FC2ブログ

犯罪者名鑑 北九州監禁殺人事件 6


まつながダウンロード


 解体

 完全犯罪。

 予期せず死んでしまった清志を見て初めて思いついたのではなく、おそらく初めからそれを狙って清志を弱らせていった松永は、清志の遺体を、アパートの一室という人工的な空間で細かく刻み、自然に還すことを計画していました。

「バラバラにして捨てるしかないが、あんたたちが解体しろ」

 松永のこの言葉で、純子と清志の実娘、恭子による清志の解体作業が始まりました。

 遺体の腐敗はまず血液から起こるため、純子と恭子は、まずすべての窓を目張りすると、清志を風呂場に運び、清志の首と手首を切って血抜きを行いました。恭子ははじめ嫌がっていましたが、松永の指示を受けた純子に無理やり包丁を握らされ、父親の首を切りました。

 血抜きを終えると、純子と恭子は包丁に加えてノコギリも使って、清志の四肢を切断し、内臓を取り除きました。純子は松永から「清志の死因を調べろ」と言われていました。後々、罪を逃れる材料を探していたのでしょうが、医学の知識のない純子に検死解剖などできるわけもなく、そもそも清志が死んだのは松永に与えられた数々の精神的肉体的なストレスと栄養失調のせいに決まっているため、何の意味もない命令でした。

 遺体の解体というのは、完全犯罪を目指す輩が必ず考える手段のようです。埼玉愛犬家連続殺人の主犯、関根元などは、肉はサイコロステーキ状に細かく切り刻んで河川に流し、骨は自宅敷地内でドラム缶で一本一本、灰になるまで焼却するという方法で人間を「消して」いました。建築会社と関わりを持っているヤクザならば、練りたてのコンクリートに混ぜてしまうということもできますが、逃亡犯という立場であり、住宅街のアパートで暮らしている松永は、それとはまた違う方法を考えました。

 松永はまず、切り刻んだ遺体を家庭用の鍋に入れて煮込むよう、純子と恭子に命じました。少しでも料理の経験があればわかりますが、肉というのは長時間煮込むとホロホロに柔らかくなります。

 臭い対策のネギやショウガと一緒にクタクタに煮た肉や内臓をミキサーにかけて液状化し、いくつものペットボトルにつめて、公園の公衆便所などに流させました。骨はハンマーで叩いて粉にし、味噌で団子状に固め、クッキー缶に入れて運び、夜更けにフェリーの上から海上に散布しました。

 解体に使ったノコギリや包丁は川に捨て、アパートを入念に洗浄し、清志の衣服もシュレッダーで刻んで捨てて、約一か月をかけて、一人の人間が生きていた痕跡を徹底的に抹消しました。

 こうしてみるとわかる通り、松永はアパートの外において、純子や恭子の単独行動をかなりの範囲で許していました。純子は外出中もこまめに松永に連絡を取ることを義務付けられ、トイレに行くにも報告が必要だったといいますが、警察署や交番の近くを通ることもあったはずで、逃げようと思えばいつでも逃げられる状況だったはずです。にも拘わらず、彼女たちが逃げようとしなかったのは、このサイトでも紹介した栃木リンチ殺害事件の被害者と同じ「学習性無力感」状態に陥っていたため、また、松永から繰り返し「警察に捕まる、拷問され酷い目に遭わされる」など、共犯意識を植え付けられていたためでしょう。

 人を殺すという大胆な行為を綿密な計画と繊細なこだわりで成功させる。洗脳を徹底的に行った後は、ある程度自由な行動を許す。何ごとも中途半端が一番ダメで、すべてを徹底的に行えば物事は成功するという見本とはいえますが、根本的に間違っているのではどうしようもありませんでした。

ひでyといし


 独演会
 
 以上が服部清志殺害事件の顛末ですが、法廷で松永の口から語れらた事件のあらましは大きく異なりました。

 まず松永は、初めに清志を詐欺にかけた競馬予想事業についてはデタラメなどではなく、「データを使ってちゃんとやれば、今でも儲かると確信している」と言い切りました。それほど自信のある事業をなぜ頓挫させてしまったのかという当然の質問については、出資者である清志の内妻にコンピュータを取り上げられたからだと主張していましたが、純子の弁護士が、松永が酒代として毎月20万30万もの金を使っていたことを指摘し、「数か月お酒を我慢すればまたコンピュータを買えたではないか」と言うと、松永は次のように返しました。

「それは先生みたいに着実にやっていける人間の言うことで、私たちみたいに酒が好きな人間は、そういう目的があっても、ついついお酒に金を使ってしまうんですよ。だらしないと言われればそれまでです」

「確実に儲かるというなら、誰がどう考えてもお金を溜めてコンピュータを再購入して事業を始めるのではないですか」 

「先生みたいに頭のいい方はそう考えても、お酒が好きな人間はお酒に使ってしまうんです。それは弁解のしようがありません。私は逮捕されて留置場に入って、ようやく酒をやめられたくらいです。理屈ではわかっていてもやめられないのが、酒飲みの性分じゃないでしょうか、先生」
 
 ああ言えばこう言う、まさに口先から生まれたような人間とは松永のことでしょう。確かにユーモラスな男であったことは間違いなく、犯罪史上に残る凶悪犯であるにも関わらず、松永の答弁では傍聴席から笑いが起こることもあったそうです。

「恭子ちゃんを預かる前から、飲んでいるときに清志さんは、私たち親子は絆が強いんだ。普通の親子より仲が良いんだ。と自慢しているふしがありました。どういう絆なのか聞くと、恭子ちゃんとエッチなことをしているという内容の話を始めました。あんまり自慢げに話すので、本当のことだと思いました。私が、それは仲が良いのとは違うんじゃないですか、と言っても、清志さんは、いやあなたにはわからない、ととくとくと述べていました。こんな場面を目撃したこともあります。飲酒の席で清志さんが、おい、触れ、と言うと、恭子ちゃんが清志さんのちんちんを触り始めたのです。自分はびっくりして、きょとんとして、凄いですね!と言いました。純子はそのとき台所で料理を作っていました。また、恭子ちゃんからも打ち明け話を聞きました。私が、清志さんに反省させないで放っておいたら、もっとひどくなる。いかんことはいかんとわかってもらうために、一筆書いてもらおう、と言うと、純子も賛成してくれたので、説得して書いてもらいました。清志さんは不満を言わず、さばさばしていました」

「私が清志さんに行った通電は、虐待ではなく、秩序型通電と言います。秩序とは、共同生活をするにあたって、返事をするとか、挨拶をするとか、タオルなどの日用品は自分のものを使う、人の物を取らない、冷蔵庫を勝手に開けないなどのことです。そして、エレクトロニクスを扱っている自分たちは、暴力の代わりに通電を行って秩序を守るんです、と説明して納得してもらい、清志さんに通電デビューしてもらったのです」

「その後、清志さんがルール違反をしたときに私は、今度で一本!と言いました。はじめに注意をして、また同じことをしたら通電をしますという警告です。清志さんが、普通、三度じゃないですか。仏の顔も三度までと言うでしょ、と言うので、いや、私は仏ではないから、二度目から通電しますよ、と言って納得してもらいました」

「栄養満点スペシャルメニューとして、カロリーメイトを与えていたことはあります。清志さんが、豚のように太ってもいいから栄養があるものを食べさせてくれ、と文句を言うので、栄養があってバランスがあると宣言しているカロリーメイトを食べてもらうことにしたのです。清志さんも納得して食べていました。清志さんは三箱から五箱を一度に食べていましたが、三種類の味があるので全然飽きなかったみたいです」

「清志さんが水シャワーを浴びていたのは事実です。冬の寒い時に冷たいシャワーはひどいと思われるかもしれませんが、水を全開にし、お湯を全開にして、それが混じって、温度が高めの水になる。要するに、温かい水になる。それを使っていたので、おお冷たい、という水ではありませんでした。清志さんは、かかっているときは冷たいけど、洗った後は身体が温もります、と納得していました」

「清志さんの大便の回数を制限していたのは事実です。制限しないと、あの人は一日に四、五回もトイレに行かせろと言うので、一日二回にしてもらいました。トイレを掃除するのは純子の役目なので、私は文句を言いました。純子も愚痴を言っていました。でも三回以上、トイレに行っても制裁はしませんでした。便座を使うのを禁止していたのも事実です。清志さんが大便をすると、勢いが強いので、便座の後ろや蓋に大便がついていました。あんなに勢いよく大便をするなら掃除が大変ですから、しばらく便座を使わないでください、と言ったら、はい、わかりましたと清志さんは納得していました」

「清志さんに大便を食べさせたことはあります。浴室内に大便らしきものがあったので、これは大便じゃないですか、と聞くと、違うと言い張るのです。じゃあ、食べれるということですね?と言うと、うん、食べれますよ、とさらに意地を張って、本当に清志さんはそれを食べました。大便かどうかは今ではわかりませんが、私が指示したのではなく、清志さんは自分で食べたのです」

 松永はこのように言い回しを面白おかしくしながら、清志への虐待にはすべて意味があった、清志も納得していたということを強調しようとしていました。すべてがこのような調子だったので、検察官は松永の反対尋問を控えるようになっていきました。松永版ストーリーとでも言うべき事件のあらましは考察するだけ無駄というもので、ここでは松永の発言を紹介するだけにとどめます。

 松永という男は確かに一面魅力的であり、まるで豊臣秀吉のような人たらしの才能はあったのでしょう。秀吉ほどではなくとも、社会で成功する人間はそういう要素を必ず持っているのかもしれません。秀吉はズルさと同じくらい誠実さも持っていために大成功しましたが、それが致命的に欠けた松永は、ただの詐欺師、殺人鬼として社会に害をなすだけの人間になってしまいました。
 
スポンサーサイト



犯罪者名鑑 北九州監禁殺人事件 5

マツダ


 地獄

 アパートで純子、恭子と共同生活を始めた清志は、通電をはじめとする様々な虐待を受けるようになりました。

 毎日の食事は白米や食パン、カップ麺など栄養価の低いものに制限され、それをそんきょの姿勢で15分以内に食べろと命令されるなど、理不尽な制約も課されていました。シャワーは冬場でも水しか使わせず、身体を洗うときは亀の子たわしで擦らされ、一着しかない服を洗濯して乾くまでは全裸にさせられていました。トイレに行くにも松永の許可が必要で、用を足すときにはいつも焦らされ、大便を漏らしたときにはそれを全部食わされていました。

 また、清志は普段カツラを被っていたのですが、ある日それを松永に娘の恭子の前で剥ぎ取られたということもありました。それ以後は、ずっとハゲ頭を露出しながら過ごしていたそうです。

 食事、入浴、排せつという人の暮らしの軸を制限され、精神的にも屈辱を負わされる。大変な人権の侵害ですが、力の弱い女や老人ではなく、成人の男である清志がここまでされて反抗できなかったのはなぜだったのでしょうか。

 清志と出会ったころの松永は東大卒のコンピュータ技士を装っており、事業で一発当てたいと考えている清志に夢を持たせるようなことばかりを言っていました。単純な清志が松永をすっかり信じ込み、内妻に「この人は凄いんだよ」と紹介するところまで気を許したところで、松永は今度は、清志をチクチクと責め立て始めます。

 ある酒の席で、酔って饒舌になった清志が、「客から消毒作業を引き受けて、実際にはやらずに消毒費だけを懐に入れる。ちょっとした小遣い稼ぎになる」と、不動産会社勤務時代の小さな悪事を暴露したことがありました。 

 取るに足らぬ話ですが、それを聞いて怒った(フリをした)松永は、居丈高になって清志に説教をし、「本来はA社に入れるべき消毒費を着服していたことを認める」という文面の「事実関係証明書」なる書類を書かせました。

 さらに、松永は清志が勤めていた不動産会社で起きた100万円の窃盗事件について、「お前が犯人だろ!」と決めつけ、清志を厳しく問い詰めます。事実に反することなので清志はなかなか認めませんでしたが、松永から冤罪を作り出す警察のように執拗に執拗に尋問されて、とうとうやってもいない罪を認めさせられてしまいます。この件でも「事実関係証明書」を書かされ、これで心が折れてしまったのか、清志はなんと「娘の恭子に対する性的いたずらを認める」という証明書の作成まで同意してしまいます。

 もちろん、清志が恭子を性的虐待していたという事実はありませんでした。しかし、恭子は松永への恐怖からウソの事実を認めてしまい、これで清志の立場は決定的に悪いものになってしまいました。

 後の緒方家でもそうでしたが、松永は洗脳の対象に序列をつけることで、集団をうまくコントロールしていました。

 序列下位の者は上位に上がるために松永の機嫌を取ろうとし、序列上位の者は下位に落ちないように松永の機嫌を伺い、下位の者を積極的に痛めつける。松永は共産国家のように密告も奨励しており、ワールド時代の従業員や緒方家の人々は団結して松永に抵抗するよりも、互いのアラを探し合い、松永に報告することに努めていました。

 このときの序列は松永→緒方→恭子→清志の順番でした。序列最下位に置かれた清志は、前述した通電や食事、排泄、入浴の制限の他に、いびきがうるさいという理由で寝るときも横になることを許されず体育座りを強制され、ついには扉と窓に南京錠がかかった浴室に常時閉じ込められるようになりました。

 序列の3番目に置かれた恭子の扱いも悲惨なもので、育ち盛りにも関わらず食事は清志と大差ない貧相なメニュー、寝るときも体育座りで、入浴も清志と同じ水シャワーを使わされていました。学校は休みがちになり、貧血や吐き気を催したり、生理が2,3か月来なくなったりしたこともありました。

おがた


 監禁
 
 「初め善意を装って相手の信頼を勝ち取り、徐々に相手の落ち度を突いて罪悪感を抱かせ、精神的に優位に立つ」

 これがワールド時代から培われた松永の洗脳術でした。

 「洗脳の対象に毎日大量の酒盛りを強制し、睡眠不足に陥らせ、思考を麻痺させる」


 この手法も実に効果的でした。

 清志のように日中は仕事をし、帰れば朝の5時まで酒を飲まされるという生活では、どんな人間でもまともな判断力を保つのは不可能でしょう。飲酒には気が大きくなって秘密を打ち明けやすくなる効果もあり、後には緒方家の人々もまた、清志が消毒作業費を着服していたのを話したのと同様、過去に犯した過ちを松永に告白してしまい、それに付け入られることになってしまいました。

 松永のアパートで共同生活をするまでになれば、もはや手、足をもぎ取ったも同然で、さらに暴力やあらゆる生活の制限、序列づけや密告奨励といった手法で被害者は洗脳されていきます。

 監禁されてから、清志は親や友人に泣きついて約1000万ほどの借金をさせられていましたが、それもできなくなると、虐待はいよいよ凄惨を極めました。

 指に銅線を巻き付けて電気を流され、肉がただれて骨が見えてしまいましたが、病院に行くことは許されませんでした。一度に強烈な電気を流され、跳ね返った腕は肩から上に上がらなくなってしまいました。

 親類縁者にこれ以上の借金を断られ、絞りカスも出なくなった清志には、もはや虐待されて松永の酒の肴になることしか存在価値がありませんでした。清志の身体に電気を流すのは恭子や純子の役目で、松永はけして自分は手を汚さず、清志が苦しむのを見て愉しんでいました。

まつながあ


 死亡

 平成7年の暮れごろから、清志は吃音が酷くなったり、「えんま大王が・・」など意味不明のことを呟くなど、言語障害が著しくなっていきました。痩せこけて顔がどす黒くなり、表情も消えるなど、見た目にも廃人のようになっていました。

 心身ともに衰弱し、死ぬのを待つだけという状態の人間を見て愉しむ。こうした感情が異常であり、松永が異常な性癖の持ち主であったことは疑いありませんが、人間は必ずしも己の欲求だけで人の道を踏み外すものではありません。犯罪者のほとんどには暗い生い立ちがあることは常識といってもいいですが、言ってしまえば「自分は不幸なのだから何をやっても許される」という理屈が、人を悪の道へと進ませるのです。

 例えば松永と同じ九州の出身者であり、マインドコントロールに長けていた麻原彰晃には親に捨てられたという悲しみがあり、弱視というハンディキャップがありました。結局は欲に飲まれて道を踏み外しましたが、若い頃は真剣に修行をしていた時期もあり、また父の責任感と己の子への愛情は、形は歪んでいたとはいえ貧乏だったころから教団を率いるようになるまで変わりませんでした。

 特に貧乏でもない家庭で母や祖母に甘やかされ、容姿にも優れていた松永の幼少期のどこに不幸な要素があったというのでしょうか。彼の生い立ちに歪んでしまう要素のあるエピソードは何もなく、成長してから理不尽な痛みや大きな挫折を味わったという話も見当たりません。松永の息子は「アイツもいっぱいいっぱいだったのかもしれない」と語っており、確かに指名手配犯という立場で切羽詰まってはいたのでしょうが、その自業自得の状況を「自分は可哀そう」という理屈に変換できる人間は誰もいないでしょう。

 少なくともこれを書いている私には、松永に共感できるところは何一つありません。月並みですが、松永という男は天性の犯罪者であったという以外に表す方法がありません。

 そして平成8年2月26日、浴室で大量の軟便を漏らした清志は、そのまま昏倒して帰らぬ人となります。

 清志の遺体を前に、松永、純子はいつものように酒盛りをし、未成年の恭子にも酒をすすめました。

「清志の身体には通電の痕や恭子がつけた噛み痕が残っている。警察にいけば恭子も逮捕される」


 松永のこの言葉を鵜呑みにした恭子は、緒方とともに、父、清志の解体作業を行うことを同意させられてしまいます。 
 

犯罪者名鑑 北九州監禁殺人事件 4

ふとし


 指名手配


 平成4年の8月、詐欺容疑で福岡県警に指名手配された松永は、一度石川県に逃亡した後、7歳で柳川市に引っ越すまで家族で暮らしており、僅かながらも土地勘のあった北九州小倉に潜伏先を選びました。

 最大の課題は逃走資金の捻出。指名手配犯という立場になり、贅沢をするためではなく、生活をするための詐欺を始めた松永の犯罪頭脳はますます冴えわたっていきました。 

 まずターゲットになったのは、ワールド時代の従業員の男性でした。松永に日常的に暴力を振るわれ、実母に送金を依頼するようになりました。金の工面ができなくなるとますます過酷な暴力を受けるようになり、「このままでは殺される」と、三か月後には逃亡しました。

 二人目の被害者は、松永の元交際女性でした。20歳ごろに松永と付き合いがあり、当時はすでに家庭を持っていましたが、松永に頼み込まれて金銭を提供するようになりました。

 焼け木杭に火が着いたのか、女性は十数年ぶりに再会した松永に急速にのめり込んでいきました。やがて夫や姑への不満を松永に口にするようになり、「それなら僕と一緒に暮らそう」と言われて、本当に3人の子供を連れて家出をし、夫と協議離婚してしまいます。

 それが地獄の始まりでした。態度を豹変させた松永は、女性に三人の子供の養育費を理由に元夫や親に金を無心するように強要し、女性は言われるまま1180万円を松永を貢ぎました。夫と別れ、実家との関係も悪化し、逃げる場所もなくなった女性は、あるとき大分県の別府湾に身を投げて自殺してしまいます。

 自殺の直前には、すでに元夫や親からの送金は途絶えていました。そのときには松永から激しい暴力を受けていたことは間違いなく、限りなく他殺に近い自殺でした。

 次々と人を陥れる松永の傍には、常に純子の存在がありました。

 純子の詐欺行為への加担は、幼稚園での勤務を辞めて「ワールド」で働くようになったときから始まっていました。

 あるとき、知り合いの女性の家に突然現れた純子は「いまワールドという会社で働いているんだけど、キャンペーンをやっているの。おばちゃん、カードだけ作ってくれない?」と頼み込んでカードを作らせましたが、後日、女性の口座からは勝手に100万円が引き落とされていました。

 女性が慌ててワールド社ビルに純子を訪ねると、社長の松永が対応し、女性の話を親身に聞いて「私が責任を持って純子を処分します」と約束しましたが、純子は女性を再びワールド社に呼び出し、女性を狭い部屋に押し込めて「私は松永から叱られたのよ!おばちゃん、どういうつもりなの!」と詰め寄りました。

 純子と一緒にいた若い男からも「殺すぞ!」と脅された女性は一目散に逃げ出し、以後、女性は純子とは二度と関わりたくないと連絡を断ち切りました。

 こうしたことで警察は動かないのかと思ってしまうエピソードもありますが、それだけ松永の暴力による支配は完璧だったのでしょう。「通報してもいいが、刑務所を出たら必ず殺す」くらい言ったのかもしれません。

 純子はワールド時代、この手の詐欺を何度も行い、それによって親しい人との関係を断ち切られていきました。松永の指示によって純子は孤独化し、そしてますます松永しか頼れなくなるという悪循環に陥っていったのです。

まつながふとしwsws


 出産

 日常的に暴力を受け、犯罪の片棒まで担がされる。それでも純子には、松永から離れられない理由がありました。指名手配のキッカケとなった詐欺事件の直前、純子は松永との子供を出産したのです。

 最初は堕ろすように勧めていた松永ですが、やがて子供を純子を支配する道具として用いるようになりました。「自分たちが捕まって犯罪者の子どもになるくらいなら逃げた方がいい」と言われたことで、純子は自首するよりも犯罪を繰り返しながら逃亡することを決めてしまいました。

 指名手配を受けて潜伏生活をしている間も、松永は純子を「お前と子供のせいで俺は自由になれないんだ。お前たちのせいで迷惑しているんだ」という理屈でいつも責め立てており、純子は松永に申し訳ないという思いから犯行に加担していたといいます。

 もと幼稚園に勤めていた純子は大の子供好きで、自分の子供への愛情は深いものがありましたが、松永と純子が逮捕され救出された松永の長男は、純子はずっと冷たかったと語っています。もちろん、子供が懐いて純子の立場が強くならないよう、松永が純子にそう接するように強制していたのは言うまでもなく、松永にとっては、子供はあくまで道具にしか過ぎませんでした。

まつながダウンロード


 服部清志


 そして松永は、小倉に来てから「金主」としてもっとも相応しい人物、服部清志を発見しました。

 清志は松永が小倉に住居を構えるときに応対した不動産会社の営業マンでした。昭和36年生まれで松永、純子とは同年代。21歳で結婚し、事件のキーパーソンとなる少女、恭子をもうけましたが、六年後に離婚して自ら引き取りました。松永、純子と知り合った当時は内妻と同居しており、内妻の連れ子と6人、北九州門司区のマンションで暮らしていました。

 清志は良くも悪くも人を疑うことを知らない人物で、「田中」と偽名を名乗って応対した純子が、松永の愛人の名義で六ケ所もアパートやマンションを借りるのに何もうるさいことを言わず、便宜を図り続けました。前述の被害者となった女性が水死体で発見され、捜査の手が伸びるのを恐れて転居する際にも、退去点検には清志が立ち会い、純子に言われるがままに手続きを取りました。

 この一件で、「こいつはもっと利用できる」と確信した松永は、清志を本格的に「金主」とする計画を立てました。

 まず純子が清志を喫茶店に呼び出し、架空の投資話を持ち掛ける。すると清志は、詳しい内容も確認せずに快諾し、数日後に現金30万円を持ってきました。

 試しに持ち掛けた稚拙な詐欺に清志が乗ってくると、松永は自ら清志に会うことを決めました。

 「この前の30万円は配当が出るのに時間がかかるので、別のいい話を紹介する」

 純子にそう言わせて清志を呼び出した松永は、「宮崎」を名乗り、東大卒のコンピュータ技士を装って、一緒に競馬予想会社を作ろうと清志に持ち掛けると、清志はすぐに乗ってきました。そればかりか、事業の必需品である最新式のコンピュータの購入まで容易く引き受けてしまいます。この日から、松永と清志は純子も交えて連日のように飲み歩くようになり、松永は清志を「所長」と呼ぶようになりました。

 清志の内妻は大手企業の系列社員で、二人の収入を合わせれば生活費に困ることはなく、休日には家族でよく旅行に出かけていました。内妻の連れ子も清志によく懐き、洗濯、掃除など家事にも積極的で、運動会や授業参観にも必ず出ていました。 

 内妻も、清志と出会ってからの3年間は本当に幸せだったと語っていますが、松永と知り合ったころから、清志の生活は激変します。

 清志にはもともと金にだらしないところがあり、松永と知り合ったときにも借金がありました。その上に架空の投資話の30万、最新式のコンピュータ代の70万を払うというので、内妻は仕方なく自分の貯金を切り崩しました。

 毎日朝まで松永と飲んでいるために帰りが遅くなり、顔も土気色になっていきました。肝心のコンピュータはというとずっと放置されて埃をかぶった状態で、松永と清志が真剣に事業に取り組んでいる様子はありませんでした。

 睡眠不足による怠慢勤務から減給され、些細なことで苛立つようになり、清志はとうとう内妻と口論になり、恭子を連れて家を出てしまいます。初めは自分で借りたアパートで恭子と二人で暮らしていましたが、どう言いくるめられたのか、恭子は純子と純子の長男の暮らすアパートで生活するようになり、「養育費」として清志は20万円を請求されるようになります。

 そんな大金が毎晩の酒盛り代すら松永に請求されていた清志に払えるわけもありません。毎朝5時まで松永の酒盛りに付き合わされていた清志がまともに働けるはずもなく、会社も退職に追い込まれ、収入すら途絶えてしまいます。社宅に住むこともできなくなった清志は、皮肉にも自らが契約を交わした松永のアパートで、純子と純子の長男、恭子との共同生活を送り始めます。

 これが後の一家殲滅事件へと繋がる、松永と純子による最初の本格的殺人事件の幕開けでした。

 
 

 

 

2021年 近況とこれから


 今年もこちらの方を更新していくにあたり、少し自分のことを話そうと思います。

 昨年に更新を再開した際にもお話しましたが、今現在は小説の執筆に費やす時間は減らし、自分の趣味の時間を増やしています。今年の秋からは、特にアウトドアに精を出していました。

 原稿に向かう時間はめっきり減ってしまいましたが、小説の執筆を最優先に考えるというスタイルでは6年以上もやってダメだったのですから、少し視野を広げてみるのも一興ではないかと思っています。キャンプや海釣りといったアウトドアはとにかく面白く、まだまだ世の中には自分の知らない楽しいことが色々あるのだと新鮮な気持ちです。

 仕事は順調に行っています。給料は低いですがそれに見合った内容で、激務や時間外労働はほとんどありません。休みも取りやすく、歳を取って体力が落ちても続けられそうです。何より大切な人間関係もまずまず。失敗にも寛容で、資格取得の支援も充実しており、やる気のある者は評価してくれるという環境です。

 一生をこのまま過ごすことにも不満はありません。そもそも私が小説を書き始めたのは、「偽善の国のアリス」時代の専門学校を出てから就職に失敗し、自分にはもう正社員になるチャンスはなく、まともな道では生きていけないと思ったからでしたが、いまの私は普通の会社で、正社員として普通に生きています。これしかないという悲壮感を持って小説を書く必要はなくなりました。20代までは濃厚にあった自己顕示欲的なものも薄れており、その他大勢であることを受け入れて生きることに疑問もなくなりました。

 いわば低位安定した今の生活に、なんら不満はありません。しかし、この平和な日々は、どこか生きている実感に乏しいことも事実ではあります。収入的にも、これ以上を諦めるにはまだ私の年齢は若いということもある。

 やはり私は書き続けたい。まともに生きる道を見つけたからといって、書くことを辞める必要はないし、生き方を変えたからこそ、書く上において大切なものが見えてくることも必ずある。

 比重は少し変わりましたが、自分の道の先にはまだ、書くことで生きていくという目標があります。自分の中に抱えたモヤモヤしたもの、マグマのようなドロドロとしたものを吐き出す手段は、書くことでしかありえません。

 マグマの正体もはっきりわかっていて、それはやはり「キレイゴト」に対する怒り、抵抗感というものだと思っています。ブログに私小説を二本アップしていますが、「偽善の国のアリス」はもとより、施設警備員時代に出会った折茂もことあるごとに「愛、友情」「絆」「この出会いは宝物」のようなことを口に出して言う男だった。

 本当に幸せを噛みしめている人間は、それをわざわざ口に出したりはしません。やたらめたらにキレイごとを口走るのは、なにか後ろめたいことがある人間、そのことに100%の自信がない人間だけ。

 最悪なのは、それに納得できていない人間を無理にキレイごとに丸め込もうとする行為で、それをされた人間は歪みます。罵倒を受けっぱなしならどこかで爆発して収まりますが(刑務所には入りますが)キレイごとで丸め込まれた人間は拳の振り上げどころもなく、ずっとモヤモヤとした不快な気持ちが燻り続けます。

 思い返せば、人に迷惑をかけることの多い前半生でした。親はまだしも、クラスメイトなどに対しても平気で酷いことをしてきました。若いということを言い訳にするのは簡単ですが、被害者の立場に立ってみれば、存在自体が害悪のような人間であったことは否定できません。そしてその通り、私は自業自得の冴えない青春を送りました。

 私という人間を鑑みますに、やはりどこかで痛い目をみるということは必要だったでしょう。何かの間違いであのまま私が充実した青春を送り、今ごろ高給取りにでもなっていたら、後ろめたさから常日頃「キレイごと」を言う人間になっていたに違いありません。あるいはこの期に及んでも己の過ちに気付かず、平気で人の好意を踏みにじり続けるとんでもない人間になっていたかもしれません。

 ただ、それにしても「警備員時代」と「偽善の国のアリス時代」に起きたことはいささか理不尽であり、折茂程度の男に洗脳されかけ、神山程度の女に侮辱を受けたのは、まったく災厄としか言いようのないことでした。社会というものに必要以上の不信感を抱き、引きこもることになってしまった、そのキッカケを作った出来事でした。

 自分自身も心の闇と戦っていた折茂に対しては恐怖はあっても恨みはないのですが、イケメンを吟味するだけの余裕がありながら、面白半分で私を侮辱してきた神山に対してはいまだに憎しみを抱き続けています。

 私自身に反省するところがなかったかといえば、それは大いにあります。もちろん、神山に対してではありません。

 そもそも神山に出会うよりも前の中学、高校時代には私自身が私に好意を寄せてくれた子に対して同じことをしていました。結局、のちに自分自身が容姿に拘らなくなったときに、そのときのことを後悔する羽目になりました。

 市橋達也の言うように、もっとはやく人に対しての感謝の気持ち、謙虚さというものを身に着けていれば、少なくとも女方面に関してはマシな青春を送れたでしょう。

 散々に人を傷つけ、自分自身チャンスを逃しながら、しかしそれでも、私は普通に女と付き合うことができ、結婚もちゃんとできた。だから、べつに神山という一人の女を本気で殺したいと思う必要はもうないのではないか。

 私が憎むのは、先に失礼なことをやってきたのは神山の方だったという前後関係を無視して悪いのは一方的に私の方だということにされ、何やかやも含めて、すべてキレイごとで丸め込もうとされたこと。私の中でまったく宝物ではないあんな連中との出会いを宝物のように思えというようなクソまみれのことを言われたあのときの不快な感覚は、忘れたくても忘れることはできません。

 恥多き己の若い頃を反省するにしても、あれほどの屈辱を受けたのではどこかひねくれてしまうのは仕方のないことです。記憶の中にある私は、高校の後半あたりですでに反省する方向に行っていた。因果応報といっても子供のころのことで、成人になってからあれほどの思いをしなくても良かった。若い頃の私が歪んでいたとしても、折茂や神山との出会いは完全に余計だった。

 どうしようもない自分への絶望と、それでも許せないヤツへの怒りと、運命への憎しみと、世の中への恨み。それを昇華させる手段はやはり書くことでしかありません。

 ただ、これまでは少し「己」が出過ぎてしまったことは反省し、客観的な読者の目に耐えられる、本当の「作品」を書いていきたいと思っています。

 その上でも最低限拘っていきたいのは、自分のルーツでもある人生八方ふさがりの人間をテーマにしていくこと、犯罪の描写を必ず入れること。

 子どものころから物語を書くのが大好きだというような人に比べ、私は創作という行為がそこまで好きというわけではありません。私が書く動機は、ただ自分の抱えたどうしようもないものを吐き出したいから。突然、作風をまったく違うものに変えたりといった器用なことはやろうと思っても不可能であり、自分と重なるところがまったくない人間のことを書きたいとも思えません。やはり私は犯罪や底辺を書くしかない。

 犯罪ということをテーマにするにあたって、実際に起きた事件を分析する犯罪者名鑑の方も続けていきたいと思います。これまでは私自身がもっとも多感な時期に起きた90年代後半~00年代の事件を取り上げていきましたが、時代の変化に合わせ、ここ10年ほどに起きた事件なども取り上げていきたいと思っています。

 直近の予定としましては、「犯罪者名鑑 北九州監禁殺人事件」「party people」、これを今年のGWを目途に完結させます。その二つは何が何でもやり遂げます。その後に関しては、現時点では未定となっています。

 こちらの運営を続けていくにあたり重視するのはやはりコメントになります。ブログを運営した経験のない方も少し考えてもらえばわかると思うのですが、読者からのリアクションが返ってこないのでは、人目に触れる場所で執筆をする意味がまったくありません。

 いまのところ記事を更新すれば少なくとも二つはコメントが入り、過去記事にも度々コメントを貰えるという状況ですが、これくらいであれば何とか運営を続けることはできると思います。この状況を続けられるよう、私も精進していきたいと思います。

 寒い季節に入り、アウトドアはオフシーズンとなりましたが、資格の勉強や部屋の片付けなどやることは沢山あります。時間をやり繰りし、執筆の方を続けていきたいと思います。

 今年もよろしくお願いいたします。

 

犯罪者名鑑 北九州監禁殺人事件 3

matuなが


 稀代のナンパ師 

 無類の女好きである松永には、ワールド時代には、純子や妻以外にも十人近い愛人がいたようです。

 松永はあれほど凶悪な男であるにも関わらず、顔立ちはタレントの中山秀征に似た柔和な感じのイケメンで、背も高く体格も良かったといいます。話術に優れていることは言うまでもなく、また、女を落とす上ではときに必要な強引な性格と、失敗を恐れない、良い意味で「羞恥心」に欠けていたところもありました。

 松永は一度、湯布院に逃亡した純子を連れ戻すために「偽葬式」を行ったことがありました。わざわざ自作の遺影を用意し、緒方家の家族に松永が死んで悲しんでいる風な芝居を打たせ、純子が信じ切ったところで押し入れから現れ、家族に「かかれ!」と命令して純子を取り押さえたという出来事ですが、現場を想像するとかなりシュールな空気が漂います。

 ワールド時代、目当ての女性にアピールするために、千人ほどが収容できるホールを貸し切ってライブを行ったこともありました。楽器など触ったこともない社員を集めて無理やりバンドを結成し、自分がボーカルを務め、社員たちに一か月の猛特訓を行わせたというのですが、松永は「松永の歌が演奏とズレている」と指摘する社員を殴り、「お前たちが俺の歌に合わせろ!」と言い切ったそうです。

 迎えたライブ本番当日、観客席には緒方とお腹を大きくした妻、松永が当時入れ込んでいた女の三人が離れて座っていました。自分の女たちに見守られる中、松永は徳永英明の曲などを熱唱し、まるで人気歌手になり切り、曲が終わるたびに観客席に向かって大げさに手を振っていたそうです。

 自らを効果的にアピールする演出力に長けていたというよりは、恥をかこうが笑われようが、目的に向かってやると決めたことをやり抜く図太い精神力を持っていたという点を評価するべきでしょう。

 羞恥心というのは、小さな幸せを大事にして生きる上では大事ですが、人を凌ぐ大成功を目指す場合においては邪魔になる要素です。常識を外れた発想は当たればでかいが、多くは失敗して嘲笑されるもの。それにめげず、果敢に挑戦し続けた人間だけが大きな成功を手にすることができる。

 松永は確かにモテ要素は持っていましたが、すべての女がこんな誠実さが1%もない男に騙されたとも考えられず、おそらくは落とした女の倍以上にはフラれていたはずです。しかし、松永はそれを意にも介さず次を狙う割り切りの早さも持っていました。その点、ひとつの恋を引きずりやすい私などは羨ましいとも思えます。

 目的のために手段を選ばない強引さと、人の目を気にしない厚顔さ。女性方面のみに関していえば、松永はこの時点で成功者といっても良かったかもしれませんが、その後の彼は己の才能をすべて犯罪を成立させることに振り向けていくことになりました。

なんぱ


 妻

 平成四年に松永と離婚した妻もまた、純子と同じように、松永のDVの対象となっていました。

 松永より年上である妻が松永と出会ったのは、松永がまだ高校生のころのことでした。バスで帰宅する彼女を毎日バス停で待っている松永を、最初はかわいいと思ったそうです。松永がいつもの虚言で、「ヤクザの鉄砲玉にされそうで、もう会えないかもしれない」と言ったときには本気で心配もしました。

 しかし、妻が松永に気を許したのを見て取ると、松永はたちまち豹変しました。前回の記事でDVが人の精神に与える効果について書きましたが、松永の妻も暴力を受けたことで純子と同じような精神状態に陥り、子供が生まれたことで離れられなくなってしまいました。

 床に正座をさせて膝の上に「踵落とし」を食らわせる。床に絞り出したマヨネーズを舐めさせる。自分で殴っておきながら、殴った手が痛いといって同じ手で殴り続ける。妻や純子、ワールド従業員に対する松永の暴力は執拗で、常軌を逸していました。

 妻と純子は高校時代から面識があり、ワールド時代、従業員であった純子は、松永という魔王の城のようなビルの一階に住む妻を「若奥様」と呼んでいました。

 一度、純子が松永の蹴りで膵臓を痛めて入院したとき、医師による通報で松永は警察に逮捕されかかりました。妻はこれで地獄が終わると安堵していましたが、得意の弁舌で追及を躱したのか、松永は何食わぬ顔で帰ってきてしまいました。

 そのすぐ後、家族の前で暴力を振るわれたのをキッカケに、妻は松永から逃げ出す決意を固めました。警察署でDVの被害申告をし、紹介された婦人相談所の施設で仮住まいを始め、離婚調停をして二か月後には松永も了承し、離婚が成立しました。

 松永は「いつか人を殺してもおかしくはない」と思っていた妻は、その後に起きた連続監禁殺人事件に関わっていた純子には「申し訳ない」という思いだったそうです。

 心理学に関係する本を好んで読んでいたという松永は、明らかに暴力が人の精神に与える効果を計算していました。誰にどれだけのことをすれば、どれほど洗脳される・・ということを、松永は交際していた女性や「ワールド」の従業員を使って実験していたのでしょう。

 もとが残酷な性格ではなくても、人が人に酷いことをすることはあります。しかし、たとえば戦時中のナチスドイツが民族浄化で行ったような家畜を処理するようなやり方ではなく、長い時間をかけて人を精神的に追い込んでいく松永のやり方は、動物を甚振ることに快楽を覚える性癖がなければできないことです。

 松永の快楽殺人者としての一面と、金銭的欲求を追求し、冷静に犯罪を行う詐欺師の一面は恐ろしいほどにシナジーを持っていました。松永が趣味で人を甚振れば甚振るほど人は松永に従うようになり、松永に金を運んでくるようになる。

 妻と別れた平成4年に「ワールド」を計画倒産し、詐欺容疑で指名手配されると、松永はいよいよ形振り構わず人を騙し、虐げ、凶悪な道へと突き進んでいくことになります。
プロフィール

asdlkj43

Author:asdlkj43

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新記事
凶悪犯罪者バトルロイヤル
凶悪犯罪者バトルロイヤル
現在の閲覧者数:
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR