犯罪者名鑑  麻原彰晃 24

 
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  ドイツ旅行

 
 坂本弁護士を殺害することに成功した麻原は、幹部たちを連れ、西ドイツに旅立ちました。旅の目的は、警察の捜査を恐れ、海外に一時身を隠して様子を伺っていたのだと言われていますが、麻原はもともと海外旅行が大好きで、ただの観光目的だった可能性もあります。

 麻原はドイツの他に、中国、インドなどを歴訪しており、中国に滞在していたときには、自分は貧農の子から皇帝にまでのし上がった、明の朱元璋の生まれ変わりだということを語っていますが、同じく、ホームレスという最下層階級(孤児恩給により食う金には困らなかったそうですが)から欧州の覇者にまで上り詰めたヒトラーにも、何らかの憧れを抱いていたのかもしれません。

 ドイツのホテルで、坂本弁護士宅に指紋を残した村井と早川は、麻原から、指紋を焼いて消すように命じられました。早川は熱さに耐えかねて、焼いた鉄板から何度も指を離してしまったそうですが、「麻原愛」溢れる村井は「グルのために、真理のために!」と叫ぶと、ずっと鉄板に指を押し当て、指紋をキレイに一発で焼いてしまいました。

 陰険な性格で、信徒のほとんどから嫌われていた村井ですが、嫌われ者ゆえに、唯一自分を大事にしてくれる麻原への尊崇の念は、誰よりも強かったようです。

 しかし、熱さと痛さに耐えたのは何の意味もなく、日本に帰って、火傷が治ると、指紋はすべて浮かび上がってしまい、結局、村井と早川は、医師である中川智正の手で、指紋を消去する手術を受けることになりました。

 手術を終えた後の痛みは半端ではなかったようで、早川は術後しばらく、端本悟から身の回りの世話を受けていました。村井も何度も、中川に痛み止めを所望していましたが、中川はプルシャの件で村井にイヤミを言われたのを根に持っており、薬があるのに渡さなかったりと、「適当に意地悪」していたそうです。


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 総選挙出馬


 日本に帰ると、麻原は、坂本弁護士を殺害するそもそもの動機となった、総選挙出馬の決断をします。

 出馬の目的は、表向きには、「マハーヤーナ路線」ということになっています。マハーヤーナとは、大乗の教えに乗っ取った救済方法のことで、オウム流にわかりやすく言えば、できるだけ平和裏に、犠牲が出ない形で世界を救うということです。

 実際には、おそらく創価学会の例を見て、政治に関与することで、教団のますますの拡大を図ろうとするビジョンがあったのでしょう。それにしても、選挙に出馬するには多大なリスクがあるもので、おいそれと決断できることではないと思いますが、麻原は成功に驕り過ぎて誇大妄想に走ったのだとか、反対に、当時、教団は暴力団に付きまとわれて深刻な財政難に陥っており、麻原も追い詰められていて、一発逆転を図ったのだ、という見方もあります。

 消費税廃止などの公約を掲げ、「真理党」として選挙に打って出たオウムでしたが、マスコミからは、当選の見込みが少ない泡沫候補の扱いを受けており、報道の面では不利な状況にありました。事態を打開するため、オウムは、様々な努力を開始します。信者の住民票を選挙区に移す、深夜や早朝に外に出て、ほかの候補者のポスターをはがす(新聞配達のバイクが通りがかったときは、「ラジオ体操のフリをする」)。世界の救済を謳っているわりには、やっていることが地道すぎます。

 オウムが票を得るための努力の多くは、使い古されたありがちな手段であったり、救済者を名乗っているにしてはあまりにもセコイ手段でしたが、唯一、得票には結びつかないまでも、人々の心に深く突き刺さり、社会に大きな印象を残したものがありました。次項でそれを紹介します。

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 オウムソング



 選挙戦の中で、渋谷の街では、麻原が歌う「オウムソング」が、毎日のように、街宣車のスピーカーからかき鳴らされていました。駅前では、麻原のお面を被った信徒たちが、オウムソングに乗ってノリノリでダンスを踊るなどして、本当にこの国を変えてくれると期待されていたかはともかく、人々の視線は集めていました。

 オウムソングはユーチューブなどで、今なお多くの人に視聴されています。今回は代表的なオウムソングをいくつか取り上げてみたいと思います。

 まずは、

 「しょーこーしょーこーしょこしょこしょーこーあーさーはーらーしょーこー」

 でおなじみの、「尊師マーチ」。おそらく、もっとも有名なオウムソングで、 私や私の少し上の世代なら、小学生のころ、音楽の時間に、リコーダーや鍵盤ハーモニカで演奏した経験がある人は沢山いると思います。

 この曲はオリジナルバージョンと選挙バージョンの二種類とがあり、選挙バージョンの方には、「若きエースだ」という歌詞も出てきますが、選挙のとき、実は麻原はまだ34歳でした。髭面、肥満体のふてぶてしい姿はどうみても50くらいにしか見えませんが、国会議員としては若手も若手、今の麻生太郎や小沢一郎などから見れば、「小童」といっても差し支えない年齢だったのです。

 34歳といえば、ちょうど「嵐」のメンバーと同じ世代です。麻原が「嵐」に混じって、ステージで歌を歌っていても、おかしくはないということです。あの髭面の豚親父が、「嵐」の連中のセンターに立って、武道館で「尊師マーチ」を歌い、ジャニーズファンの女どもに悲鳴を上げさせているところを、私は見てみたいです。

 続いて、「しょしょしょしょしょしょしょしょーこー」でおなじみの、魔を祓う尊師の歌。これもリコーダーや鍵盤ハーモニカで演奏しやすく、小学生に大人気の曲でした。子供はくだらないことを考えるものですが、隣のクラスで、しょうこちゃんという女の子をからかって泣かせていたり(私じゃないよ)、「インコ真理教」とか意味もなく言って喜んでいたりしていたのを、私はよく覚えています。

 「超越神力」は8分もある長い曲ですが、宗教の歌というよりも麻原の人生そのものを歌っているような深みが感じられ、私がオウムソングでもっとも好きな曲です。歌詞はオウムの特色である「自力救済」を歌ったもので、このように「自分も救世主になれる、世界を救える」と、善行がしたいという人の心を巧みに煽ったのが、オウムがあれほど信徒数を増やした理由の一つでした。

 「私はやってない、潔白だ」で知られる「エンマの数え歌」は、よく、一連の事件でオウムに疑いの目を向ける警察や世間に対する弁解のため作られた曲と勘違いしている人がいますが、実際には、事件よりも前に作られた曲で、地獄に堕ちた魂のストーリーを歌った内容です。麻原が歌っているのもいいですが、フリーゲームソフト「麻原の野望」で、ラスボスの森総理大臣との戦いで流れるアレンジが最高の神曲で震えます。ニコニコ動画で今も聞けると思います。

 オウムソングはどれもメロディが単調で、フレーズが耳に残りやすく、宣伝のための曲としては非常に有効で完成度の高い曲だと言われています。こうした優れた曲を作れる人材が揃っているというのは、オウムにはやはり、高学歴など能力のある人を引き付ける何かがあったのでしょう。

 選挙では惨敗しましたが、オウムソングは多くの人々の脳裏に、麻原やオウムという団体の記憶を刻み付けました。

 布教に音楽を利用したのはマンソン・ファミリーなどと同じ手法です。90年代に入り、教団は信者数の上でのピークを迎えますが、オウムソングを聞いたのをキッカケにオウムに興味を持ち、オウムに入ったという人も、少なくはなかったはずです。

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 惨敗

 
 選挙に出馬し、平和路線により世界を救済しようという決意も空しく、真理党は党首の麻原さえ、わずか2000にも満たない票しか得られず、最下位当選者の得票数にも60倍近い大差をつけられる惨敗を喫してしまいます。

「この世界はもはや、平和的な方法では救済できないところまで来ている。世界を救うためには、もはや手段は選んでいられない」

 選挙戦の惨敗を期に、麻原は、なるべく犠牲が出ない形で、世界を救済しようというマハーヤーナ路線とは対極的な「ヴァジラヤーナ路線」へと変更する方針を打ち出します。

 ヴァジラヤーナとは、金剛乗に基づいた救済方法で、オウム流の解釈でいえば、必要とあらば過激な手段をとることも辞さず、救済のためなら、少々の犠牲は仕方ないという考え方です。これ以後オウムは、まさに「ヘルタースケルター」に備えて過激な道に走り出したマンソン・ファミリーのように、「ハルマゲドン」に備えるとの名目で、サリンなどの危険な化学兵器の製造や、軍事訓練といったテロ行為の準備を、着々と進めていくようになるのです。

 振り子が右から左に振れるような極端な変化に至った背景には、選挙に惨敗したことで世間に逆恨みを抱いたとか、供託金の没収により資金難に陥った教団が、破滅に向かって動き出したのだとか色々言われていますが、ヴァジラヤーナの教え自体は選挙の前からあり、麻原がこのとき突然、悔し紛れに言い出したものではなかったようです。

 修行により神秘の力を獲得しよう、世の中の困っている人たちを救おうと決意してオウムに入ったはずの人が、どうして殺人という、もっとも残虐な行為に走ってしまったのか。そう考えたときに、

「人を救おうと思うのなら、まずお母さんから救ってあげたらどうだろう?」

 坂本堤弁護士の言葉が、胸に響きます。マザー・テレサも言っていますが、近くにいる困っている人を見捨てて、遠くの他人を助けたいと考えるのは、「偽善」ではないかと思います。

 千里の一も一歩より。いきなり大きなことを考えている時点で、彼らは、本当に人を救いたいのではなく、人を救う自分に酔いたかっただけではないか。ある意味、麻原のような悪人に付け込まれてもおかしくない、邪な考えの持ち主だったのではないか。

 厳しい見方をすれば、そういうことになります。

 第四章 完
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No title

麻原名鑑を読んでいて気付いたことは村井は優しい性格で信者から慕われていたと思っていたのですが実際は全然違っていて相当な嫌われ者だったのですね。
麻原だけから好かれていればいいと思っていたのかもしれませんね。
中川が苦しんでいる村井に痛み止めを渡さないというのも村井のことをかなり嫌っていたのでしょうね。
オウムソングはダメな曲がないくらいどれも完成度が高いですね。
耳に残るというか麻原の声と相まって強烈な印象がありますね。
オウムには優れた作曲家集団がいたのかもと思ってしまいます。
オウムに興味を持ってもらうための宣伝としては充分すぎるくらい効果的ですね。
オウムがマハーヤーナ路線のままで続けていくことは難しかったでしょうね。
ハルマゲドンの到来や終末思想のような考え方に麻原がなってしまうと教団全体がヴァジラヤーナ路線に突き進んでいくのは仕方ないでしょうね。
麻原自身おかしくなっていたようなので暴走は止められなったと思います。
両極端の思想を持っていたオウム真理教はやはり異質な宗教団体だったのでしょうね。

No title

seaskyさん

 村井は顔は優しそうなので誤解してしまいがちですね。嫌われ者が唯一の理解者にトコトン愛情を示すというのは結構あることだと思います。村井は既婚者ですが、なぜ麻原なんかではなく、自分が射止めた奥さん(親が決めた相手だったのかもしれませんが)に一途になれなかったのか、悔やまれるところですね。

 三太郎のCMのように、CMはちょっとイラっとするくらいが印象に残っていいそうです。麻原は自分が音痴なのを認める発言をしていますが、音痴で不快な方が印象に残って、宣伝の歌としてはいいのかもしれませんね。曲自体は素晴らしいと思います。

 人民寺院もマンソンファミリーもそうでしたが、世間に批判され、追い詰められた末の暴走でした。こういう集団は刺激しすぎずうまく対処するか、潰すなら最初から徹底的にやるのが大事なのかもしれませんね。その辺がオウム事件の教訓になると思います。

ジョーユーの教団服の色は結構好きな色です。

確か、私の同級生だった「しょうこ」さんも散々っぱら尊師ネタでいじられていましたね。

それがようやく沈静化された頃、顎がしゃくれていた彼女は、今度は歴史の教科書に登場したマルコポーロに似ていると散々っぱらいじられていましたね。


ただ、あくまでそんなのは表層的な事で、要するに彼女はそもそも嫌われ者だったわけです。



ロン毛で髭の人物を喩えるのに未だに「麻原みたいな」なんて言いうのも、尊師の外見が世間に与えた凄まじいインパクトを表しているのでしょう。

裁判の絵なんか最高です。




私も、身近で起こる事には寛容なくせに遠い異国で起こる事には目くじらを立てる連中が昔から嫌いでした。

偽善です。

自分が当事者でない故のリスクの低さから安心して悪を否定し、自己陶酔して。


自分探しだとか言って紛争地域にでも行って殺されてくりゃあいい。

坂本弁護士一家を殺害した後に海外旅行に行ったのですね。
旅行では普段食べられない物とか食べ贅沢出来たのでしょうか?
村井は鉄板に押し付け一発で指紋を消すなんて結構、根性ありますね。
オウムソングは確かに当時インパクトありましたね。
麻原のお面を被ってオウムソングを歌って踊っていましたね。
なんかふざけてるようで皆んな信用しなかったのでしょう?
選挙で大敗してからオウムの路線が変わったのですね。
ヒトラーは犯罪者に尊敬してる奴、結構いますね。
仮に麻原1人だけでも当選していたらどうななっていたのでしょうね?
まぁ〜麻原にヒトラーみたになれる器はないでしょうから最終的には何かしらの犯罪犯すのでしょうね?

No title

L,wさん

 サマナ服の色は教団の中での序列によって変わるそうです。宗教の世界では麻原の着ている紫がもっとも崇高とされている色みたいですね。

 有名犯罪者と同姓同名の苦労は察するにあまりあります。高校の卒業式のときも「宅間守」が読み上げられて、一瞬ザワっとなりました。当時事件から五年後でしたが、多感な時期には特にキツイでしょうね。

 やらない善よりやる偽善なんて言葉もありますが、やっぱり偽善はある意味悪よりタチが悪いものですよ。遠くの他人を思う心の優しい人間ということが、近くにいる人間を追い込んでいい正当化の理由になっているのだから。

No title

まっちゃんさん

 麻原が信徒と一緒にカレーライスを食べたなどという話も残っていますし、出家教徒の粗衣粗食の実践についてはどこまでが本当かはわからないですね。太っているのは麻原一人ですから、少なくとも贅沢はしていなかったのでしょうが。

 村井は根性ありますね。間違った道とはいえそこまでできるのは大したもんです。村井が石井久子や上祐を飛び越えてナンバー2の地位に上っていったのはこのあたりからだったんでしょう。

 本人たちは大真面目だったかもしれませんが、あの宣伝は選挙には逆効果になったのかもしれませんね・・ただおそらくあれが功を奏したことで、この後、麻原がとんねるずの番組に出るなど、教団が、世間からある意味好意的に受け入れられる時期がやってきます。

 テレビに出るような立場でも犯罪者がナチやヒトラーの本を読んでいたとかいって大騒ぎする人もいますが、人がゆがんだ原因などこじつけようと思えば何でもこじつけられるものです。ヒトラーというのが、それだけわかりやすいインパクトのあるキーワードなんでしょう。ヒトラーは凄いと言っただけで中二病扱いしたり、ヒトラーに憧れているから犯罪者予備軍とか言っている連中の何人が、ヒトラーのやったことを詳しく説明できるのか疑問ではあります。

 麻原も教団を立ち上げたころはヒトラーに勝るとも劣らぬ怜悧な頭脳の持ち主だったと思いますが、成功に驕り過ぎたのかヤクザに追い詰められていたのか、このあたりからはもうおかしくなっていましたね。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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