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サイト開設当初から 考え方の変化 5

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 最後に神山のことですが、ヤツのことに関して変化したのは、あの記憶を自分の中で、前向きに生かせるようになってきた――生かそうとしている、ということです。

 サイト開設当初に神山のことを思い出すときには、

「神山を捕らえ、まず飽きるまで自分で犯しまくった後、河川敷で拾ってきた汚いジジイにあの女を預け、神山にジジイの子を産ませ、その子供を、金澤に蹴殺させ、その光景を見せつけながら、アホの関口に「自分の恋した女性の幸せを願うのが、男として正しい姿じゃないですかぁ~」と叫ばせながらオナニーをさせ、子供の死体にかけさせながら、野村に「神山のおかげで彼女と出会えた。あーよかったな(その当時はまだその名言は生み出されていませんし、野村のセリフでもないですが)」と叫ばせながら、あの豚まんのような顔を殴りまくり、中尾と深沢には、子供を蹴殺した後で鬱になっている金澤をフェラさせ、腐ったザーメンを全部飲ませ、三人目の講師と加納に関してはただ単に殴りまくり、あとの連中がその光景を見ておいおい泣いているのを眺める」

 という妄想をするだけだったのが、最近というか、サイト運営中に徐々に変わってきて、私が一定の成功を収めたのち、なんかのキッカケであの連中に再会して、得意げに振舞ったりするといったようなシーンを想像するようになりました。

 その想像の内容は恥ずかしいので、ここでは書きませんが、そうしたことは自分のモチベーションを掻き立てるために大事なことで、下積み時代にそういうことを実践していた成功者は沢山いたそうです。具体的に成功を実現するための努力をしているなら、ただの「妄想」にはならないはずです。

 当時の連中――野村や関口らは、私と神山とのことを、「なかったこと」にして終わらせようとしました。

 冗談ではない。私にとって、あの経験は絶対に忘れてはならないことであり、これからの人生の糧にしていかなければならいことである。

 神山が私に対して言い放った言葉の中に、私に「反省しろ」というものがありました。当時の私は、それを「神山にしつこくしたことを反省しろ」という意味だと思い、鬱になっていましたが、慎重にヤツのやったことを振り返った結果、それは「お前のような乞食が、私のようなプリンセスに恋をしたことを反省しろ」という、極めて差別的な、身勝手な意味であったことが判明しました。

 その真相に気が付いた以上、「神山に執着したこと」を反省するのは、神山及び、あの「偽善の国」の連中の都合であり、私には何の得にもならないことです。

 神山が誠実に対応してくれたのに私がいつまでもしつこくしていたのなら、それは私の方がどうしようもないストーカー野郎だということになり、私が全部悪いということになりますが、神山の方が先にナメ腐ったことをしてきたのならおあいこであり、むしろ、鬱にまでなり、今現在の社会的地位が低い私の方が「被害者」ともいえると思います。

 では、あの当時のことで何も反省することがなかったかといえば、そうではありません。

 あの当時のことで、私が本当に反省しなくてはならないのは、「自分の気持ちを誰にも伝えなかったこと」「伝える能力を持たなかったこと」だと思っています。

 このサイトにも、コメントを積極的に下さる読者さんと、そうでない読者さんがいらっしゃいますが、「思い」というのは、相手に「伝え」なければ何の意味もないものです。

 以前、私がレビューの記事を消したときに恨み言を言ってきた読者のことを書きましたが、自分が今でも読んでいることを私にまったく伝えようとしなかったにも拘わらず、私が彼はいないもんだと思って記事を消したあとになってから突然出てきて、「俺は読んでいたのに何てことをするんだ!」などと、恨みごとを言われても、こっちはただムカつくだけです。また、「このサイトができたころから、ずっと読み続けてきた者です」などとでかい顔をされましても、HNをつけてコメントをされない以上、私から見れば初見とまったく変わりはなく、そんな相手から説教されても反発心しか湧きません。

 私があの専門学校を卒業した後、しばらくして、証書を受け取りに学校に顔を出した時、私は講師から、あのクラスの連中が、私のことを心配していたと聞きました。しかし、私が休暇に入ったとき、私に連絡をくれたのはごく僅かにすぎず、その連中も、私の本音については、まったく聞こうともしませんでした。相手に伝わらない「心配」などは、何にも思っていないのと同じことであり、こっちがどう歪もうが、奴らを恨もうが勝手ということになります。

 しかし、そういう私も、彼らに自分の本音を「伝えようと」していなかったのも事実ではないか。

「神山は私がしつこくしているから嫌っているように装っているが、実際に失礼な対応を取ってきたのは神山の方が先である。私にも問題があるにしても、神山が一方的に被害者ヅラをしているのはおかしい」

「私のことを当初バカにしており、その後も特に良くしてくれたわけでもない金澤に好きな女を持っていかれたらムカつくのは当たり前であり、それを祝福しろ(そこまでは言われてませんが、そんな雰囲気だった)なんてとんでもないことである」

 この辺は私が明確な「被害者」として主張できる部分であり、ここをうまく説明できれば、私に同情がいく向きもあった可能性は十分あったと思います。

 私が一番信頼していた関口に、「悩み事なんか相談してくんな」というふうに防衛線を張られてしまい、野村にしても、「神山のことは忘れろ」と自分の結論を押し付けられ、「なかったことにしよう」というふうにされてしまったことで、私も相談しにくくなった部分もありましたが、それでも、「伝えなかった」ことは、私が悪かった部分だと思います。もし、私がちゃんと「伝えようと」していたら、神山と金澤以外の連中には恨みは抱いていなかったかもしれない。

 とはいえ、伝えようにも、当時の私の能力で、ちゃんと伝えられたかという問題もあります。うまく整理できないまま伝えれば、やっぱり私の「逆恨み」「邪な嫉妬」で片付けられた可能性もあり、彼らに余計に恨みを募らせていただけかもしれません。


 「自分の思いを伝えなかったこと」「伝える能力を持たなかったこと」

 あの一件で私が反省しなくてはならないのは、この二点です。だから私は、自分の内に抱えたものをすべて吐き出し、それを人にうまく(面白おかしく)伝える道――「小説を書くこと」を始めた。

 アイツらのことは、もうしょうがないと思います。結果的に、恨みしか残らない形で終わってしまった以上、これからもずっと恨んでいくしかない。大事なのは、それを前向きな形で生かすことです。

 サイト開設当初には、あの連中に、物理的な方法で「復讐」することばかり考えていました。今も、完全にその選択肢を捨てたわけではありません。例えば40近くになってもまだ底辺に沈没したままで、もう絶対に逆転は不可能だと思ったときには、「やるしかない」とも思います。

 でも、その前に、限界までやってみなくてはいけないのではないか?限界までやってダメならともかく、中途半端のまま復讐などしても、自分の中で後悔が残るだけではないか?

 「そのとき」が来るまでには、あの時期のことを、できるだけ前向きな形で生かさねばならない。奴らのことを思い出すにしても、どうしようもない妄想ではなく、実のある「想像」をしなくてはならない。今はそのように考えて、当時の記憶に向き合い、また、活動に取り組んでいます。 

 また、神山と並んで、私小説の主役格を務めた折茂にも触れておきますが、彼に関しては、勝手に頑張ってくれとしか言いようがない。とにかくエネルギーはある男なのだから、ちゃんとやってれば、人並以上の人生は拓けると思います。ああいう意欲のある人間が30過ぎても底辺に沈没したままだとするのなら、それはもう社会の方が悪いということになる。

 私自身、世の中での成功を目指す立場として、あの男にはむしろ、それなりの成功を掴んでほしいと思います。というか、今生きていれば30半ばですから、すでにどこか、彼の能力を遺憾なく発揮でき、それに見合った報酬を得られるところで、それなりの立場に収まっていることを信じたいです。

 考え方の変化シリーズはここで終わります。あと、確実に更新できる予定は「麻原彰晃 24」となりますが、こちらの最終回もコメント数のノルマ達成できましたら(できるだけ早めに。一週間以内くらい)、最後におまけとして、一連の総括的な記事を書きたいと思います。よろしくお願いいたします。
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No title

サイト開設当初から運営中の変化は復讐だけの妄想ではなくなっていますね。
妄想するなら自分の気持ちが上がる妄想の方がいいですよね。
成功のための努力をしていることで過去の記憶も前向きに捉えなければいけないという思考に変化したのですね。
イメージトレーニングも成功には大事なことでしょうね。
「自分の思いを伝えなかったこと」「伝える能力を持たなかったこと」というのは深いですね。
相手に対して自分の思いや苦しみを伝えるのは勇気がいることで相手に迷惑なのではないかとか悩みを打ち明けて弱いやつだとか思われたくないとか考えてしまい結局言えないままになってしまうのではないでしょうか。
伝えなくても相手は分かってくれているだろうという憶測も持たないほうがいいでしょうね。
相手に過度な遠慮なんてしなくてもいいし強がらずに訴えたい弱みはどんどん出していったほうがいいと思います。
自分の中に溜め込んでしまうことは精神的に悪影響ですからね。
伝える能力は会話能力や文章能力がままならない状態だと言いたいことが上手く伝わらないということはあり得ますね。
コミュ障だとほぼ無理といってもいいでしょう。
自分に自信のようなものがないと相手に主張できないという面もあると思います。
小説を書くこととサイトを開設したことで大きな変化があったことは本当に良かったと思っています。
考え方の変化シリーズの連載ありがとうございました。

神山に関しては殺害するより最初に津島さんが妄想してた通りするほうが精神的に崩壊してより効果的ですね。
最近の考えのようにある程度、成功をおさめ偽善の国の連中に再会し自慢をするのが理想ですね。
流石に40過ぎてまだ下積みだと辛いものがありますね。
まぁ〜なかには40過ぎて有名な文学賞とる
人もいますが、40過ぎで文章で稼げないと精神的にもたないですね。
ストーカーされる女もおそらくどこか問題があるのと思いますね。
誠実な対応を取っていたら、むやみにつきまとう奴もそうそういないでしょう?
なかにはどうしょうもない奴もいますが…
折茂はどうなんでしょうかね。
20代半ばまで底辺の警備員していてそこから抜け成功を収めるのは難しいと思いますね。
下手したら今だに警備員している可能性もありますね。
折茂は性格的にも問題がありそうですから…
折茂並みに意欲的で必要以上にはりきっている奴は底辺の派遣に結構いますから…
頑張る所を間違えていたら無意味ですからね。
自分の思いを相手に分かるように伝えるのは難しいと思いますね。
津島さんには1日でも早くデビューして欲しいですね。




No title

途方の無い妄想としっかりしたイメージのある想像は根本的に違いますね。
反省が必要なときは反省し、間違っていないと感じる部分は絶対に曲げない。やはり過去は過去。大事なことは未来と、割りきって前向きにいかないとダメですね。

考え方の変化シリーズお疲れさまでした。津島さん、辛いこともあるかもしれませんがどうか頑張ってください。心より応援します。

No title

seaskyさん

 どういう状況だろうが、言いたいことがあるなら言った方がいいと思います。結果、逆効果になろうが、言わずに後悔するよりマシですよ。

 >相手に迷惑なのではないか

 こんな風に思ってる時点で、相手は自分の親友でも何でもないんですよね。本当の意味では役に立てない自覚があるからこそ、キレイごとを連発する。関口や野村の欺瞞にはもっと早く気が付くべきだったと思います。

 ダメ元でもなんでも伝えた方が良かったとは思いますが、おそらく当時の私の能力で伝えようとしたところで、一蹴されただけだったと思っています。

 当時の私はそこそこ好かれていた方だったと思いますが、神山は被害者ぶる天才で、誰もが「津島がしつこくしたから神山はやむなく酷いことを言った」と思い込んでいる状況では、生半可な主張では覆せなかったと思います。

 そのときの口惜しさをバネにして文章の力を磨いた結果、「偽善アリス」を最後まで読んでいただいた方には、神山ばかりが被害者ヅラをしているのはおかしく、私の怒りにも一定の正当性があることを理解していただけました。

 当時に比べれば、私の能力は驚くほど向上していると思います。このサイトでも初期に書いた記事と比べれば違いは一目瞭然だと思いますが、初期に書いた記事の多くを削除してしまったため、初期から読んでくださっている方にしかその違いはわからないことです。

 「考え方の変化」というタイトルで連載していたのに、初期から読んでくれた方々からコメントをほとんど頂けなかったのが残念ですね。

No title

まっちゃんさん

 妄想も妄想で小説のアイデアに繋がることもあるだろうし、悪くはないと思いますけどね。最近は頻度が減っただけで、まったくやらなくなったわけではないです。

 野村のセリフからもわかる通り、この妄想は昔していたものではなく、私がパッと思いついたものです。この程度のイメージは5秒で浮かぶ程度には想像力は逞しくなりましたね。

 誠実に対応しても付きまとうヤツは付きまとうと思いますが、少なくとも、そいつが罪悪感を抱くかどうかは違うでしょうね。

 神山の言い分として高い確率で予想されるものとして「しつこいヤツにはキッパリ言った方がいい!」というのが考えられますが、それは本当にしつこくされてからの言い分であって、一回もしつこくしていない段階から舐め腐ったことをやってきた以上、フラれた側が被害者意識を持ってもおかしくありませんし、「そこまでコケにされたら、プライドを取り返すために、何が何でも付き合ってもらわなくてはいけなかった」という言い分すら成り立ちます。

 別に難しくもなんともない、23,4にもなれば誰でもわかることだと思います。あんな頭の悪い女に23,4で対抗できなかった自分を情けなく思います。

 折茂はどうなんでしょうね。私のようにギャンブル性の高い道ではなく、一般就労という形で自己実現を考えていたようですから、今頃それなりに報われていてもいい気はしますが・・。

 私もこのサイトの運営にしがみ付きすぎて文学賞への応募にシフトするのが遅れた部分もありますし、底辺のガードマンにしがみ付いていた彼の気持ちもわかるんですよね。人間、やっぱり小さくても目に見える成果がないと頑張り続けられないですから・・。ガードマン時代の経験も彼の成長にまったく繋がらなかったわけではないでしょうが、効率的なことを考えると、時間を無駄にしていた面も大きかったのは否めないところです。

 そんなこんなで、いまとなっては折茂に対しては恨みはほとんどなく、むしろ共感できる部分も多いのですが、彼がいけないと思うのは虚言癖や、自分を必要以上に大きく見せる言動があったことですね。周りの信頼を失う原因にもなりますし、自分で自分にプレッシャーを与えているようなもんですから。

 本当に大事だと思う人間には、強がるのではなく弱みを見せた方がいいと思います。私も妻にはそうするようにしています

No title

GGIさん

 今年流行った言葉ではないですが、なんでも精査していかなくてはいけないんであって、「なかったこと」にしようとしたり、「彼女ができたな。あーよかったな」「自分が恋した女性の幸せを願うのが、男として正しい姿じゃないですか」など、「ばかなことがいいことだぁ!」といったようなキレイごとで全部丸め込もうとするなど、とんでもないことです。

 あのバカどもは、自慢の卒業アルバムを見ながら「楽しかったなぁ」とエへエへ笑うことだけしかしていないんでしょうが、どっちが「思い出」を有効活用していたのか、証明したいと思いますね。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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