


 ☆         ☆       ☆


 六月八日、秋葉原無差別殺傷事件当日。この日、僕は明け番であった。初めて報道を見たときの感想はといえば、別に大したことはないというか、なんか凄いことが起きているなあ、というくらいのものだったと思う。

 しかし、それから数日が経ち、報道の中から、容疑者、加藤智大の人となりが明らかになるにつれ、この事件は他人事ではないと思うようになっていった。索漠とした孤独世界に生きていた彼の人生が、僕とあまりに似通っていたからである。

 一九八二年、青森県で生まれた加藤智大は、自動車関係の短大を卒業後、警備員、トラック運転手、自動車部品の製造派遣などの仕事を転々とした後、秋葉原の歩行者天国に二トントラックで突っ込み、ナイフで七人を殺害、二十人以上に重軽傷を負わせる事件を引き起こした。当時の報道では、小さい頃の母親の異常な躾、恋人ができないのを悩んでいたことなどが伝えられ、格差社会への恨みが、事件を引き起こす大きな動機であったとされていた。

 僕は加藤智大を自分と似ていると思いつつも、必死になって「自分はこの男とは違う」と、抵抗の意思を見せていたようにも思う。自分の人生には、まだ望みがあると思っていた。加藤智大のような結末だけは迎えないものと信じたかった。

 一方で、加藤智大が犯した行為については「やってくれた」と拍手喝采を送っていた。当時ネット上では、加藤智大を英雄視する意見が散見されたが、僕もそうした書き込みをした一人である。また、加藤智大を崇めるのと同時に、特定の被害者を貶めるような風潮もあったが、ぶっちゃけてしまうと僕もそちら側の空気の中にいた。

 加藤容疑者の気持ちがわかる。そんな書き込みに対して、「共感するなら被害者に共感しろ、バカ者」などという意見を書き込む者もいたが、僕に言わせればバカはそっちの方である。下層階級が上流階級の不幸を喜ぶのは、いつの時代も当然のことではないのか?まさか、現代社会が身分社会ではないと思っているのだろうか?

 こんな偽善的な書き込みもあった。

「被害者がお前の大事な家族、友人、恋人だったとしても、お前は加藤を支持できるのか?」

 何がおかしい、何が偽善かと思うかもしれないが、これは完全に偽善である。

 なにがおかしいかというのは、加藤智大に共感する層=大事な家族、友人、恋人がいない(少ない)者に、家族、友人、恋人が被害者になったときのことを想像させようとしていることだ。自分が家族、友人、恋人に恵まれているからといって、みんながみんなそうだと思っている。あたかも、加藤智大を支持する人々を、自分のことしか考えられないクズかのように言っておきながら、実は自分自身が、自分のことしか考えていないではないか。

 家族や友人、恋人がいない(少ない)孤独な人に、大切な人を思いやれなどというヤツは、自分が孤独な人のことを思いやっていないのである。そういう、相手の立場を考慮せず、相手の考えを一切認めようとしない姿勢は、まさしく犯罪者のものではないのか。

「遺族の前で、同じように加藤を讃えられるのか!」

 じゃあ、自分は遺族に会ったことがあるのだろうか。自分を格好よくみせるためだけに、遺族を利用しているだけではないのか。

 私小説の趣旨とは、当時の自分がどういうことを考えて生きていたかをできるだけ正確に書くことだと思うので、敢えて過激な表現も多用しているが、今現在の僕の考えを書けば、犯人を賞賛してみたり、被害者を掲示板で貶めてみたりするほどには冷静さを欠いてはいない。だが、他の人がそういう意見を述べることは自由だと思うし、それが悪いこととも思わない。犯罪を起こした人を叩く資格は一般人にもあるが、犯罪者に共感する人の人格までを叩くのは、ちょっと毒されてると思う。人には思想の自由があるのだ。

 と、ここまで、当時の僕がいかに加藤智大に共感したかを書いているが、当の加藤智大自身は、その後の裁判や手記において、事件の動機は報道されているような社会への恨みや人生への不満ではなく、掲示板に書いていたことは全部「ネタ」であり、本当の動機は、掲示板上の荒らしやなりすましに対抗するため、彼らに自分の苦痛をわからせるためだった、ということを言っている。

 確かに加藤の言う通り、事件を迅速に処理したい警察、検察、面白おかしく記事を書こうとするマスコミによって、事件の真実が歪められるということもあるのかもしれないが、かといって、僕は加藤の言い分を、百パーセント真に受けるつもりもない。

 加藤智大の手記「解」の内容はそれなりに筋が通っており、一つの完成した思考のロジックには一応なっている。ネット上で活動する者にとって、自分の掲示板を荒らされることがどれだけ不快であるかもわかる。しかし、本当にたったそれだけの動機で、人を七人も殺害するエネルギーが捻り出せるものだろうか?

 加藤は手記の中で、あまりに第三者的な目線で、事件を他人事のように振り返っているため、事件当時に彼の心の中に起こっていたはずである、マグマのように燃え盛る怒りが今一つ見えてこない。

 当初報道されていた、学歴や容姿のコンプレックスなどはまったくなかったとしており、自分の弱みは、ネタとして笑ってもらえるようなものはよく話しているのだが、読んでいるこちらの胸にも突き刺さってくるような痛切な話はほとんど語っていない。

 燃え盛る怒りも、どす黒いコンプレックスがなくても人を殺す、だから異常者なのだと決めつけるのは簡単だが、加藤の言い分を全面的に信じ、当初の報道内容をすべて切り捨ててしまうのも、僕には真実からかけ離れているように思える。加藤の手記を読んだだけでは、友人もごく普通におり、人として最低限の常識も弁えている加藤智大という「普通の男」が、何の恨みもない人を七人も殺す罪悪感をどうやって乗り越えたかの説明には、なっていないと思うのだ。

 当たり前の話だが、犯行の動機について、本人にとって不名誉になるような事実を、本人自らの口から言わなければいけない義務はない。酷いコンプレックスや、トラウマの中でも人に同情されにくい類のものなど、特にデリケートな話題になるほど口を閉ざすのは、犯罪者でない人も同じである。

 警察や検察が自分たちの都合がいいように事件のシナリオを書き換えるように、犯人も、自分が本当に触れられたくないことを隠すために、虚偽のシナリオを語るということもあるのではないか・・?

 特に秋葉原事件は、世間からの注目度が大きく、多くの人が、事件の動機に関心を寄せていた。これ以上、自分の心の中を土足で踏み荒らされるのを嫌がった加藤が、防波堤としての「結論」を出してしまった、ということは考えられないだろうか。

 掲示板上に書かれていたことは彼の本心、真実も含まれていた。だが、それをマスコミに取り上げられ、世間から自分の考えを批判され、わけのわからないオッサン、オバサンどもから説教されたり、うざいオタクどもから勝手に悲劇のヒーローに祭り上げられるのは我慢ならず、真実をぼかしたのではないか。

 真相は本人のみぞ知るとしかいえないが、僕の結論は、当初の報道、加藤の手記、どっちも本当で、どっちも嘘、といったところである。

 秋葉原事件は、当時の僕にとっても、他人事とは思えない事件であった。僕と加藤智大は似ている。それは自分で思っているだけではなく、僕の周囲の人間もまた、そう思っていた。

 僕と加藤智大を結びつけた折茂の、混沌の世界が幕を開けるのである。

 
    ☆      ☆       ☆         

 
 深夜二時前、本館巡回から帰ってきた折茂が放った衝撃の一言で、混沌の世界は幕を開けた。
「秋葉原事件が起きたとき、俺はお前がやったのかと思ったぞ」

 ふつう、人はそんなことを思っても、それを本人に直接は言わないものである。自分が犯罪者予備軍という自覚があっても、それを人から言われていい気になる人間など、一人もいないだろう。

「あの日の夜、俺は塩村さんや鳥居さんと話し合ったよ・・・。もしお前がああいう事件を起こしそうになったとき、歯止めになるのは誰か?ってことをな・・・。みんなは口々にこう言ったよ。歯止めになるのは、折茂さんだ、てな・・・」

 視線を虚空に向け、己に最高潮に酔った顔を見せつける折茂。聞いている僕の方が、空に飛んでいってしまいそうだった。

 人を犯罪者予備軍扱いするのは、自分に酔うため。折茂は、自分が歯止めになってやる、などと言うことで、僕が喜ぶと思っているようだが、とんでもない話である。僕にとっては、ただ犯罪者予備軍扱いされて、とてつもなく不愉快な思いをしただけなのだが、折茂に僕の気持ちはわからず、ただひたすら、犯罪者予備軍の津島を面倒見てやっている俺は凄い男であり、津島は俺に感謝すべきだ、と思い込んでいるのである。

「は?・・・・。そうですか」

 さすがに僕も不快さを隠せない表情を見せたのだが、それに対し、折茂は特に気にした様子はなく、そのときは意外にも、あっさり話は終わった。しかし、一日の勤務が終わったわけではない。僕の仮眠休憩が明け、朝になると、折茂はまた僕と加藤智大を結び付け、「犯罪者予備軍の津島を面倒見てやっている俺は凄い男で、津島は俺に感謝すべきだ」という理屈を僕に納得させようと、独りよがりな話をし始めたのである。

「実は昨日、職場以外の友達と飲む機会があってな。お前の話をしてみたんだよ。今、職場に、秋葉原の犯人に似ている後輩がいる、てな。それを聞いた友達はこう言ったよ。そんな奴は見捨ててしまえ、と。そんなヤツに関わっていると、お前がダメになる、と。俺は友達に言ってやったよ。俺は誰に何と言われようと、博行を見捨てない、とな」

 これを聞いて、僕は感動しなければならないのか?感動しない僕が悪いのか?そんなわけがあるか。

 折茂はどこまでも、自分のことしか考えられない人間だった。この男に、僕への思いやりなどは微塵もない。あるのは僕を利用して、自分を格好良く見せることだけである。

 僕のことを犯罪者予備軍扱いしてくるだけでは飽き足らず、「津島は犯罪者予備軍だ」と、関係ない奴にまで宣伝して回ったとはとんでもない話だが、それでも、百歩譲って、その見捨ててしまえといった友人に対し、「でも、津島にはこういういいところもあるんだぞ」と、フォローしてくれたという話しだったのなら、まだ納得できる。だが、折茂が実際にやったのは、僕の人格を全否定した上で、「津島みたいな犯罪者予備軍の面倒を見ている俺ってカッコいいだろ?」と、友人とやらの前で自己アピールをしたことだけではないか。

 おそらく折茂は、僕との関係を、昔のアメリカの、白人の主人と黒人奴隷の関係のように思っているのだろう。同じ人間としてみていないのである。そして、下等生物の僕は、僕自身もまた下等生物であることを自覚しており、人並みの自尊心などは一切ないと思っている。だから、その下等生物を人間扱いしようとしている折茂様には、無条件で感謝して当然だというとんでもない理屈になる。

「博行・・・俺はなにがあっても、お前を見捨てないからな。お前の居場所はここだ。もし、秋葉原の奴みたいにブチ切れそうになったときは、俺のところに電話をしてこいよ」

 折茂は、僕のリアクションが冷めていることにも構わず、しつこく、僕を混沌の折茂ワールドに導こうとする。何もかもが寒々しかった。

 折茂の言動、行動に、おそらく悪意は一切ないのだろう。だからこそタチが悪いのだ。相手にとっても良かれと思ってやっていることだから、自分のおかしさに気づけない。なまじ骨を折っているという自覚があるだけに、余計なお世話をされた相手が喜ばなければ、「俺がこんなにしてやってるのになんだ」と怒り出す。

 折茂という人の精神病理を専門的な言葉でいえば、「自己愛性人格障害」というものに当てはまるだろう。常に自己愛に餓え、自分のプライドは山よりも高いにも関わらず、他者のプライドは尊重できない。また他者に対して支配的で、他者を自分の色で染めなくては気が済まない。有名な犯罪者では、あのオウム真理教教祖、麻原彰晃などが、同じく自己愛性人格障害の疑いが強いと言われている。

 自分のことしか考えられない自己愛性人格障害者の折茂は、秋葉原無差別殺傷事件という、多くの命が失われた惨劇すら利用し、くだらない自己愛を満たそうとしてきたのである。

 もしかしたら、本人も自分がおかしなことを言っている自覚が少しはあったのか、そのときは僕のリアクションが薄くても、特に怒り出すことはなかったが、やはり不満はあったらしい。預かりものを、鍵を取りに来た社員に渡すのを忘れてしまったという(後でこちらから足を運んで届けにいけばいいだけのことである)細かいミスを一々取り上げ、仮眠時間を削って一時間近くもネチネチと説教されたのは、翌日のことだった。


   ☆       ☆        ☆        


 先述の一件で、僕の心はまた冷め気味になっていたのだが、六月度の勤務においては、折茂の僕への態度は概ね優しかった。何はともあれ、「津島くんの憧れの人」にはすでに選ばれたという余裕が、折茂を穏やかにしていた。

 そうして、折茂と僕の仲が好転(あくまで、表向きのことである)した機会を逃すまじと、今後その関係を永続的なものとしようと奔走し始める人がいた。‘元‘「津島くんの憧れの人」、塩村である。

 塩村は塩村なりに、僕が折茂に辛くあたられることに心を痛めていた。自分が教育係を務めたこともあり、僕のことは可愛がってくれていたし、また、かつて前任の阿川隊員が警備隊を去ってしまったときに陥った、休みが取れない状況を繰り返したくもなかったのだろう。彼は折茂が僕に辛くあたる原因が「嫉妬」にあることがわかってからは(僕は別に塩村に憧れているわけでもない。折茂が勝手にそう思い込んでいただけである)、自らは一歩引き、なるべく折茂の方に僕の気持ちを向けさせる道を選んだ。

 その、「津島くんと折茂くんをくっつける大作戦」の方法がまた独特というか、塩村らしいやり方だったのだが、これが僕にとっては、あらぬ災難を巻き起こしてしまう。

「津島は折茂に恋をしてるんだろ?」

「おい、憧れの折茂先輩だぞ!告白しちゃえよ」

 塩村は、僕が同性愛として折茂が好きだ、という設定をネタとして作り、僕と折茂を冷やかしはじめたのである。

 誰がどう見てもネタとわかる行為。普通なら適当に合わせてやり、本気では取り合わないところであるが、なんと折茂は、これを真に受けてしまうのである。

「彼女に、お前が俺を好きだという話をしたら、嫉妬していたぞ」

「俺もお前を、男と女の中間くらいに見ているぞ(意味不明である)」

 折茂はどこまでも、人を百かゼロでしか見られない男だった。好きか嫌いか、正しいか間違っているか。どっちに振れるにしても極端なのである。一度でも好もしいと思えば、「憧れの人」「生涯の目標」果ては「ケツを貸してもいい」までいくことを求めてくるし、一度でも嫌いになれば、殺す勢いで潰しにかかる。

 折茂の一本気な性格は、昔の武士やヤクザの世界ならば成功に繋がっただろう。しかし、現代の日本社会では、必ずしもいい方向に働くとは言い難い。あまりにド真剣するぎあまり、軽いジョークが理解できず、何でも真に受けてしまう。つかず離れず、ちょうどいい塩梅の距離感を維持できないのである。

「塩村さん・・ちょっとマジで、勘弁してくださいよ・・・」

 さすがにこんな事態となっては、もうシャレでは済まない。

「なーに言ってんだよ。お前が憧れの折茂先輩とくっつけるように、俺がキューピッドになってやってるんじゃねえか」

 塩村はどこまでも人がいい、性善説の信奉者だった。人を悪意のフィルターを通してみるということを知らない。だから、折茂が腹に抱える底知れぬドス黒さが見えない。もっとも、だからこそ、僕のような、折茂とは別の意味で闇の深い人間とも仲良くできる、ともいえるかもしれないが。

「博行。お前が塩村さんに茶化すのをやめろというのは、それだけ真剣に俺に恋をしているからじゃないのか?」

 まったく歪んだ解釈をしてくれるものであるが、折茂が塩村の茶化しをネタではなくマジに受け取ろうとするのは、一本気な性格以外にも、どうやらもう一つ理由がありそうだった。

「博行。お前は俺の前に立つと、首を竦めたり、喋るときどもったりするが、それは好きな人の前に立った緊張から、そんな風になってしまうんじゃないか?そうだろ?」

 僕は折茂と直に接するとき、植え付けられた恐怖から、無意識に、折茂が言うような変な挙動を取ってしまっていたのだが、どうやら折茂は、それを自分への恐怖から出たものと認めたくないがために、恋愛感情から照れている、などという解釈に逃げ込もうとしていたようなのである。

 自分で僕に恐怖を植え付けておいて勝手なものだが、折茂としては、普段怒っているからといって、僕から「怖い人」と思われたいわけではない、むしろ本人はそれを気にしているようであった。だったら折茂が僕を怒らなければすべては解決する、という話なのだが、「わかっていてもやってしまう」ということであろう。

 秋葉原事件についての一件もあわせて、この時期の僕は、また折茂に対しては嫌悪の方向に針が触れ始めていた。どう頑張っても、彼と僕の関係は安定しない。絶対にうまくいかない星の下に生まれたとしか言いようがないほど、いい関係になっていかないのである。

 塩村のネタのせいで、まったくいい迷惑をしたが、彼のことを嫌いになったわけではない。おかしいのは、どう考えても冗談なのを真に受ける折茂だ。この時期、塩村は伊勢佐木屋とはまた別の現場で警備業務を行うこともあったのだが、僕が公休のとき、そこに食事を差し入れになど行ったこともある。

 そこまでしたのは、塩村が別の現場に流出してしまうのを阻止するためだった。なんだかんだといって、頼りになるのは塩村だけなのである。鳥居はダメだ。僕を悪く見ているのではないのかもしれないが、以前、何のことはない発言を変な伝え方をされ、折茂に激怒された恨みが忘れられない。塩村がいなくなってしまったら、僕はもう伊勢佐木屋警備隊ではやっていけない。

 とっとと辞めてしまえばそんな苦労もなくなるものを、ここしかないと縋り付いてしまったあたり、僕もおかしくなっていた。折茂が言う「ここでやめたら根性なし」「どこいっても通用しない」などといった言葉に縛られていたこと・・・実際に仕事は楽で、その点は捨てがたかったこと・・・あるいは惰性。
 色々あるが、この辛い状況に、ようやく神は救いの手を差し伸べた。

 伊勢佐木屋の店舗自体が、十月で閉店することが通達されたのである

   ☆          ☆        ☆         

 報せを受けた日は、塩村との勤務であった。

「まさか、こんなことになるとは・・・意外でしたね」

「前々から噂はあったらしいけどな・・。俺らはいいけど、社員の人たちは動揺しているだろうな」

 これよりしばらく後だが、年配の社員の自殺騒ぎが起きる。正社員については、全員何らかの形で雇用は確保されていたらしいのだが、例外もあったのだろうか。会社に残れたとしても、酷い条件だったのだろうか。詳しいことはわからない。

 この決定では多くの人がダメージを受けたようだが、僕はといえば、はっきりいって嬉しかった。辛い状況でも、終わりが見えると精神的に楽になるものである。運命に感謝していた。

「あと四か月弱で、僕らも引き上げるんですか?」

「しばらくは残務整理だのがあるだろうから、営業が終了しても、それからもう一か月くらいはやるんじゃないか?でも閉店した後は、仕事はぐっと楽になるだろうな」

 泣いても笑っても、あと半年ほどで全てに終止符が打たれる。折茂と離れることができるのである。
「博行。伊勢佐木屋が閉店したとしても、俺とお前の関係は終わらないからな」

 当の折茂はそんな恐ろしいことを言っていたが、もし本当に仕事の関わりがなくなった後も付きまとわれるようなことになれば、そのときはそのときで対策を考えるまでである。状況が好転したことには変わりはない。

「博行。お前と仕事で関わるのはあと少しだが、その間に俺は、絶対にお前を一人前の存在にしてみせるからな」

 ただ一つ厄介だったのは、終わりが近づいてきたことで、折茂の中に、僕の「人生の師」などという、迷惑な自覚が強固になってしまったことであった。僕に尊敬されていると思い込んでいる折茂は、このときから僕への干渉度合を一層強めていったのだ。

「博行。お前は暗黒や暴力系の小説などが好きなようだが、そういうのは変な影響を受けるからよくないぞ。読むにしても、人前で堂々と読むな。人によってはドン引きされるぞ」

 大きなお世話、ここに極まれりである。暗黒物の小説などを受け付けないのは勝手だが、それを読んでいる人の人格まで否定するのは、そちらの方が毒されているという話であろう。人が好きで読んでいる物を批判して、「明るく楽しく前向きになる作品を見ろ!」などと押し付ける行為こそ、暗黒ではないのか?

 等身大の己の器と向き合えない折茂は、自分を「人に影響を与えられる、凄い男」などと過大評価し、僕を育てようとする。趣味のことにまで干渉する折茂は、仕事でも毎日のように、僕を怒鳴った。 彼に言わせれば、それは「愛のムチ」ということである。僕には、自分が我慢できずに怒ってるだけなのを正当化しているだけにしか聞こえなかったが、まあこれに関しては、仕方ない部分もある。 

 ADHDを抱える僕は、実に多くのミスを繰り返した。わかりやすいように机のど真ん中に貼ってあったメモを見落として、従業員に鍵を渡しそびれる。施錠忘れを探すための巡回で、自分が扉の施錠を忘れて、翌朝従業員に指摘される・・・。

 警備員の仕事は楽である。しかし、楽な故に無能な僕でも出来そうな仕事と思うのは単純であった。物の管理が多く、しかも大事な鍵を扱う警備員は、むしろ僕には向いていなかったといえるかもしれない。もっとも、ADHDが向いている仕事など、この世にはただの一つも存在しないのだが・・。

 折茂ばかりを批判しているようだが、僕も僕で、彼に仕事の面で迷惑をかけていた事実は否定できない。ただ、それでもやはり、折茂は「やりすぎ」だったと思う。

 その時期、僕が仮眠時間に寝坊してしまったときのことである。

「なに寝坊してんだ!自己管理がなってないじゃないか!」

 朝っぱらからそんなに怒るくらいなら、起こしてくれればいいだけではないか。もし寝坊したのが塩村や鳥居だったら、笑って起こして、それで終わりだったはずである。これでは、僕を怒るネタを作るために、あえて起こさなかったようなものではないか。

「別に俺が早く寝たいってわけじゃない!お前がしっかりできてないことについて怒ってるんだ!」

 取り繕えば取り繕うほど、本音はバレバレなのである。

 本当は早く寝たい。だが、だからといって起こすのは、下の者を休ませ、自分が負担を負うという折茂の美学に反する。「折茂さんに憧れている」僕の前では、なおさらそんなマネはできない。しかし確実に疲労はしてイライラするから、怒鳴るということになる。

 そして、僕は怒鳴りつけられると涙を流してしまうわけだが、折茂の方はそれをただ、僕が「子供っぽいから」としか思っていなかった。

 とんでもない話である。むしろ子供のころの僕は、泣かない方だったのだ。泣くようになったのは、折茂に二時間も狭い保安室の中に軟禁され、説教をされたことで、深刻な精神的外傷を負ってしまったからである。男一人が泣くということの重みを、まるで考えようとしない男であった。

 すべての現象を自分にとって都合のいいように解釈する折茂は、この時期僕の体重が増加していたことすら、「折茂との関係が好転したことによる幸せ太り」などと思っていたらしい。実際には、不規則な生活と折茂のせいで負ったストレスが主原因である。 

 数々のミスを犯していながら、こういう風に折茂を悪く書けるのは、ここまでの僕のミスは、全部「しょうもないこと」であったからである。ミスの重さにしては、折茂の叱責が厳しすぎるから、僕には折茂を批判する権利があった。

 しかし、僕はついにやってしまったのである。折茂に文句をいえない、絶対に言い訳できない、大変なミスを起こしてしまった。

 七月の終わり――。湿度高い夜の事務館内で、僕は生死の境を彷徨うことになる。
 

完成版私小説 愛獣 3


             

 その異様な雰囲気は、着替えのため待機室に入った、その瞬間からわかった。

「おはようございます」

「・・・・」

 射抜くような目でこちらを睨みつけただけで、折茂は僕の挨拶を無視したのである。勿論こんなことは、僕が入ってから初めてのことだ。

 聞こえなかったのだろうか?いや、だとしても、向こうから挨拶をしてくるはず。大体、この異様に張り詰めた空気、いや殺気はなんだ?

「・・・お前、今日からはもう甘やかさないからな」

 まったくわけがわからず、ただ緊張して黙っていると、着替えを終えた折茂が、僕を鋭い目で睨み付け、低い声でそう言った。甘やかさないといわれても、さっぱりわけがわからない。

「ちょっと来い」

 言われるがまま付いていくと、折茂はデスクの中から、警備日誌の束を取り出し、僕に見せてきた


「ここ、ここ、ここ!記入漏れが三点!お前、こんなもん、よく提出できたな!」

 通路にまで響き渡る大声で、折茂が僕を怒鳴りつけてきた。

「あとこれ!ハンコの押し忘れ!それと、この間の手荷物確認のとき、元保安の村田さんが、手荷物確認をちゃんとやってないって、お前のこと名指しでクレームつけてきたぞ!」

「は・・え・・・は・・」

 今まで見たこともないような折茂の剣幕に、僕はたじろぐことしかできなかった。保安室で勤務中の日勤隊の戸叶隊長、港らも、ドン引きするほどの勢いである。こんな折茂は見たことがなかったし、僕の人生の中でもこれほど激しく怒鳴られるのは、十九歳のときにやった、悪名高い佐川急便の仕分けバイト以来のことだった。

「・・・もうこんな時間か。説教は後でたっぷりしてやる。とりあえず、タバコを吸いに行くぞ」

 毎日の習慣である、業務開始前のタバコに二人で向かったのだが、手が震えて、うまくタバコに火をつけることもできない。ようやく火がついても、味はまったくわからなかった。

 そして業務が開始されたのだが、折茂の怒りのマグマは冷却されることを知らず、僕は細かいミスをしては怒鳴られ、もたもたしては怒鳴られた。狭い保安室の中は戦場さながらで、まったく生きた心地がしなかったものである。

 巡回に受付・・いつまた怒鳴られるかと、針の筵に座った気持ちになりながら、なんとか夜間の業務をこなして、仮眠休憩の時間となった。しかし、折茂には、すぐに僕を寝かせるつもりはなかった。業務開始前の宣言通り、お説教タイムが始まったのである。

「三名体制最後の日に、部長が巡察にきたとき言ってたぞ!津島は本当に大丈夫なのか?とな!」

 立場が上の人の名前を持ち出して、僕がいかにみんなから頼りなげに見えているかということを強調しようとする。昨晩、塩村に褒められて上がっていたテンションは、もう完全にゼロになっていた。

 やはり僕は、みんなから無能視されていたのか?味方は塩村だけだったのか?頭の中で不安を増殖させる僕に、折茂は、イジメによって職場を去った前任の隊員、阿川の話を出してきた。

「お前の前に勤めていた、阿川もだらしない奴でな。何度言っても直らないから、毎日のように怒鳴ってたよ。このクリップボード、へこんでいるのが気になったことはないか?これはな、俺が阿川の頭をぶん殴ったときに出来たもんだ。」

 折茂は阿川に対する暴力行為を、恥じることもなく堂々と言ってのけたのである。お前にも、同じようにやってやろうか。状況からして、そう言われているのも同然であろう。

 自分が正しいと思ったことなら、それが犯罪行為であっても平然とやってのける――そんな自分に酔っている。まさにヤクザである。

「その件があってからしばらくして、現任研修で一緒になったとき、阿川は俺にこう言ってきたんだ。心を入れ替え、やり直します、とな。俺はそれを聞いて、阿川を許したよ。これからのお前に期待すると言ってやったよ。だが、その翌日、アイツはバックレた。何があったと思う?」

「さあ・・・わかりません」

「お前と同じ、日誌の記入ミスをした阿川を、ちょうど今と同じ時間帯に、戸叶のバカがネチネチと追い詰めてな。仮眠休憩も取らせずに日誌の書き直しを命じ、朝になると、阿川には一切仕事をやらせず、通用口前で、まったく無意味な立哨警備をずっとやらせていたそうだ。阿川がやる巡回は、全部鳥居さんにやらせてな。その件があった日に、阿川はいきなりバックレたんだよ」

 自分の意志でサボるのはいい。しかし、やろうと思っている仕事をやらせてもらえないのは、精神的にダメージが大きい行為である。戸叶のやったことは、けして許されることではない。

が・・問題は、折茂にそれを責める資格があるのか?ということである。折茂は戸叶をスケープゴートに仕立てて、自分の罪は棚に上げているだけではないのか。偉そうなことを言っているが、彼のやっていることは、ただの保身ではないのか。

 結局、折茂の説教は一時間にも及んだ。シフト表に明記してある仮眠時間を、タダで奪われたのである。それが終わってようやく仮眠休憩に入ることができたのだが、身も心もヘトヘトであった。すぐにぐっすりと眠りについた。

 そして朝を迎えたのだが、驚くべきことに折茂のこの厳しい態度は、なんと、朝九時に下番するまで、十四時間延々と続けられた。

 二十歳の、まだ社会経験も未熟な若者が、畳でいえば六畳程度の狭い部屋の中、副隊長という立場の上司から、十四時間にもわたって怒鳴られ続け、プレッシャーに晒され続けたストレスは、生半可ではなかった。折茂は僕が小さなミスをしたり、モタモタするたびに、まるで大犯罪でも起こしたかのように怒鳴ってきたのだが、そんな風に頭ごなしに、恐怖で押さえつけるようなことをされれば、脳も身体も委縮して、余計に仕事ができなくなってしまうというものだ。

 今でも学校の運動部などでよく見かける光景だが、「怒る」という行為は、「悪いことをした」人には必要でも、「できない」人にするのは、まったくの逆効果ではないか。百歩譲って練習のときは緊張感を保つためにいいとしても、試合のときまで選手を怒鳴り散らすのは、委縮して思い切ったプレーができなくなるだけで、いいことは何もないだろう。仕事でも同じである。正当な理由もないのに怒鳴りまくるのは、上の者のストレス発散にしかならない行為でしかないはずだ。

 地獄のような一日が終わったが、しかし、僕はまったく解放された気がしなかった。翌日の勤務も、僕は折茂と一緒だったのである。

     ☆      ☆        ☆            

  翌日の勤務でも、折茂の怒りは続いた。この男、二日連続に渡って、このスタイルを続ける気のようである。

「何モタモタしてんだ!外商の木塚さんが来たらこの鍵を渡すって、ちゃんと教えただろ!」

「お前、なんで退館者からバッジを回収し忘れてるんだ!作り直すのが手間になるだろ!」

 かつて、教育係の先輩隊員、塩村は、警備員はサービス業であり、愛想と丁寧な応対こそが一番である、と、僕に教えてくれた。しかし、塩村より上の立場に君臨する副隊長の折茂がやっているのは、下の隊員を怒鳴り散らし、精神的肉体的に委縮させることである。

 上の立場の者から常に高圧的な態度でプレッシャーをかけられ、ストレスまみれにされて、それで「明るい笑顔の応対」など、できるものだろうか。これで折茂が、「お客さんには笑顔で接しろ!!!」などと怒鳴ってきたらギャグになったのだが、さすがにそれはなかった。

 A番が本館巡回に出ている時間帯――束の間の、安らぎの時間。折茂の豹変具合に納得がいかない僕は、なぜ自分がこれほどまでの理不尽なプレッシャーに晒されなければならなくなったのか、その理由を考えてみた。

 折茂本人が言うのは、僕に「やる気がみられない」ということである。別に間違いではないし、凡ミスが多かったのは事実だから、確かにそう思われても仕方がなかったかもしれない。だが、もし部下の気を引き締めるだけが目的ならば、仕事の前にでも、一発ビシッと言うだけでよかったはずである。二日間にも渡って怒鳴り散らし、挙句、暴力をチラつかせて脅すなどというのは明らかなやり過ぎだ。


 折茂が僕を育てるために、あえて厳しくしているという言い分は信じられない。大体、いくらヒステリーな人でも、ただ指導のためという理由だけで、二日間も人を怒鳴り続けるなどというエネルギーは中々わかないものである。折茂が僕に厳しくするのは、僕という人間が嫌いだからではないか、としか思えない。「敵」を追い詰めるためなら、人間は無限のエネルギーが湧くものだ。 

 だが、折茂が僕を嫌う理由となると、これがまた見当がつかない。確かに僕と折茂の性格は水と油ほども違うが、仕事上のコミュニケーションに限れば、何の問題もなかったはずだ。何か失礼なことを言ってしまった、という記憶もない。実際、今まではうまくいっていたのである。

 なかなか結論が出ないまま頭を悩ませていると、突然、廊下から激しい物音が聞こえた。何かと思って見に行こうとすると、受付の前を全力疾走する人影が――。

 折茂であった。修羅の形相をした折茂が、保安室の前を猛ダッシュで横切り、その勢いのまま通用口の鉄扉を開けると、外に飛び出していったのである。

 呆然としたまま保安室で待機していると、二分ほど経って、折茂が息を切らせながら戻ってきた。

「本館の屋上を巡回中、事務館の駐車場に、二人の男が侵入するのが見えた。急いで現場に行ってみたが、逃げられた後だったみたいだ」

 どうやらそれが、深夜のスーパーダッシュの理由だったらしい。報告を終えると、折茂は中断していた巡回へと戻っていった。

 一度は納得した僕であったが、トイレのために廊下に出たとき、先ほどの折茂の行動に疑問を感じるようになった。

 折茂が廊下をダッシュする際に生じた大きな音の正体は、トイレの入り口にある、バケツを蹴飛ばしたものであることがわかった。位置が大きく変わり、横向きに転がっていたからである。

 しかし、だとするとどうも変なのである。トイレは、本館巡回の際に使われる職員用エレベーターの向かい側にあるのだが、エレベーターとトイレの距離は、ざっと四メートルほどはある。エレベーターから見て右側奥にある通用口の鉄扉に最短距離で行こうと思ったなら、トイレの入り口にあるバケツをわざわざ蹴飛ばすというのは、かなり不自然な行動なのである。

 一つの仮説が浮かぶ。折茂は、自分の行為を、僕に強く印象付けるために、わざと大きな音を鳴らしたのではなかったか。 

 それは、こういうことである。折茂は、不審者を注意するために、全力疾走していち早く現場に向かおうとしている自分を恰好いいと思った。僕の価値観では、その感覚はよくわからないのだが、とにかく折茂はそう思った。そして、そんな恰好いい自分を見て欲しくて、大きな音を鳴らしてこちらに注意を向けたのではないか。

 実際に本人からそう聞いたわけではなく、あくまで、折茂のナルシストという性格を考慮しての、僕の推理である。だからまったく見当外れかもしれないが、確実にいえるのは、事務館の駐車場には、とくに高額な商品が置いてあるわけでもなく、持ち運び困難な食材類が、厳重な施錠でもって冷蔵庫に入れられているのみ――つまり、不審な人物の侵入があったとしても、そんなに大騒ぎする必要はなく、ゆっくりと落ち着いて対処すればそれでよかった、ということだけだ。

 この、折茂の「ナルシスト」という性格、そしてそういう人の思考パターンを当てはめていけば、この二日間、折茂が異常に僕に厳しかった理由も説明できる。

 ポイントとなるのは、困難が予想された二名体制での勤務は、実際には思ったより楽だった、ということである。細かいミスを繰り返しておいて言うのもなんだが、二名体制によって業務が変わったといっても、実際には、それほど大変になったという感じはなかった。

 警備という仕事はサラリーマンとは違って、物騒な事件が起きたときに備えるための仕事だから、あまり効率重視で人数を絞るというのも問題なのだが、それはさておき、何もトラブルがなければ――通常業務をこなす分には、三名が二名になったからといって、大きな支障があったということは絶対にない。断言できる。新人の僕が余裕を感じているくらいだから、自分で、自分は仕事ができるなどと豪語するほどの折茂にとっては、それこそ何でもなかったはずだ。

 大変だと予想された仕事が、思ったより楽だったとき、普通の人はそれを喜ぶだろう。だが、折茂にとっては都合が悪い。折茂は以前、四十日間連続勤務を達成したことや、国道の現場で、社内の語り草となる仕事をやってのけたことを自慢していたことがある。彼は、「困難な仕事をこなすことをカッコいいと思う」価値観の持ち主なのである。そんな男にとっては、仕事が楽では、アピールするチャンスが失われてしまうということで、逆に困りものなのである。

 そこで折茂は、その「思ったより楽だった」二名体制を、「やっぱり大変だった」ことにしようとした。本当は楽勝の仕事を、いかにも大変なことをやっているように見せかけるために、二日間も続けて僕に怒鳴り散らしてきたり、過去の暴力行為を暴露するなどといったこともして、ピリピリした態度で、保安室の雰囲気を無駄に緊張させていたのだ。

 かつてプロ野球のミスター長嶋さんは、お客に魅せるために、何でもないゴロを難しいゴロに見せる工夫をしていたというが、折茂のやっていることは、それと似ている。問題は、プロ野球ならともかく、警備が他人から大変に見られたところで何の意味もなく、一緒に働いている者にとっては大迷惑である、ということだ。

 折茂との勤務は、僕にとっては地獄でしかなかった。だが、明けない夜はない。朝を迎え、残りの勤務を歯を食いしばって堪えて、九時〇〇分、ようやく下番のときを迎えることができた。

 二名体制として初めての勤務、ただでさえ慣れない中、異常なパートナーと、異常な雰囲気の中で働き続け、身も心も疲労困憊していた。よく耐えたものだと自分を褒めたかった。 

「お疲れさん。初めての二名体制はどうだった?」

 待機室で着替えながら、折茂との会話である。勤務開始前、挨拶をしたときは返事をしてくれなかった折茂だが、一応、終わったときは労ってくれるようである。

「ええ、まあ・・・。やってやれないことはなさそうですが・・」

「そうか。この二日間、厳しくされて、お前も嫌になっただろうが、安心しろ。明日からはお前の希望通り、塩村さんとのペアを中心にシフトを組んでおいたからな」

「・・?希望、って・・?」

 僕には、折茂が何を言っているのかわからなかった。折茂に、塩村と組ませてくれ、などと頼んだ覚えは一回もない。

「お前、言ってただろ。塩村さんを目標に頑張ります、と」

 思い出した。先月までの三名体制時代、最後に折茂と一緒に仕事に入った日、彼に西館の受付業務の指導を受けたとき、彼が突然言ってきた言葉である。

――お前がこれから仕事をうまくなるためには、誰か一人、目標にする人物を決めた方がいい。その人の仕事ぶり、仕事のスタイルを徹底的に観察して真似をする。それが、上達の一番の早道だ。

――お前は誰を目標にする?お前はこの現場で、誰が一番仕事ができると思う?

 彼の問いに対し、僕は教育係の塩村の名を答えた。僕に一から仕事を教えてくれたのは彼であり、ポジションも同じ。折茂を差し置いて彼の名前を出しても、角は立たないだろうと思っていた。

 それが、違っていたのではないか。折茂はいつまでも根に持っていたのではないか。「津島くんの憧れの人物」に、己を指名してもらえなかったことを、水あめと納豆をぐじぐじとこねくり回したような執念と嫉妬心でもって根に持ち続け、僕をイジメようとしていたのではないか。

 嫉妬深さという性質に関しては、僕もそれを強く持っていると自覚している。自覚しているからこそ安全なのだ。人に迷惑をかけないように、出来得る限り嫉妬を感じる場面に直面しないよう、気を付けることができる。自分の心の闇と向かい合えていれば、少なくとも自分に対しては、自分を偽装しなくて済む。

 しかし、折茂が嫉妬深さを自覚している様子はなかった。彼が常々売りにしているのは、自分が休まず、下の者に休憩を取らせるような「漢の中の漢」ということである。本人は嫉妬とは正反対の、器の大きい、また竹を割ったようにさっぱりとした性格のつもりでいるのだ。

 自分の中の闇と向かい合うことができない人間は、自分自身に対しても、自分を偽装して生きていかなければならない。それでは余計にストレスがたまる。たまったストレスは、どこかで爆発させなければならない。たとえば、自分が嫉妬深さを感じるハメになった、その原因の人間をイジメるという行為によって・・・。

「そ、それじゃあ・・失礼します」

 思い込みであってほしかった。自分自身が嫉妬深い僕だが、自分を手に入れられないことで嫉妬する人物がいるなどは、想像したくもない。若い女性なら大歓迎だが、男では不気味でしかない


「・・・そうか。塩村さんとは一緒に帰るが、こんな怖い俺とは一緒に帰りたくないか」

 先に着替えを終え、帰ろうとした僕に、折茂が口だけで笑って言う。駅までの距離は、たかだか歩いて五分程度である。それを一緒に帰らないだけで、不満をあらわにするとは・・・女子中学生か?

「いいよ。お疲れさん」

「お疲れ様です・・」

 とにもかくにも、地獄のような二日間は終わったのである。これ以上、深くは考えないことにした。
 青い空、暖かな陽射し――。張り詰めていた心が、一気に弛緩する。二日間、家に帰ってもその気になれずに溜まっていたものを抜きに、僕は川崎へと向かった。


 ☆          ☆       ☆

 折茂は僕のシフトを、塩村とのペアを中心に組むと言ったが、さしあたって次の勤務は、僕のC番のインターンだった。土曜日と日曜日、競馬の開催日限定のポジションである。

 C番の上番時刻は二十一時半で、A、Bより三時間遅い。巡回の負担もA,Bに比べると遙かに少なく、それでいて仮眠時間はA,Bと同じ三時間あり、実働は八時間。しかも、そのうち半分以上は暇な時間で、本当に仕事をしているのは四時間程度と、まさにご褒美のようなポジションと言える。

 これで日給一万一千円が手に入るのだから、本来ならウキウキで仕事に臨むところなのだが、僕のテンションはさっぱり上がらなかった。この日のA番は、折茂だったからである。

「お・・はようございます」

「おーっす」

 手を上げて挨拶を返してくれた塩村に対し、折茂はムスッとした表情で、軽く頷いただけ。挨拶もロクに返してくれなかったのである。そして・・。

「お前、またミスしたな!前の勤務で、鍵授受簿にハンコ押し忘れただろ!何やってんだ!」

 取るに足らないミスを、さも警備隊の存続にかかわるかのような重大事件のように激しく怒るのである。

 折茂と僕の関係が悪化したことについては、塩村もすでに聞き及んでいるところらしく、0時を回って、折茂が本館巡回に出たとき、僕に心配の声をかけてくれた。

「まあ、あんまりマジに受け取るなよ。アイツなりに、お前を鍛えようとしているだけだからよ」

 果たしてそうだろうか。あの怒り方は尋常じゃないと思う。僕にはどうしても、個人的な嫌悪の現れとしか思えない。

「・・・やっぱり、怖いか?」

「・・・はい」

 塩村の問いかけに、僕は正直な気持ちを答えた。まだ、パワハラやブラック企業という言葉の認知度がそれほど高くなかった時代であるが、折茂の態度が異常であることは、どう見ても明らかだ。はっきり言って、一緒には働きたくなかった。

 この辺りではっきり書くが、僕が作品の冒頭から述べていた「魔物」とは、折茂のことである。僕は「魔物」のせいで、伊勢佐木屋警備隊の現場には既存の隊員が来ないと書いていたが、折茂や同僚たちが言っていたのは、「戸叶のせいで人が来ない」ということであった。しかし僕は、実際には、折茂がいるせいで伊勢佐木屋警備隊に行くのをためらった人も相当数いたのではないかと思っている。

 折茂が嫌いであると、はっきりと口に出していた人は誰もいなかったのだが、だからこそタチが悪いのだ。戸叶のように、みんなと悪口を言い合える人であれば少しは発散できるが、折茂の場合、なまじ周囲の評判がいいだけに、自分の中だけで抱え込まなくてはならない。余計にストレスが溜まってしまうのだ。

 怖い人がいて、嫌な思いをして――。しかし僕には、伊勢佐木屋警備隊を辞めるという考えは、この時点ではまだなかった。

 楽な仕事でいい給料を貰えたからである。長く勤めたところで給料も上がらず、将来ステップアップするためのスキルも獲得できない非正規の仕事で大事なのは、給料に対してどれだけ楽ができるか、ただそれだけだ。その点、伊勢佐木屋警備の仕事は合格であった。時給にすると千円を割ってしまうほど賃金は安いのだが、業務内容からすればお釣りが来ると感じるレベルなのである。楽して稼ぐ味を知ってしまったら、飲食や清掃など、3Kの仕事などもうできない。

 また、人間関係だって、けして崩壊しているわけではなかった。嫌なのは折茂だけで、他の同僚との関係は概ね良好なのである。前任の阿川のように、極限まで追い詰められている、というわけではない。少なくとも、塩村のように、気にしてくれている人はいる。

 それに、当時まだ世間を知らない、若干二十歳のウブな青年であった僕は、「ここで辞めたら根性なしだ。どこに行っても通用しない。頑張らなきゃ」などと、無邪気に思ってしまうような、可愛らしいところもあった。それは、苦痛の根源である折茂本人から言われていたことなのだが、「世間はこんなものだ。どこに行っても厳しい人はいるのだ。耐えて、根性をつけないとダメだ」などと、折茂の、ただの自己正当化をまともに受け止めて、見事に洗脳されてしまっていたのである。

 折茂の厳しい態度に泣き言を言うのは情けないことである」と思っていた。下の者に暴力を振るうような性格破綻者のパワハラを、決定的におかしいことであるとは感じていなかったのである。

 この時点でも十分追い詰められていたが、客観的冷静に状況をみれば、ここで辞めるのは勿体ない、まだ様子を見るべきだ、と判断できる段階ではあった。今より下はないだろう。ここからは上がっていくだけだ。などと、ポジティブに考えてしまったせいで、更なる深みへと、ズブズブと嵌ってしまったのである。

 C番のインターンについては、メインである西館の点検巡回以外は覚えることも多くはなく、朝の五時から始まる西館受付業務では折茂とも会わずに済み、気楽な時間を過ごした。ただ、唯一閉口したのは、西館隊の田丸が、業務終了後も、僕と、教官役の鳥居を捕まえ、長話に及んだことである。

「今度、そっちの日勤で入った新人の二人、俺のところに挨拶もこないじゃないか。隊長の戸叶はどういう教育をしているんだ、まったく・・」

 夜勤隊ならともかく、日勤帯は業務上西館隊との関わりもないのだが、自分のところに顔を見せないのが不満で仕方ないという。

「大体、部長の大島も・・・」

 話は次々に飛び、ほとんどすべてが、会社の人間に対する不満だったのだが、そのどれもが、死活問題でも何でもない下らないことで、今となってはまったく覚えていない。この田丸の長話、どうやら昔からよくあることらしく、慣れっこの鳥居は平然と対応していたのだが、僕にはたまったものではなかった。

「あ。津島君は、明日も勤務があるから、もう帰りな」

 鳥居が機転を利かせてくれたお蔭で、僕は十五分ほど捕まっていただけで帰れたのだが、鳥居はこの後、四十分近く解放されなかったらしい。まさしく不当な拘束である。

 日勤隊の戸叶に終了報告をし、待機室に入ってみると、折茂が着替えをしていた。保安室よりもさらに狭隘な空間で、空気が張り詰める。

「お。お疲れ様です・・・」

「塩村さんから聞いたよ。お前、俺のこと怖いんだってな」

 折茂の第一声が、僕の背筋を凍らせた。

「いや・・・」

「いいよ。別に、責めているわけじゃない。お前が怖いというなら、仕方がない。だが、俺は自分の方針を変えるつもりはない。俺を手本にしろとも言わない。だからお前は、これから俺と勤務に入るときは、テストだと思え。俺との勤務のとき、塩村さんや鳥居さんとのペアで学んだことを、発揮してみせろ。いいな」

 そう思うことで、「憧れの人」に指名されなかった自分を納得させたのだろう。僕より先に着替えを終えた折茂は、それだけを言い残して出ていった。

 ☆         ☆        ☆            

 折茂から離れ、塩村とのペアを中心にシフトに入るようになると、段々と僕も落ち着いてきた。理不尽なプレッシャーに押しつぶされることはなくなり、楽な気持ちで仕事ができるようになったのである。

「おう。二名体制には、もう慣れたか?」

「ええ。巡回も全部覚えたし、特別なことがなければ、バッチリですね」

「そうか。そりゃよかった。じゃあよ、ここらで、前から話してたように、二人で遊びに行こうぜ」

 四月後半のある日、塩村は僕を遊びに誘ってくれた。ちょうど、二人同時に三連休に入るのを利用し、泊りがけでどこかに行こうという計画である。

 当時はメガネをかけて、大人しそうな見た目をしていたことから、皆からはオタク気質と見られていた僕だが、元々は活発で、人と遊ぶのは大好きである。喜んで塩村の誘いを受けた。

「どこか、行きたい場所はあるか?」

「いや、特にここってのはないですね」
「じゃあ、特に予定は決めずにとりあえず東京に出て、適当にぶらつくか」

「ええ、それで行きましょう」

 そして、迎えた当日。僕と塩村は、はじめ秋葉原で落ち合った。それから二か月弱後、未曾有の惨劇の舞台となる地である。

 秋葉原ではフィギュアショップを適当に冷やかし、おにぎりやケバブなどを食べ歩いて、その後、アメ横を歩いて上野まで出て、いわゆるハッテン場として有名な、ホモ映画館へと入った。僕はもちろん、塩村にも特にそういう趣味があるわけではないが、塩村には人の行為をネタとして楽しむところがあり、警備隊の皆への土産話を作るために、わざわざ二人分の料金を払ってまで、僕をそんなところに連れて行ったのである。

 二百席ほどのシアターは閑散としており、観客は乳くりあうのに夢中で、映画を見ている人は誰もいなかった。同性愛の人には、女性と見紛うような美しい容姿をしている人もいるが、ここにいるのは皆小汚いオッサンばかりで、小汚いオッサン同士で乳くりあっていた。

 そして、シアターに入って五分ほどで、僕は恐怖の体験をする。突然、隣に座ってきたオッサンに、太ももを触られたのである。オッサンの息は荒く、このままでは太ももだけでは済みそうもない気配が濃厚にあった。塩村はどうしていたかといえば、後ろの方の座席から、その光景をニヤニヤ笑いながら見ていた。もとより、この展開を狙っていたのである。物好きな人なのだ。

 人に笑いネタを提供するのは嫌いではないが、そんなことで大事な貞操は失えない。僕は慌てて、映画館から逃げ出した。

「おいおい、もうギブかよ」

「当たり前ですよ。酷いじゃないですか。本当に危ない時は助けてくれるっていったでしょ」

「まだ大丈夫だって。ったく、あれじゃネタにならねえよ」

 一体どこまでが、塩村にとっての大丈夫だったのやら。まあ、この程度であればいい人生勉強であり、この件について塩村には特に恨みはない。

 夜になると、僕らは新宿方面へと向かい、洋食屋で食事をとった後、サウナで汗を流した。プールについているものではなく、サウナ自体がメインの施設に行ったのは初めてのことだったが、中々乙なものだった。

 寝る前に食堂でビールを飲みながら、僕たちは語り合う。話題はもっぱら、職場の愉快な仲間たちのことで、その中でも最も多く話題に上ったのが、折茂のことであった。

「折茂さんって、なんていうか、自己評価めちゃくちゃ高いですよね」

「お前もわかってきたか。アイツは本当に、自分大好き人間でよ、俺も時々、話合わせるのが大変なときあるんだよ」

 塩村のような「リア充」寄りの人から見ても、折茂のナルシストぶりは、やはり際立って見えるものらしい。折茂を異様だと思っているのが僕だけではないことがわかり、少し安心した。

 その晩はカプセルホテルに泊まり、翌日もまた、特に目的は決めずに東京の街を歩き回って、夕方になる前には横浜に帰ったのだが、電車の中で、塩村が携帯を見ながら、気になることを口走った。

「・・・なんか、職場でまた問題が起きたみたいだな」

「え?」

「前回、お前が西館巡回に行ったとき、最初に機械警備を解除するのを忘れてたらしくてよ。折茂がカンカンになってるんだよ」

 競馬の開催日限定の西館点検巡回では、巡回を開始する前に、まずは施設の機械警備を解除しなければならない決まりとなっている。そうしないと、警備員の巡回中に機械警備が発報してしまうからだ。本館での巡回についても同じである。ただし、本館の場合は、機械警備が発報すると、ただちに大手警備会社の機動隊が駆けつける手はずとなっているのに対し、西館では、翌朝来た施設の職員が、発報の有無をチェックするのみとなっている。

 今回、僕は巡回前に機械警備を解除し忘れただけでなく、巡回後、機械警備を再セットするのも忘れていたようであった。もし、巡回前に機械警備を解除し忘れたとしても、巡回後に再セットに訪れていれば、機械警備を誤発砲させてしまったことに自分で気づいて、ただちに機械警備を止め、人的ミスがあった旨をメモか何かで置いておくなどの対処ができ、大きな問題とはならなかったのだが、僕は両方を忘れて、機械警備の存在を完全にスルーしてしまっていた。そのため、機械警備は翌朝まで鳴りっぱなしになっていたのだ。まさにADHDの本領発揮である。

 とにかく、折茂がそのことについて激怒しているというので、僕は帰り次第、翌日の勤務で折茂に提出する反省文をしたためることになった。楽しかった遊びの日は一転し、次回の勤務に不安を感じながら、夜を迎える形となってしまったのである。

  ☆         ☆          ☆          

 かつてない憂鬱な気分を引きずりながら、僕は職場である伊勢佐木屋へと向かっていた。折茂に怒られることは、すでに確定しているのである。

 この日は、僕はC番での勤務であり、A番の折茂とB番の塩村より三時間遅れて勤務に入った。時刻は二十二時ちょうど。伊勢佐木屋社員やテナント従業員の退館は概ね完了し、大声で怒鳴るのにはうってつけの時間帯である。

「おはよう、ございます・・・」

 塩村は巡回に出ていて、保安室にはいないようである。折茂はといえば、伊勢佐木屋のテナント従業員と会話をしていた。その顔には、これから人を精神的に追い詰めようとしているとは思えない、実に朗らかな笑みが浮かんでいる。外面はいい男なのである。

 待機室に入って着替えをしていると、保安室から聞こえてくる声が消えた。折茂と話していたテナント従業員が退館したようである。カーテンを開けて保安室に行けば、いよいよ折茂の大激怒が始まるのだ。

 一歩が重い。足に鉛がついたようだった。それでも、ここを乗り越えなくては、今後、勤務を続けることはできない。どうにかこうにか僕は、デスクに座り、イライラして貧乏揺すりを繰り返す折茂の前までたどり着いた。

「反省文を出せ!!!」

 受付のガラス戸が閉められ、外に声が漏れないようになった保安室の中に、天まで轟くような大音声が響き渡る。狼に吠えられたウサギのように、僕は震えた。

 ガタガタと震えている。反省文を持つ、折茂の手も震えている。これは、僕をより怖がらせるための演出なのか?それとも、本心から湧き上がる怒り――いや、僕に対する強烈な嗜虐心を抑えきれず、手が震えているのか。

「機械警備を切るのを忘れていただと?なんで教わったことを、ちゃんとできないんだ!」

 なんでと言われても、忘れていたから忘れたのだとしか言いようがない。そんなに知りたいなら、僕の脳を分解して調べてみてくれとしかいえない。

「メモはとったのか!」

「取りました・・・」

「メモはとったのに、お前はどうしてそんなに失敗を繰り返すんだ!やる気があるのか!!」

 そして、説教好きの常で、話がすぐ、方法論から精神論にすり替わっていく。

 折茂の説教は、信じられないことに、なんと二時間近くにも及んだ。だが、正直、内容はよく覚えていない。恐ろしい、もう嫌だ、早く終わってくれ、ということだけで頭が埋め尽くされていた。

 しかし、二時間である。どんなにヒステリーな人でも、二時間もの間、怒りのエネルギーを持続するというのは簡単なことではないだろう。たかが仕事のミスだけでここまで怒れるとは考えられない。それほど、僕という人間を憎悪していたのである。だが、なぜ僕が折茂に、そこまで憎悪されないといけないのか?

「お前を教えてくれた、塩村さんに対する感謝の気持ちはないのか!!塩村さんに申し訳ないと思わないのか!」

 印象に残っているのは、この言葉である。これは果たして、折茂の本心だろうか。

 前回、二名体制変更後初勤務のときにおきた折茂大激怒事件と、今回の折茂大激怒事件には、一つの共通点がある。いずれも、僕が塩村とプライベートで遊んだ次の日に起きたということである。
 
 折茂はおそらく確実に、僕と塩村の仲がいいのを、嫉妬の眼で見ていた。しかしそれは、「自分の闇と向き合えない」折茂には、受け入れ難い事実である。折茂は自分が嫉妬という感情を抱いていないことを、自分自身に対して証明するために、僕がミスをしたのは塩村への感謝の気持ちが足りないせいだなどと、わけのわからない理屈を持ちだしてきたのではないか。

「おい!!!人の話し聞いてるのか!!!!なんとかいえ!!!!!」

 床を踏みつけながら、折茂が怒鳴り散らす。何とか言ったところで、今度はその言葉を理由にしてまた怒られるに決まっているのだから、黙っているのだが・・。

「すみません、すみません・・・」

 僕の口からかろうじて出てくるのは、謝罪の言葉だけである。

 二時間にも渡って狭い室内に軟禁され、鬼のような形相で怒声を浴びせられ続け・・・追い詰めて追い詰めて追い詰められて、あまりの恐怖とストレスに、僕の精神は、ついに限界に達してしまった。

 涙腺が決壊し、二十歳の男が人前で泣いてしまったのである。まさに、「決壊」という言葉が相応しい現象で、小学校高学年ごろから二十歳になるまで、どんなに辛いことがあっても人前で泣いたことなどない僕が、二十歳を過ぎてから、人前でよく泣くようになってしまったのだ。そうなってしまったキッカケが、この「大激怒、大説教事件」だった。

 折茂はまさに、僕の心に深々と爪痕を残したのである。

 ようやくに「拷問」が終わったとき、僕の精神は崩壊していた。折茂が巡回に出ると、僕は完全に放心状態となってしまった。

 折茂の「大激怒、大説教」中、塩村が何をしていたかといえば、彼は折茂のあまりの剣幕にたじろぎ、僕を庇うこともできず、ただ黙って事態を静観していた。一応、彼も折茂に反省文を提出していたのだが、それには、己の指導力不足を反省する旨に加えて、罰として一週間前後の謹慎を申し出る旨が書かれてあった。

 これは、単に塩村が休んでパチンコに行きたかっただけと考える。そもそも今回のミス自体、謹慎云々の騒ぎにするほど大げさなものではないし、そんなことで一週間も休まれたら、残された隊員の方が困ってしまう。今回の騒動に乗じて休みをゲットしようという魂胆に違いなく、僕は塩村のそういうチャッカリさは嫌いではない。もともと、僕のミスに関して、彼には何一つ責任などないのだから。

「今日は掃除も布団敷きも、俺がやっとくからな。お前は休んでいればいいから」

 塩村の言葉に甘えて、僕はデスクに座って休むことにした。タバコを吸う気力も起きず、ただ下を向いてぼーっとしていると、突然、巡回に出ていたはずの折茂がずかずか歩いてやってきて、僕の顔を覗き込んできた。身体がビクリと反応する。

「俺はお前を諦めないからな」

 一言だけ言い残し、折茂はまた巡回へと出ていった。折茂の持つ異常な自己愛と、僕への執着については散々書いたが、これはまあ変な意味ではなしに、僕が仕事が出来るようになるまで諦めない、という意味にとっていいだろう。

 この後は、塩村が日常の会話を振ってくれたりなどして、仮眠休憩に入る頃には、だいぶ僕の心は持ち直してきた。こういうとき、第三者の人には、変に励ましの言葉などかけられるよりも、普段通りに接してくれる方がありがたい。

 かといって、何事もなかったことになって、事件が風化してしまっても、それはそれで困る。折茂の先ほどの態度は明らかに異常であり、僕としては、ここで塩村には何とか力になってほしいところだった。

 塩村はその期待に応え、この後、僕と折茂との仲を取り持とうと色々尽力してくれるようにはなった。方法も別に、そんなに間違いではないというか、いかにも塩村らしいやり方だったのだが・・・結果はおかしな方向へと進み、新たな苦痛が始まるきっかけとなってしまう。まだ、先の話だが。

 仮眠休憩が明けると、僕は西館へと出発し、受付業務を開始した。折茂から離れ、一人で仕事が出来る喜び。何も忙しいこともなく、のんびりと過ごす中で、心は平常同様にまで落ち着き、勤務明けに向かう風俗のHPを検索し、心と身体を慰めてもらう嬢に誰を指名するかを吟味する余裕まで生まれていた。

 そこに突然、塩村がやってきた。競馬の開催日には、B番は西館の巡回がなく、朝の巡回は、八時から八時二十分までの事務館開放巡回のみとなるため、かなり余裕が生じる。その暇な時間を利用して、折茂が塩村を西館に寄越したのだろう。折茂なりに、さっきは言い過ぎたと反省して、フォローが必要だと考えたのだ。人として最低限の良心はあるといえる。

「おう、気分は落ち着いたか」

「ええ、まあ・・・」

 いつも通りの調子で声をかけると、塩村はしばし躊躇った後、何か意を決したように突然顔を引き締め、僕の方を向いた。

「津島。俺たちはお前を大事な仕事の仲間だと思っている。お前が友達が欲しいというなら、友達にもなってやる。お前の居場所はここだからな」

 いつも自然体の塩村が、珍しく、塩村が芝居がかったような言葉をかけてきたのである。

 後になってわかったのだが、これは折茂が塩村の口を通じて僕に伝えた思いである。ポイントは、「友達が欲しいなら友達になってやる」というくだりだ。

 以前にも書いたが、塩村のスタンスは、「僕と友達になりたい」である。僕と同じ目線に立ってくれて、自分の方から歩み寄ってくれる形であり、だから僕はすんなり受け入れられたのである。

 翻って、先ほどの言葉。こんな上から目線の、恩着せがましい態度は、いかにも折茂特有のものだ。こんな言われ方をされれば、プライドだけは超一流の僕は、逆に臍を曲げてしまうのである。


 自分自身はプライドの塊なのに、他人にもプライドがあるということは理解できない――。それが折茂という人だった。

 ちなみに、後になってわかったというのは、折茂本人が暴露したのである。このときは、単なる気紛れか、怖がられている自分よりも、僕がよく懐いている塩村の口から言わせた方がいいと思ったようだが、後になって、やはり「手柄」を塩村にとられるのが惜しくなったのだ。

 折茂は器が小さな人間である。器が小さいことは、男として何も恥ずべきことではない。ましてや折茂の場合、まだ二十代半ばといった若さなのだから、変に完成されている方がおかしい。ようは、自分の器が小さいことを理解し、虚勢や見栄をはらずに生きていけばいいのである。

 折茂はそれが出来なかった。自分の小さな器を、必死で大きく見せようとしていた。

 折茂は僕に、自分を常に賞賛していること、「信者」となることを求めてきた。本当に自分に自信がある人なら、いちいち他人からの評価を気にしたりしない。実は自分に自信がないから、ハッキリとした言葉で、己の凄さを証明してくれる人を欲していたのである。

 あまりにバカバカしい話だが、当時の僕はまだ初々しい青年であり、なんとこの「脚本折茂、役者塩村」の言葉に対し、感動の涙を流してしまうような純粋さを持っていた。本当に嬉しかったのである。それは先ほど精神崩壊まで追い詰められたことからの、反動にすぎないものであったことに、当時の僕は気づいていなかった。

 アメとムチの使い分け。折茂が、僕を自分の信者にする計画が、着々と進行していくのである。

  ☆        ☆       ☆        

 伝説の「大激怒・大説教特大二時間SP」事件以後も、折茂の厳しい態度は変わらず続いた。「大激怒、大説教特大二時間SP」事件の直後は、気休めのフォローを入れた折茂だったが、それが過ぎると、また理不尽なプレッシャーを僕に与え始めたのである。

 雨降って地固まる、とはならなかった。嵐のあとには暖かな陽気が降り注ぐと信じていた僕の期待は、まさに一夜にして裏切られた形となった。

 同時に目立つようになってきたのが、折茂と、日勤隊、港との急接近であった。

 夜勤隊と日勤隊は、十九時~二十時の立哨、受付、手荷物検査の時間帯は協力して勤務にあたっており、また両隊員とも、現場に到着する上番時刻は勤務開始の三十分前と決まっているため、意外に絡む時間は多いといえる。

 その時間に、折茂と港が話している光景をよく見かけるようになったのだ。

「港さ~ん、何ですかその恰好~。これからキャバ巡りですか~?」

「ははは、まあ、週末ですからね」
「とかいいつつ、今週の頭にも遊んでたみたいじゃないですか。これから俺、港さんのこと夜の帝王って呼んじゃいますからね」

 折茂は僕といるときには見せたことのない笑顔で、港と楽しそうに話すのである。ただ仲良くしているだけというのなら僕には関係ない話であって、どうでもいい。誰にでも愛想がよく(それが行き過ぎて、八方美人と思えるところもあるが)、爽やかなお兄さんキャラの港には、僕も好感を抱いている。僕が気になったのは、折茂が港に、夜勤隊の業務と決まっていた、駐車場対応を教えていたことである。

 駐車場の入出庫対応――。伊勢佐木屋の営業時間は、朝の十時から十九時と決まっているが、客用駐車場は、二十四時間稼働している。ゲートの開閉、料金の精算は磁気読み取り式の入場券によって行われているのだが、機械が古いせいか、これがよく反応しないことがあった。その場合は手動によりゲートを操作することで対応するのだが、日中に駐車場対応に当たっている嘱託の社員はいつも定時で退勤してしまうため、夜間は伊勢佐木屋警備隊がこの業務を引き継ぐことになる。

 完全に警備とはかけ離れた、いわゆる付帯業務なのだが、南洋警備保障の前任の警備会社が伊勢佐木屋の警備に当たっていた頃からの風習のため、我が伊勢佐木屋警備隊も、これをやらざるをえなくなっていた。

 僕も二名体制になったころから、先輩隊員がやるのを見て覚えながら、この業務をやるようになったのだが、どうも上手くできない。巡回や鍵の受け渡しなど、ある程度やる時間が決まっており、十分に心の準備ができる仕事ならどうにかなるのだが、こうした、日によってあったりなかったりの仕事になると、突発的な事態への対応力に乏しい僕の脳は極度に慌ててしまい、覚えたはずのこともできなくなってしまうのである。

「何度も教えてるだろ!たるんでるんじゃないのか!」

 失敗して折茂に怒鳴られるわけだが、そもそもこれは警備業務とは関係ない仕事であり、出来なかったからといって厳しく叱責されるのは納得できない。しかし、何度も繰り返し雷を落とされれば、若かった僕は段々と負い目を感じ、自分を責め始めてしまう。そんなときに、折茂が港にこの駐車場対応を教えている場面を見てしまったのである。どうにもたまらなくなり、ある日ついに、塩村に相談するに至った。

「折茂さんは、ひょっとして僕を夜勤隊から追い出そうとしているんでしょうか・・・」

 そして、港を新しく夜勤隊に入れようと考えているのではないか、と思ったのである。折茂に人事の権限はないから、正確にいえば、会社ぐるみで僕を追い出す準備を進めているのではないか、と勘繰ったわけである。

 そんな回りくどいことをするくらいなら、直接言って来いよと思う。無能の烙印を押されることは悔しいが、こっちだって、プライドを傷つけられて、それでも頭を下げてまで働くつもりはない。それでなくても、これ以上折茂と一緒にいるのは限界とは思っていたから、辞めろと言われれば辞める準備はできていたのである。このままネチネチと嫌がらせを続けられるくらいなら、こっちから辞めるといってやるか。しょうがないかな、と、諦めかけていた。そんなときだった。

「お前とは、腹を割って話をしなければいけないと思っている」

 塩村に相談をしてから、しばらくが経ったある日の勤務――。仮眠休憩から明けたとき、デスクで難しい顔をしていた折茂が、真剣な面持ちでそう言ってきた。

「塩村さんから聞いたぞ。俺が駐車場対応のやり方を港さんに教えていたのを気にしてるんだろ?」

 僕が席に着くと、折茂が穏やかな調子で話を切り出した。

「お前に言ってなかった俺が悪かったが・・。駐車場対応は、夜勤と日勤、両方できるようにするって決まりに変わったんだよ。だから、俺が港さんに教えていたのは、お前が心配するような意味じゃないんだ」

 真実を知った僕は安堵する。これでひとまず、警備隊を追われる不安はなくなったわけである


「それよりも・・・そういう光景を見たとき、お前が俺に追い出されるのかと心配してしまうというのが、俺はショックだった。俺がそれほどお前に信頼されていなかったというのを、初めて知った」

「あ、いえ・・・」

「いいよ、お前を責めてるんじゃない。悪いのは俺だ」

 皮肉で言っている感じはしなかった。純粋に、今までの行き過ぎた指導を反省しているふうである。

「俺はお前を貴重な戦力だと思ってるし、大事な仲間だと思っている。前の阿川が抜けてみんな休みも取れなくなったとき、お前が来てくれて随分助かったしな・・。だから、俺からお前を追い出すなんてことはしない。逆に、もし俺がいることでお前がやりにくいなら、そのときは俺が辞める」

 まっすぐ僕の目を見据えて、折茂がそう言い切った。「一度吐いた言葉は飲まない」と日頃公言する折茂が、ここまで言い切ったのである。

 すべての不安が取り除かれたわけではない。だが、これで僕の心にも、折茂に対する信頼の気持ちが生まれた。色々と厄介な相手であるには違いないが、僕のことを悪意をもって見ているというわけではないと思えるようにはなった。

 翌日の勤務のことである。ペアを組んでいた塩村が、唐突に、来月・・五月度のシフトの話を切り出してきた。

「津島。お前の、来月のシフトのことだが・・・。来月は自分から、折茂とメインでペアを組ませてくださいとお願いしたらいいんじゃないか」

「え?」

「せっかく、折茂とのわだかまりが解けたんだろ?このタイミングで自分から歩み寄っていけば、今後ずっとうまくやっていけると思うぜ」

「そ、そうですね・・そうします」

 そして実際に、次回折茂と組んだときの勤務で、折茂に件の旨を申し出てみると・・。

「そうか。お前が本当は誰に憧れていたのか、ようやく素直に言う気になったんだな」

「え?え?」

 断じて、そんなつもりで言ったわけではない。なぜにそんな話にすり替わるのか、まったくわけがわからなかった。

「お前は、実は最初から俺に憧れていた。ずっと俺だけを見ていた。でも、本当のことを言うのは恥ずかしかった。だから塩村さんに憧れているといって誤魔化していた。だけど、この前の俺の言葉を聞いて、ようやく素直に自分の気持ちを打ち明けようと思ったんだろ?」 

 すべては、折茂の策略通りであった。「腹を割って話をする」などと切り出してきたときから、折茂の作戦は始まっていた。今までイジメていた僕に、突然優しい言葉をかけてきた狙いは、折茂が塩村から、「津島くんの憧れの人」の座を奪い取ることにあったのである。

 運動部の体罰教師がよく使う手法だが、普段異常なまでに厳しくされ、理不尽なプレッシャーをかけられ続けていると、ちょっと優しくされただけで、その人を神様のように思い、感謝してしまうことがある。反対に、いつも穏やかな人が急に怒り出すと、いつも怒っている人よりも怖く感じることもあるが、ようするにギャップの効果である。

 ギャップなどと言ってしまうと大したことではないようだが、折茂(体罰教師)のやっていることは悪質だ。人の幸福のハードルを理不尽に下げたうえで、ちょっと優しくして感謝させる・・などというやり方は、人を心服させたとは言わない。それは洗脳というのである。手間もいらない、コストもいらない。何一つ魅力もない人間が、もっとも手っ取り早く「カリスマ」になれる手法がこれである。

 自己愛に枯渇する折茂は、身も心も己に心酔し、己を崇めてくれる「信者」を求めていた。あの二名体制への変更時、折茂が、「職場の中で憧れの人はだれか?」などと僕に尋ねてきた時点から、折茂はずっと、僕を「信者」にしようと狙っていたのである。この時点では、まだ僕も自分の考えを突拍子もないものだと思っていたが、これ以後の折茂の言動、行動を考えると、彼の目的はそれであったとしか考えられない。

 怒鳴り散らし、プレッシャーをかけ続けて・・・限界一歩手前まで来たところで、ちょっと優しくする。この揺さぶりの繰り返しで、僕を「洗脳」しようとする折茂。まだ若く無垢であった二十歳当時の僕は、段々に、折茂の術中に嵌っていってしまう。 
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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